有森家の食堂では、貴一と藤二に挟まれ、コトハが座った。目の前には、二人の両親、そして妹が座っている。 「あの……私、こんな席にいて良いのでしょうか……」 おどおどして、コトハが貴一に小声で言った。 「どうして? もちろんだよ」 「でも、私はメイドですよ?」 「そんなの、うちには関係ないし」 二人の会話が聞こえ、二人の両親は笑った。 「コトハさん。どうか身構えないでちょうだい。司佐さんのメイドさんって聞いたけど、今は同じ蘭梗学園の生徒なんでしょう? 貴一と藤二の友達として、どうぞお食事を楽しんで」 二人の母親が言った。二人の母親は、司佐の父親の妹である。 コトハは微笑み、お辞儀をした。 「では、お言葉に甘えて……いただきます」 「ええ、召し上がれ。でも、二人が女の子を連れてくるなんて初めてね。どっちかのお嫁さんに来てくれない?」 母親の言葉に、貴一と藤二が吹いた。 「な、なに言ってんだよ、母さん!」 「あら。だって、こんな可愛らしい子なら、どちらかのお嫁さんにいいじゃない。メイドさんだからって、今の日本に身分があるわけでなし。それにメイドさんなんだから、礼儀作法も普通のお嬢さん並みにはあるでしょ」 「そうじゃなくて、この子は司佐の恋人なの」 「あら、そうなの? 残念」 「まったく母さんには驚かされるよ。ド天然なんだからな」 「あら。本気で言ってたのよ?」 フランクな二人の母親に、コトハは嬉しさを感じていた。 その時、執事が一同の前に出る。 「お食事中失礼致します。山田司佐様、小島昭人様がおいでになられております。お食事中と申しましたら、別室で待っていらっしゃるそうです」 「ははーん。遂に乗り込んできたか。ここに通していいのに」 貴一が言った。 「そう申しましたが、別室でお待ちになられると……」 「だってさ、コトハ。早く食べて、司佐に顔見せしてやるか」 「は、はい」 司佐が来てくれた喜びに微笑み、コトハは食事に手をつける。 「私も司佐お兄様に会いたい」 そう言ったのは、二人の妹・みどりである。まだ十三歳で中学生のため、学校でも校舎が違って会う機会がない。 「いいよ。誰が早く食べられるか競争な」 「おまえたち。食事はゆっくり優雅に食べるものだよ」 父親の言葉に、貴一は苦笑する。 「今日は別です。本家のぼっちゃん待たせていいんですか?」 「それは……まったく、おまえたちは……」 そんな楽しい会話の中で、コトハも逸る気持ちを抑え、食事を続けた。
司佐は通された応接室から、庭へと出ていった。向こう側には貴一の部屋も見える。 「司佐。コーヒー頂いたよ」 「持ってきてくれ」 昭人は司佐にコーヒーカップを渡す。 「昭人……俺は女々しいかな」 庭を見つめながら、司佐が言った。 昭人は苦笑し、口を開く。 「どうして? コトハはきっと喜ぶよ。まるで騎士(ナイト)みたいじゃない。それに、貴一さんたちだってわかってくれてるはずだよ」 「……そうかな」 その時、ドアがノックされ、司佐は一瞬、息を呑む。 「どうぞ」 すると顔を覗かせたのは、貴一と藤二の妹、みどりであった。 「みどり……」 「司佐お兄様! 会いたかったわ」 「ああ……貴一たちは?」 「置いてきたわ。私、司佐お兄様が来てるって言うから、急いで夕食食べて来たのよ」 みどりは昔から、司佐に懐いてくる。 「なんだ。ゆっくり食べてよかったのに」 「だって、中等部と高等部じゃ会うことも出来ないし、最近全然会う機会もないんだもの」 「ハハ。ごめん」 「昭人も久しぶりね」 使用人ということで、みどりは昭人には上から目線だ。だがそれも、上流階級のお嬢様なので普通のこと。昭人も慣れている。 「お久しぶりでございます。みどりお嬢様」 大人を装って、昭人はそう頭を下げた。 「みどり。お父さんとお母さんはいる? いるなら挨拶しないとな」 「ええ、いるわ。後で来るって言ってたけど」 「そう。じゃあちゃんとしておかないと」 司佐はシャツを正して言った。両親がいるとなれば、挨拶しないわけにもいかない。 と、そこに、ドアがノックされた。 「はい、どうぞ」 そう言って、昭人はドアを開ける。入って来たのは、貴一と藤二とコトハ、そして有森家の両親であった。 「これはみなさん勢揃いで……突然押し掛けてすみません」 令息モードで、司佐はそう頭を下げた。 「いいのよ。近いのに全然会わないわね。ご両親が海外に行っている間は、うちでごはんも食べなさいな」 夫人が言ったので、司佐は苦笑する。 