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作品名:ひとつの恋のカタチ 作者:KANASHI

第6回   変身

 季節は春。とある高校、一年生の教室で、一人で雑誌を眺めている少女が一人。
 髪色は明るく、軽くパーマをかけ、化粧に抜かりがなく、見た目にもお洒落と見えるその少女の名は、浅沼真里。しかし、見た目に反して引っ込み思案な性格のため、入学してからあまり人と話も出来ていない。
 真里は雑誌を読みながら、ちらちらと廊下へ出て行く男子グループを見つめた。その中心には、真里の憧れているクラスメイト、中山修一がいる。学級委員をしている秀才で、女子の間でも人気のある男子の一人だ。
 真里もまた人知れず、中山に恋心を抱いていた。
「浅沼さん」
 上の空だった真里は、突然上から声をかけられた。
 側に立っていたのは、後ろの席の石川理恵である。未だ席替えをしておらず、席は名前の順のため、後ろの席の彼女とだけは、少なからず会話を交わしていた。
「浅沼さん。次、移動教室だよ。準備しないの?」
「あ、ああ、そうだったよね。なんか雑誌に見入っちゃって……」
 苦笑しながら、真里は机の中を漁る。
「いつも雑誌読んでるよね」
 石川が言う。
「う、うん……流行ってすぐ変わるし、なんとなく暇だと読んじゃうんだ」
「へえ。浅沼さんって、お洒落だもんね。化粧もバッチリだし」
 その言葉に、真里は素直に嬉しくなった。
「石川さんは、雑誌とか読まないの?」
「うーん。たまに買う程度かな。興味がないわけじゃないけど……」
 それを聞いて、真里は見ていた雑誌を差し出した。
「じゃあ、よかったらこの雑誌あげる。明日、新しいの出るから」
「いいの? ありがとう」
「ううん。石川さん、背も高いしスタイルいいから、お洒落したらモデルみたくなるんじゃない? その雑誌、メイクやお洒落の参考になると思うよ」
 スタイルの良い石川に、お世辞でなく真里が言ったので、石川は嬉しそうに雑誌を受け取った。
「ありがとう。じゃあ一緒に……」
「浅沼さん! 一緒に行こうよ」
 そこに突然、廊下から真里を呼ぶ声があった。見ると、クラスメイトである女子の一人が手招きしている。
「え?」
「早く、早く!」
 訳も分からず呼ばれたので、苦笑して見送る石川を尻目に、真里は教科書を持って廊下へと出て行った。
 廊下には、見た目にも派手に見受けられる数人の女子がいる。真里とあまり話したことはないものの、クラスでも目立つ存在だ。
「浅沼さん、一緒に行こうよ」
 そう言ったのは、グループのリーダー的存在である、名瀬優香だ。
 特に話したこともなかったので驚きながらも、断る理由もないので、真里はそれに応じて歩き始めた。
「浅沼さん。あいつとはあんまり関わらないほうがいいよ」
「え?」
 突然の優香の言葉に、意味も分からずきょとんとしている真里に、優香は話を続ける。
「だから、石川と。あいつ、うちらと同じ中学なんだけど、八方美人で男食いまくってて、いい噂聞かないからさ。うちらみんな被害者。彼氏取られたりしてるんだ。あいつと仲良くしたら、何されるかわかんないよ?」
 優香の言葉に、真里は戸惑った。
「べつに……石川さんとは席が近いだけで、仲良いとかそんなんじゃないから……」
 静かに、真里が言う。
「そっか、なら安心。じゃあ、うちらと一緒にいようよ」
「う、うん……」
 手放しで喜ぶことは出来なかったが、真里は優香たちと話をしながら、移動先の教室へと向かっていった。

 夜。真里は自分の部屋で、宿題を前に物思いに耽っていた。そして机の引き出しから、中学校の卒業アルバムを取り出す。そこには、数ヶ月前の真里がいた。
 今より少し小太りで、茶髪で派手なメイクをしている今の真里とは想像もつかないほど素朴である。真里はアルバムに写る、一人の男子を見つめた。すると、とても悲しくなってくる。

