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作品名:ひとつの恋のカタチ 作者:KANASHI

第5回   大人なカレ

 学校が終わると、真っ先にアルバイト先のファミリーレストランへ向かう。そんな日常を繰り返しているのは、この物語の主人公・竹脇亜由美だ。
 高校一年生の亜由美は、進学と同時にアルバイトを始めた。そこで巡り合ったのが、二十三歳のフリーター、森誠司である。亜由美の恋の相手だ。
「おはようございます!」
 元気な挨拶で、亜由美はファミリーレストランのロッカールームへと入っていく。
「おはよう。今日も元気だね」
 そうしていつも出迎えてくれるのが、森であった。
 森は長年の経験があり、アルバイトながらもチーフを任され、スポーツマンのように爽やかな笑顔が、いつでも印象的である。
 亜由美と森は、入り時間がよく合うため、話す機会も多かった。
「亜由美ちゃん。来月からメニューが変わるらしいんだ。そこにあるから、見ておいてくれってさ」
「ええ! また覚えなきゃいけないんだ……」
 森の言葉に、素早く支度を終えた亜由美が言う。
 亜由美はさりげなく森の目の前に座ると、新メニューを広げた。
「美味しそう。おなか空いてきちゃった」
「あはは。学校終わって駆けつけてるんだろ? そりゃあおなか空くよね。ああ、僕、パン持ってるから、よかったらどうぞ」
 そう言いながら、森はバックから菓子パンを差し出した。
「え、でも、いいんですか?」
「うん。昼食べようと思ってた残り。たくさん買って余ったものだから大丈夫だよ。これでよかったら」
「ありがとうございます。いただきます!」
 亜由美はそう言って、菓子パンを開ける。
 だが、森の視線を感じ、亜由美はパンを差し出した。
「……食べます?」
「ハハハ。じゃあ、ちょっとだけ。人が食べてるの見ると、食べたくなるよね」
「あはは。わかります」
 こんな他愛もない時間を、亜由美は幸せに感じていた。

 バイトを終えると、亜由美はゆっくりと帰り支度を始める。森のほうが遅くまでバイトしているため、帰りは一緒ではない。そのため、出来るだけ会う機会を増やそうと、亜由美はいつもゆっくり支度をしていた。
「おつかれさまです」
 そこにやって来たのは、同じ年のバイト仲間、浅沼真里だ。いつもお洒落に決めている真里は、学校は違うものの、同じ年でバイトの時間も合うことが多いため、亜由美とも仲が良い。
「真里ちゃん、おつかれさま。聞いた? 新メニューの話」
 亜由美が尋ねる。
「ああ、来月から変わるみたいだね。こっちの苦労も知らないで……」
「あはは。本当にね」
「そういえば、森さんのこと聞いた?」
「えっ?」
 真里の言葉に、亜由美は首を傾げる。
「森さん、ここ辞めちゃうんだって」
 それを聞いて、亜由美は目を丸くした。
「えっ……ど、どういうこと?」
「なんかさっき、裏で店長と話してるの聞いて……」
「き、聞いてない!」
 顔面蒼白といった表情で、亜由美は思わず店内へと飛び出していった。
「森さん!」
 亜由美が、厨房にいる森を呼ぶ。
「亜由美ちゃん?」
 怪訝な顔をして、森が顔を出した。
「本当ですか? ここ辞めちゃうって!」
 それを聞いて、森は苦笑した。
「情報早いなあ。誰から聞いたの?」
「……本当、なんですか。なんで……?」
「うん……いい加減、遊んでるわけにもいかないし。大学出てフラフラしてたけど、そろそろ就職しなくちゃいけなくてね。実家帰って、後継ぐつもり」
 森が言った。
 亜由美は訴えかけるような瞳で、森を見つめる。
「実家って……?」
「名古屋の飲食店。まあ、前から継ぐつもりだったから、経営学とかも勉強してたんだけど、しばらくダラダラしてたら、さすがに親にも怒られてね……最近、親父の具合も良くないみたいだし……帰ろうと思って」
「名古屋……」
「詳しいことは今度話すよ。僕も店長に話したばっかりだしね。それより、もう暗いから気をつけて帰りなよ」
 森はそう言うと、笑って手を振り、仕事の続きを始めた。
 亜由美は胸が引き裂かれるような思いがした。いつからかわからないが、気付けば森のことを好きになっていた。一緒にいられれば幸せだった。だが、それすらも叶わなくなってしまう。そう思うと悲しくて、どうしたらいいのかわからない。
「亜由美ちゃん……」
 帰り道、真里が心配そうに声を掛けた。
「あ、ごめん、真里ちゃん。ぼうっとしちゃって……」
 心ここにあらずといった亜由美に、真里は微笑みながら首を振った。
「いいよ。でも亜由美ちゃん、森さんのことが好きだったんだね……」
「……うん……」
 亜由美は正直に頷く。
「気付いたら好きだったんだ……べつに恋人じゃなくても、一緒にいられれば楽しかった。でも、バイト辞めちゃうなんて……」
「……すぐいなくなっちゃうってわけじゃないんだから、よく考えてみたら?」
 落ち込む亜由美に真里が明るく元気づける。
 だが、亜由美は溜息をついて真里を見つめた。
「……いいな。真里ちゃんみたいに可愛ければ、私だって告白する勇気が持てるのに」
 そう言った亜由美に、真里は笑う。
「なに言ってるの! 亜由美ちゃんは可愛いじゃん。自分でわかってないだけだよ」
「……そうかな……」
「そうだよ。それにね、私、高校デビューなんだ」
 突然、真里がそう言った。
「え?」
「中学の時は今よりもっと太ってて、お洒落でもなくて……それで苛められることも多かったから、高校入ったら新しい自分になってやるって思って。だから、もし今の私が可愛いなら、変身したからかなあ。確かにあの頃とは、見方も考え方も全然違うもん。別の自分になったみたい」
「へえ、高校デビュー……そうは見えないね」
「だから亜由美ちゃんも、自信持ちなよ。可愛さなんて気持ちの持ちよう! 森さんだって、すぐに行っちゃうわけじゃないんだし、時間はあるよ」
 真里の言葉に、亜由美は元気づけられたような気がした。
「そうだね。よく考えてみる。ありがとう、真里ちゃん」
「ううん。じゃあ、またね」
 分かれ道に差し掛かり、二人は別れて家へと帰っていった。