「それじゃあ、毎日こちらで世話にならなきゃなりません」 「やあ、毎日でも構わないよ、うちは」 有森氏が答えたが、司佐は首を振った。 「両親がいない間は、ボクが家を守らないと」 「ハハハハ。さすがは山田家の後継ぎだ。頼もしい限りだよ。うちの息子たちと同じ年とは思えない」 「そんなことはないですよ。今日も二人にお願いがあって、わざわざ来たんですから」 「そう。じゃあ、私たちは席を外した方が良さそうね。でも、ゆっくりしていってね」 「ありがとうございます」 有森夫妻は、そう言って出て行った。 「みどり。みどりも席を外してくれる? 男同士の話があるんだ」 司佐の言葉に、みどりは頬を膨らませる。 「コトハさんも女じゃない。ねえ、司佐お兄様。本当にコトハさんが、お兄様の恋人なの?」 「え?」 「さっき貴一お兄様が、そう言ってたから……」 それを聞いて、司佐はみどりの髪を撫でる。 「そうだよ。コトハは僕の恋人だ。みどりももう少し大きくなったら、素敵な人が現れるよ」 「イヤ! みどり、お兄様と結婚したいのに!」 「みどり。うだうだ言ってないでさっさと寝ろよ。そんなんじゃ、司佐に嫌われるぞ」 貴一が横から口を挟む。みどりは更に頬を膨らませた。 「なによ! みんなして、みどりをのけ者にして!」 「それは違うよ、みどり。それに大丈夫。将来のことなんて誰にもわからないんだから。みどりはきっともっと綺麗になるから、その時ボクが結婚してなかったら、みどりをお嫁さんに考えさせてもらってもいい?」 みどりを宥めるように優しく、司佐はそう言った。 「う、うん。いいよ。でもその時は、司佐お兄ちゃんなんて好きじゃないかもしれないんだからねっ!」 「それは残念だな」 「ウッソだもーん。じゃあ、今日のところは退散します。おやすみなさい」 そう言って、やっとみどりは去っていった。 司佐が振り向くと、藤二が拍手を始める。 「さすが司佐。女性の扱いがうまくてらっしゃる」 「って言うより、ありゃあ二重人格だ。なにがボクだよ」 藤二に続いて、貴一が言った。 「うるせえな。生きる知恵だろ」 「で、本題は?」 司佐に、貴一が尋ねる。 「コトハを返してもらいに来た」 その言葉に、コトハは嬉しくなる。 「ヤダ」 だが、すぐに反論したのは貴一である。その反応は、司佐は百も承知だ。 「この通りだ!」 深々と頭を下げる司佐に、貴一は驚いた。だが、続きが見たくなる。 「……それだけ? まあ司佐クンが、土下座なんか出来ると思ってないけどぉー」 挑発する貴一に、昭人が動く。だが、司佐はそれを制止した。 「土下座なんか、いくらでもやってやるよ」 そう言って、司佐はゆっくりと床に膝をつき始めた。 「司佐!」 「司佐様!」 昭人とコトハは、叫ぶようにそう言った。 「ストップ」 だが、それを止めたのは、他でもなく貴一である。 「ごめん、司佐。どれほどの気持ちなのかと試すことをした。大人げなかったな」 貴一は司佐に手を差し伸べ、司佐はそれを受け入れて立ち上がった。 「おまえが大人げないのなんて、生まれる前から知ってるよ」 「ハハ。そっか。でも、ここでおまえを本当に土下座なんかさせたら、じいちゃんが黙っちゃいない上に、おまえも本格的に僕を潰すだろうなって考えたらゾッとした。結局僕とおまえは、立場が同じようでまったく違うんだから」 「貴一……」 「それに、コトハちゃんにそんな顔させちゃ、僕も男として終わりだよな」 泣いているコトハの頬を、貴一が触れる。 「ごめんね。コトハのご主人様いじめて……でも、僕のこと嫌いにならないで?」 そう言う貴一を、司佐の手が遮った。 「俺の彼女に触んな」 ムキになっている司佐に、貴一は笑う。 「司佐。おまえ、変わったな。それもコトハのおかげか」 「言ってろよ」 「……コトハ。僕、司佐に宣戦布告していい?」 「え?」 意味が分からず、コトハは首を傾げる。 貴一は司佐の肩に肘を掛けると、司佐を見つめた。 「僕、本気でコトハのこと、好きになったみたい」 ニヤリと笑う貴一に、司佐は口を曲げる。 「ちょっと待った!」 そこに入って来たのは、傍観者で見ていた藤二である。 「藤二?」 「僕も混ぜてよ。僕もコトハが好きだ」 一同は固まった。 「はっ……はあぁぁぁいぃぃぃぃぃ?!」 静かな屋敷に、司佐の声が響く。そして、夜は更けていった――。
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