 中学三年生時代、秋。真里は仲の良い女友達に、恋の相談をしていた。
「ええ! 田村が好き?」
 数人の女友達が、驚いて叫ぶ。
「う、うん……だから、卒業する前に告白したいと思って……」
 真里は同級生の男子、田村総平に恋をしていた。女子の間でも、人気のある男子だ。何ヶ月も考えた結果を、真里は行動で示そうとしていた。
「マジ? 応援するよ!」
 女友達が後押しする中で、真里は放課後の教室に田村を呼び出し、精一杯の告白をした。
「……ごめん」
 返事はこうだった。予想はしていた。でも、自分の気持ちを知っていてもらいたかった。悲しかったが、真里はそれで満足していた。
 しかし、次の日の朝。気まずい雰囲気を引きずっていた真里は、登校時間ギリギリに学校へ向かっていった。
 すると、教室の中は大盛り上がりを見せている。
「浅沼が田村に告白って、マジかよ!」
「マジ、マジ。あんなのと付き合うなんて、ぜってー無理」
 そう言ったのは、恋の相手である田村であった。
 教室前の廊下で、真里は固まるように、その場から動けなくなっていた。
「確かに! 身の程を知れって感じだよね。ごめんね、田村。まさか本気で告るとは思わなかったからさあ」
 そう言ったのは、相談に乗り応援してくれた、仲の良かったはずの女友達の一人である。
 真里は一人、学校を飛び出した。

 現在。真里は辛い過去を思い出して、泣きながらベッドに崩れた。
 あの日を境に、中学校へは行かなくなった。思えば昔から、軽い苛めのようなものを受けてきた真里だったが、持ち前の明るさで乗り越えてきた。しかし、告白のことは耐え難く、高校へは同じ中学校から誰も行かない、少し離れた学校を選んだ。
 高校に入ると同時に、真里は雑誌を手本にメイクをし、髪形も変え、いわゆる高校デビューするように、人生の再スタートを切った。
 そんな真里の目の前で、昔受けてきたような苛めが始まっている。しかし、その対象となっている石川は、自分とは違うタイプの人間で、すらりと細く背が高く、特に飾らなくても可愛い子だ。真里が知る限り、性格だって悪くない。
「嫌だな。高校入っても、苛めなんて……」
 真里はそう呟くと、静かに起き上がり、宿題の続きを始めた。

 次の日。週末で学校は休みのため、真里はバイトへと出掛けていった。高校入学と同時に始めた、ファミリーレストランのアルバイトである。気の合う仲間がいるので、今は一番居心地の良い場所だ。
「おはよう、真里ちゃん」
 ロッカールームでそう声を掛けたのは、同期のアルバイト仲間である、竹脇亜由美だ。学校は違うが、同じ年のため、気も合う。
「おはよう、亜由美ちゃん。シフト一緒だったんだ? いつも平日に合うことが多いのにね」
「うん。今月暇だし、仕事も楽しくなってきたから、いっぱい入れてもらっちゃった」
 二人は支度をして、店へと入っていった。
「二人とも。新人を紹介するよ。主に厨房入ってもらうんだけど、二人と同じ年だよ。田村君」
 店に入るなり、店長がそう声を掛けた。厨房から出てきた新人に、真里の顔が引きつる。
 その人物とは、同じ中学校で真里が好きだった、田村総平であった。特に中学の頃と変わってはいない。
 田村も顔色を変えた。真里に気付いたようである。しかし、田村は挨拶を済ませると、足早に厨房へと入っていった。
 一気に心が沈んだように、真里はこの場から逃げ出したい気持ちに駆られていた。