 家に帰った亜由美は、携帯電話を見つめていた。フォトフォルダには、バイト仲間で集まった時の写真が何枚かある。そこで、森とツーショットで撮ってもらった写真もあった。
 亜由美はその写真を見て、意を決して森へメールを送ることにした。すでに森もバイトを終えているはずである。
「おつかれさまです。バイト辞めるって聞いて、本当にびっくりしちゃいましたよ! いつ行っちゃうんですか? 森さんいなくなると寂しいですよー!」
 軽い感じでそう打ち込み、何度も何度も見直した。
「寂しい……だと、好きなのバレちゃうかな?」
 独り言を言いながら、亜由美は考え込む。
「ああ、もういいや。送っちゃえ!」
 ボタンを押して送信する。すぐに送ったことに後悔するも、もう遅い。
「送っちゃった……」
 胸を締めつけられる思いで、亜由美はベッドに横たわった。思えば思うほど募る、森への想い。
 亜由美がバイトを始めたばかりの時、すでにベテランだった森は、失敗しても一度も怒らずに、丁寧に仕事を教えてくれた。そんな森に、亜由美はどんどん惹かれていったのだった。
 その時、メールの着信音が鳴る。
「ハイハイハイハイ!」
 物凄い勢いで起き上がりながら、亜由美はメールを開く。
『おつかれさま。突然こんなことになって、亜由美ちゃんにも申し訳なく思います。僕のほうも急なので、準備だなんだで大忙しになりそうです。店長とも話しましたが、今月いっぱいで辞めるつもり。みんなにも迷惑掛けると思うけど、よろしく頼むね』
 森からのメールに、亜由美は落ち込む一方だった。
「今月いっぱい……」
 思いのほか、リミットは迫っていた。亜由美は、もう一度メールを打つ。
「残念です。まだまだ新米なので、いろいろ教えてもらいたかったんですが……」
 亜由美がメールを送ると、また森から返事が来た。
『大丈夫。もう僕が教えることはないよ』
 そんな返事に、亜由美はまたメールを返す。
 その繰り返しで、結局それから一時間ほど、二人はメールを続けていた。
『そろそろ遅くなってきたので寝ましょう。じゃあ、今度の土曜日に』
 森からのメールに、亜由美は「おやすみなさい」とだけ返した。
 一時間のやりとりによって、亜由美は土曜日にデートするところまで漕ぎ着けていた。今週は、亜由美がシフトに入っていなかったからである。いろいろ話したいことがあるという亜由美の言葉に、森が別の日に会ってくれると約束してくれたのだった。
 なりゆきではあったが、亜由美は嬉しくてたまらない。

 土曜日。今日が最後という意気込みで、亜由美は森との待ち合わせに向かっていった。
 いつになくお洒落に時間を掛け、普段買わないようなファッション雑誌を参考に、何度も鏡を見つめた。今日が最後だという意気込みによる切迫感と、焦るような勢いが亜由美を支配する。
「ごめん、待った?」
 そこに、森がやって来た。
「あ、いえ……」
「制服見慣れてるから、なんか私服なだけで緊張するなあ」
 照れながら森が言う。
 森の言葉に、亜由美も嬉しさを隠せない。だが、亜由美は緊張のため、普段の元気な亜由美ではいられなかった。
 その後二人は映画を見たり、夕食を食べたり、恋人のような時間を送る。
 亜由美はそんな時間に酔いしれるように、二人の時間を堪能した。