 数時間後。真里はバイトを終え、ロッカールームへと入っていった。すると、中では田村が着替えをしている。
「……」
 真里は頭が真っ白になったが、開けた手前、入らないわけにもいかず、そのまま奥の女子更衣室へと駆け込んでいった。
 そこは低い壁で仕切られただけの同じ部屋で、お互いの空気を感じることが出来る。
 真里はその場で田村が帰るのを待つが、田村は一向に帰る気配がない。仕方がないので、真里は着替えを終えると、逃げるように更衣室を飛び出した。
「浅沼!」
 田村の前を横切ったところで、田村がそう声を掛けた。
 足が竦むように、真里は立ち止まってしまう。
「あ……びっくりしたよ。なんか、変わったな」
 そんな田村の言葉に、真里は怒りに震えて田村を睨みつけると、そのまま何も言わずに店を飛び出していった。

 外へ出てからも、真里は必死に走っていた。涙を流し、暗い過去に引きずり込まれる錯覚を覚え、もう田村のことは思い出したくもない。
 どんなに見た目が変わっても、消せない過去が真里にはあった。
「浅沼さん?」
 そんな声が聞こえて、真里は振り向いた。
 するとそこには、同じクラスの女子、石川と、真里が現在憧れている男子、中山がいた。
「石川さんに、中山君……?」
 意外な組み合わせの二人に偶然会ったので、真里は驚いた。
「どうしたの?」
 そんな真里にはお構いなしに、涙を流している真里を見て、石川が尋ねる。
「なんでもないの……それよりびっくりした。二人、付き合ってたんだね」
 真里は涙を拭いながら、笑って言う。ショックもあったが、美男美女でお似合いの二人という感じで、自然のことだと思える。
「嫌だ、付き合ってないよ」
「そうだよ。駅で偶然会っただけだよ。俺、これから塾だし」
 石川と中山が、揃ってそう言った。
「それより、何かあったの? よければ話し聞くよ。まだ時間あるし」
 本当に心配して中山がそう言ってくれたが、真里は悲しく微笑む。
「大丈夫だから。本当に……」
 そう言いながらも、また涙き出しそうな真里の手を、石川が取った。
「ねえ、時間ある? ちょっと付き合ってくれない?」
 石川は笑ってそう言うと、真里の手を引っ張りながら、近くの喫茶店へと入っていった。

「言いたくないならいいけど、死にそうな顔してるのは見てられないな」
 喫茶店で対面した形で座りながら、石川がコーヒーを飲んで言った。その隣には中山もいる。
「死にそうな顔、してるかな……」
「してるな……」
 思わず顔を覆う真里に、中山も言う。
「してるしてる。こんな所から逃げ出したいって顔。でも浅沼さんに会えてよかった。お洒落博士だもんね」
「え?」
 話を変えるように、石川が明るくそう言った。真里は首を傾げる。
「この服、可愛いなって思って、買いに行こうと思ってたんだ。よかったら、買い物に付き合ってくれない?」
 先日真里があげた雑誌を開いて、石川がそう言った。
「お洒落博士か……」
 そう言われ、真里は嬉しいながらも苦笑する。石川が元気づけようとしてくれているのが、痛いほどわかった。中山も力になりたいといった表情で、真里を見つめている。
 そんな二人を前にして、真里は静かに口を開いた。
「……私ね。中三の時に好きな人がいて、告白したんだ。そしたら次の日、クラス中から笑い者にされてた……それからもう、ショックで学校に行けなかった」
 呟くように、真里は二人に過去を打ち明けた。誰かに聞いて欲しかったこともある。
 真里は言葉を続けた。
「高校からは新しいスタートを切ろうって思って、遠くの高校を選んだの。ダイエットも頑張ったし、メイクもお洒落もするようになって、前の私とは比べものにならないと思う……だけど今日、バイト先に新人が入って、その人……私が告白した相手だったんだ……私、次に会ったらどうすればいいのかわからなくて……」
 真里の話に耳を傾けながら、石川と中山は真里を見つめている。真里はもう一度、泣きそうな勢いだ。
「……すごいね」
 少しして、石川がそう言った。
「え……?」
「すごいよ、浅沼さん。だって、ちゃんとリセットして、再スタートを切ったんじゃない。私、気付かなかったよ。浅沼さんに、そんな過去があるなんて」
「石川さん……」
「うん。それに、その人と再会したのは不運かもしれないけど、浅沼、バイトを辞めることまでは考えてないみたいじゃん。次に会った時のことを考えてる……それって、ここで辞めて逃げるんじゃなくて、新しいステップに踏み込むってことだよな? そういうところ、強くてすごいと思う」
 中山にそう言われ、真里は驚いた。確かに、さっきはその場から逃げたかったが、バイトを辞めようとまでは考えていなかった。
「……言われてみれば、本当だ。バイト先はいい人ばっかりだから、辞めることまで考えてなかった……」
 真里の言葉に、石川と中山は優しい笑みを向けている。
「……きっと乗り越えていくんだね。大丈夫だよ。私は今の浅沼さんしか知らないけど、私が知ってる浅沼さんは、お洒落で綺麗で明るくて。きっとバイト先の人も、味方になって守ってくれるよ」
 石川の言葉が、心強く響く。
「ありがとう……なんか楽になってきちゃった。あいつのことなんか、どうでもよくなってきちゃった。ああ、もっと反応見てればよかった。あいつのために、高校デビューで綺麗になったのに!」
 吹っ切るように真里が言った。まだ空元気ながらも、希望が見えた気がした。なにより二人の存在が頼もしい。
「そうそう、自信を持ちなよ。学校では俺も力になるし……って、ごめん。こんな時だけど、もう塾に行かないとヤバくて……何かあったら、学校で言ってよ」
 そう言って、中山が立ち上がる。
 元気付けてくれる石川と、密かに憧れていた中山に打ち明けて、真里は心なしか楽になっていた。
「ありがとう、中山君」
「全然いいよ。じゃあ、学校で」
 中山はそのまま去っていった。
「石川さんも、ありがとう」
「ううん。少しでも楽になれたなら嬉しい。私も心が軽くなったよ。浅沼さんみたいに、どんなことも強く乗り越えなきゃって思うもん」
 真里と石川は、お互いに笑った。
「元気にさせてくれたお礼に、買い物付き合うよ」
 そう言って、真里は石川とショッピングをすることにした。