「今日はありがとう。ごめんね、いろいろ連れ回しちゃって」
 駅まで送ってくれた森が、改札の前でそう言った。
「いえ、そんな……こちらこそ、わざわざ時間作ってもらっちゃって……」
 今日、森に告白しようと決意してきた亜由美だが、なかなかそこまで踏み切れない。亜由美は電車なので、今日はここでお別れだ。
「ううん。僕も楽しかったよ。じゃあ、気をつけてね」
「はい……ありがとうございます」
 亜由美が手を振ると、森は笑って背を向けた。
 今日で最後というわけではないが、このまま何も言えないままでは、最後まで告白など無理だと思った。だがそう思っても、亜由美は森の背中を見つめることしか出来ない。
(このままでいいの……? このままじゃ、いつまで経っても何も言えないんじゃない。それでいいの?)
 心の中でそう繰り返されるが、亜由美はその場に縛りつけられたかのように動けず、声も出ない。溢れ出たのは、どうしようも出来ない悔し涙だけだった。
 その時、背を向けていた森がふと振り返った。森は、まだ自分を見つめている亜由美に驚き、首を傾げてこちらに近付いてくる。
「も、森さん!」
 次の瞬間、亜由美は吹っ切れたようにそう叫んでいた。
 森はその声に立ち止まり、亜由美を見つめる。
 亜由美はもう迷ってはいなかった。そのまま涙を拭うと、森に駆け寄った。
「……どうしたの? 亜由美ちゃん」
「私……今日、決めてきたんです。私、森さんのことが好きなんです!」
 勢いに任せて亜由美が言った。何も言えないままで終わるのは嫌だと思った。
 だが森は、相変わらない目で亜由美を見つめている。
「……僕も好きだよ」
 思いのほか、森はすんなりそう言った。
「でも……」
 続く森の言葉に、亜由美の体にもう一度緊張が走る。
「でも、僕は実家に帰らなきゃならないんだ。もうこっちにいられるのも、一ヶ月もない。だから……」
「それでもいい!」
 とっさに亜由美がそう言った。このままでは断られると思った。
「亜由美ちゃん……」
「それでもいいです。私、森さんと……」
 また溢れ出そうとする涙を堪えながら、亜由美が言った。少しでも気が緩めば、涙が零れ落ちそうだ。
 そんな亜由美を見つめたまま、森は冷静に口を開く。
「でも亜由美ちゃんはまだ高校生だし、このまま付き合えたとしても遠距離になっちゃうよ。そういう関係が続くとは、正直僕は思えない……」
 森が言った。確かに、このまま二人が付き合っても、遠距離恋愛になることは明白である。そうちょくちょく会える距離でもない。だが、亜由美はそれでも良いと思った。
「私は……大丈夫です。森さんのことが好きだから……離れてたって、大丈夫です」
 真っ赤になりながらの告白。遂に亜由美の瞳から涙が零れてしまった。だが、泣き落としはしたくない。亜由美はとっさに涙を拭うと俯いた。
 森は静かに微笑み、亜由美の顔を覗き込む。
「じゃあ、付き合おうか」
 優しい森の声に、亜由美は顔を上げた。森は優しく笑ったまま、亜由美を見つめている。
「……本当に?」
 亜由美の言葉に、森が笑う。
「僕もずっと前から好きだったよ。でも亜由美ちゃん、高校生だし。実家に帰ることは前から決めてたから……ごめんね、僕から言ってあげられなくて」
 森はそう言いながら、亜由美の手を握った。暖かい温もりが、二人を包む。
 知らぬ間に交差していた想い。森も亜由美を見てくれていた。遠距離恋愛に不安がないわけではなかったが、互いの温もりが安心感を生んでいる。今は互いのことしか見えなかった。

 半年後。
「亜由美ちゃん。森さんとはどうなの?」
 バイト先のロッカールームで、変わらずバイトを続けている真里が、亜由美に尋ねた。
「うん、順調だよ。毎日メールもしてるし。あ、見る? 森さん最新画像」
 亜由美はそう言って、昨日届いたばかりの写メールを見せる。
「あれ、髪切ったみたい? でも変わってない」
「うん。昨日切ったんだって」
「へえ。遠距離なんてどうなるかと思ったけど、心配なさそうで良かった」
 真里の言葉に、亜由美が微笑む。
「うん。まだまだ不安もいっぱいだけどね……でも好きだから。大丈夫!」
 頼もしい亜由美の言葉に、真里も頷いた。
「二人なら、きっと大丈夫だね」
「もちろんよ」
 自分に言い聞かせるような決意に満ちた亜由美の言葉が、亜由美自身を支えていた。
 その時、亜由美の電話が震えた。メールの着信である。
『休みが取れたので、今度の週末、そっちに行きます』
 森からの、そんなメールだった。
「やったー! 半年振りに会えるよ、真里ちゃん!」
 興奮しながら、亜由美が言う。
「本当? おめでとう!」
「うん、うん!」
「早く返事してあげなよ」
「うん!」
 亜由美はメールを打ち始めた。
 何度も考えながら、言葉を探してゆく。その言葉が繋がって、離れている二人を繋げる。


 離れていても、想いは繋がっている……ひとつの恋のカタチ。


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