 数日後、月曜日。
「聞いた? 石川さん、学校辞めちゃったんだって!」
 教室に入るなり、真里はそんな声に驚いて足を止めた。
「浅沼!」
 そこに声をかけたのは、中山である。
「中山君。何があったの!」
 何かあったのだと察して、真里が中山を見つめる。
「……石川が学校辞めたらしいんだ。たぶん、この間会った時にはもう……」
「そんな! 何も言ってなかったよ?」
 中山の言葉に、真里が訴えかける。そんな真里に、中山は目を伏せるだけである。
 真里は自分の不甲斐なさを恥じていた。自分の不幸に落ち込むだけで、あの後、日が落ちるまで一緒にいて元気づけてくれた石川の心情に、少しも気付くことが出来なかった。
「マジで? やっと辞めたんだ、あいつ。うざい、うざい。もっと早く辞めろっての」
 その時、そんな声が聞こえた。優香たちのグループである。
「……うざいのは、あんたたちなんだけど」
 その時、優香に向けてそう言ったのは、他でもなく真里であった。
「は?」
 優香たちが、驚いて真里を見る。そしてすぐに、敵対心剥き出しで真里を睨んだ。
「なに言ってんの? あいつ、男にばっか色目使って、ムカつくったら……」
「そんなの逆恨みじゃない! 石川さんがスタイル良くて可愛いから、嫉妬してるだけでしょ。なんでそんなくだらない苛めで、石川さんが学校辞めなくちゃならないのよ!」
 勢い余って、真里が叫ぶ。
「なに、コイツ。うちらが原因で辞めたわけじゃないでしょ。うちらが嫌なら、あんたも辞めれば?」
「それはないんじゃない? うちらも浅沼さんの意見に同感だよ。石川さんは良い子だったよ。それなのに、名瀬さんたちが話すことさえ圧力掛けて……何様のつもり?」
 他の女子たちが集まり、真里を援護してくれた。突如として、真里には大勢の仲間が出来ていた。
「もうやめろよ」
 突然、そう言って制止したのは、中山である。
「もういいだろ。クラスでいがみ合いは迷惑だよ。それに、クラスメイトが学校辞めたんだ。名瀬たちのそういう態度は感心出来ない」
 いわば男子のリーダー的存在である中山は、頭も良いため、女子の間でも人気であり、少なからずの影響力を持っている。
 その一言で、クラスは一気に静かになった。そこへ担任が入って来たので、一同は何事もなかったかのように席へ着く。
 その時、真里は机の中にある何かに気付いた。見ると、手紙が入っている。真里は急いで、封筒を開けた。
『浅沼さんへ。突然ごめんね。私は昨日、浅沼さんと会った日に、学校を辞めました。原因は色々あるけど、私も新しい人生をスタートさせるというところでしょうか』
 手紙は石川からのものに間違いなかった。真里と会った次の日に、わざわざ学校へ来て、これを入れていったのだろう。
 真里は手紙の続きに見入った。
『これは少し前から決めていたことです。私は高校に入っても友達もあんまり出来ず、学校も楽しくないし夢もないし、どうしたらいいのか行き詰っていました。でも、やりたいことが出来ました。もちろん親は学校を辞めることに大反対で、勘当されそうな勢い。だけど私、最後に浅沼さんに会えてよかった。勇気もらえました』
「石川さん……」
 読んでいる真里の目に、涙が滲む。手紙の文字が涙に揺れる。
『私は中学の頃から苛めみたいなものを受けて来たけど、あんまり気にしてはいないです。無視されたりは日常茶飯事だし、少数だけだから……でも中学校の延長みたいで、いい加減嫌になったのも事実です。そんな中で、私は退学に踏み切ることにしました。これは逃げになるかもしれないけど、きっと浅沼さんみたいに強くなって、頑張っていくつもりです。突然で本当にごめんね。私も頑張るから、浅沼さんも頑張ってね』
 石川の言葉が詰まった手紙に、真里は涙を流した。本当に短い付き合いだった。でも、間違いなく友達であった。
 自分によって勇気をもらえたと言ってくれた石川。そんな石川に、真里もまた勇気をもらえた気がした。
 空いた後ろの石川の席を感じながら、真里は自分ももっと強くならなければと思った。

 放課後。真里はバイト先へと向かっていった。頑張ると心の中で石川に誓ったものの、やはり田村総平に会うのは気が引ける。
 真里は、バイト先のファミリーレストランの前で立ち往生していた。
「浅沼?」
 そんな真里に声を掛けたのは、クラスメイトの中山である。
「中山君……」
「どうしたの? そんなところで」
 首を傾げて、中山が真里を見つめて言う。
「あ、ううん。なんでもないんだ……中山君は?」
「帰ったら塾なんだ。石川、辞めちゃって残念だったね……」
「……うん」
 中山の言葉に、真里も頷く。
「さっきの、格好良かったよ」
 しんみりしたところで、中山が言った。
「え?」
「名瀬たちに、ビシッと言ったの」
 そう言われ、真里は赤くなる。
「ちょっと言い過ぎちゃったかな……」
「そんなことないよ。名瀬たちのグループには、男子も警戒してた。女子の間で苛めみたいなの起こってるのわかってたし……ありがとう。そんな役買ってくれて」
 そんな中山に、真里が笑った。
「どうして、中山君がそんなこと言うの?」
「だって俺、一応クラス委員だし?」
 二人は笑う。しかし、すぐに真顔になった。
「……私も石川さんみたいに、自分の道を見つけたい。強くなりたい。苛めだって許したくないし、自分の弱さにも負けたくない」
「うん」
「……これからバイトなんだ。でもやっぱり、少し気が重くて……」
 真里が、目の前のファミリーレストランを見つめて言った。
「……まだその人のこと、好きなの?」
「ううん。でも、やっぱり怖いんだ。また傷付けられるんじゃないかって思うと……」
 苦笑してそう言う真里に、静かに中山が口を開く。
「……じゃあ、俺と付き合わない?」
 中山が言った。突然の言葉で真意がわからず、真里は驚く。
「えっ……?」
「この間、石川がいたこともあるだろうけど、いろいろ打ち明けてくれて嬉しかった。それに今日の浅沼見て、見習うべき点がたくさんあるって思った。俺も浅沼や石川みたいに強くなりたいし、浅沼のこと、もっと知りたいと思ったんだ……」
 俯き加減でそう言う中山の顔は、とても真剣である。
 真里にとっては、生まれて初めての告白だった。どうしていいのかわからない。
「で、でも私……今と昔は全然違うし、今も自信なくて……」
「昔のことはいいよ。これからのことを考えてくれれば、それでいいよ」
 そう言った中山に、真里は涙が出るほど嬉しかった
「信じられない……私、ずっと中山君のこと憧れてた。だけど自信なんてないし、クラスの女子からも人気あるし、もう自分から告白なんて出来なくて……」
 真里の言葉に、中山も嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、いいの?」
 中山の言葉に、真里は嬉し涙を堪えて微笑み、頷いた。
「よかった……バイト、大丈夫?」
「うん。頑張る」
 強さを見せて、真里が言う。
 頑張ろうとする真里に、中山も微笑んだ。
「じゃあ……また明日、学校で」
「うん。ありがとう……」
 真里に見送られ、中山は去っていった。
 信じられないといった様子で、真里はバイトへと向かっていった。もう、バイト先へ向かう躊躇などない。
 ロッカールームには、すでに来ていた田村がいた。
 真里を見るなり、田村が立ち上がる。真里は威嚇されたように立ち止まった。
「浅沼。あの……」
 田村はそう言いかけ、そして意を決したように、頭を下げた。
「ごめん! 俺、ずっと謝りたいって思ってたんだ!」
 突然の田村の言葉に、真里は驚きながらも、田村を見つめる。
「俺、あの時……おまえから告白されて嬉しかった。だけど告白される前から、みんな告白のこと知ってて、からかわれてて……笑うことしか出来なかった。あれからおまえ、学校来なくて、結局謝ることも出来なくて……本当にごめん! バイトに来づらいなら、俺が辞めるから……本当に、ごめんなさい!」
 田村の誠心誠意の言葉だと思った。
 真里は田村の言葉を聞きながら、いろいろなことを思い出していた。苛められたり、からかわれてきた辛い過去は消えない。しかし、過去は過去なのだと思う。
 頑張ると言って、自分の道を見つけようとしている石川。自分に好意を持ってくれた中山。そして、学校で援護してくれたクラスメイト。真里はもう、一人ではないのだと悟った。
「……もういいよ。あの時の想いが田村に伝わってたならいい。だけど私、もう田村のこと、何とも思ってないから。もう一人じゃないから……だからこれからは、ただのバイト仲間ってことで、よろしく!」
 中学時代の明るい真里に戻ったかのように、真里は笑って田村にそう言った。もう完全に、田村のことなど吹っ切れたように感じた。
 次の日も、またその次も日も、真里は学校へと向かっていく。周りには、支えてくれる中山も、元気をくれる友達もいる。もう、一人じゃない。


 辛い過去を乗り越えた時、何かの成果が見つかる。そして、新たな強い自分に生まれ変わった時……ひとつの恋のカタチ。


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