頭が真っ白になって、声も出ない。 予想をはるかに上回る衝撃の事実に、私はふらっと後ずさる。すると誰かに当たり、驚いて振り向いた。 するとそこには、彼がいた――。 「あ、嫌だわ。この人がどうしてもって言うもんだから、私……失礼しますね」 バツが悪くなったのか、女性は隣の家へと足早に入っていった。 私も出来ることなら逃げたい。だが彼は、いつになく無表情のまま、私を見つめている。いや、私は目に入っているだろうが、それは遠く、まるで私を見ているとは思えない。 「……うち、来る?」 やがて、彼がそう言った。だが私の返事を聞くこともなく、彼は自分の家へと向かう。 私はどうしようか迷った。得体の知れない怖さが、今の彼にはある。もしかしたら殺されるかもしれないと思った。だけど怖いもの見たさもある。そして真実が知りたい、彼を一人にしたくないとも思った。 私は、彼に続いた。 「お邪魔します……」 すでに家に上がった彼に続き、私はそう言いながら家の中を見渡す。案外綺麗になっていて、家族がいてもおかしくない。 私は彼が入っていったリビングへと向かった。 「適当に座って」 何かを吹っ切ったように、そこにはいつもの彼がいた。 「あの、お邪魔します……」 ダイニングテーブルの一角に、私は座った。 彼はやかんに火をかけ、シンクに寄り掛かっている。 「……それで、何の用?」 やはり普段とは違う様子で、彼が尋ねた。 私は口をつぐむものの、持っていた紙袋をテーブルに置く。 「あの……プレゼント買ったの。今日渡そうかどうしようか迷ったんだけど、一応、様子だけでも見て行こうと思って。そしたら隣の方が声をかけてくださって……」 「あの人、噂好きだから……」 彼は苦笑して、やかんの火を止め、お茶を入れて差し出した。 「どうぞ」 「ありがとう……」 お茶を置きながら、彼は私の前に座る。それだけで緊張が走る。 「……聞いた通りだよ。一年前の今日、僕は世界で一番大切な人を失った。それだけだ」 悲しく微笑む彼をも、私には輝いて見えた。 なんと声を掛ければいいのかわからない。ただ真実を知ってしまったことが申し訳なく、今までの行動にも悔い、そして彼に同情の思いを寄せる。 言葉は見つからなかったが、ここで黙っていても申し訳ない。まとまらない頭を奮い起こし、私は口を開いた。 「ごめんなさい……私ずっと、違う想像してた。梶君、家族のこと大事にしてそうなのに、あんまり話さないから、別居でもしてるのかなって……でも、言いにくいには当たり前だよね。今までいっぱい傷付けてごめんね……」 泣きたい気持ちを抑え、私は静かにそう言った。ここで私が泣いてしまえば、彼の行き場はなくなるだろう。 「……一年前のあの日、家族は仕事で遅い僕を迎えに来ようとしてたんだ……あの子の誕生日だったのに、僕は少し残業して……乗っていた車は、居眠り運転のトラックに追突された。車はペシャンコで、見る影もなかった」 虚ろな目で語る彼の言葉を、私は無言のまま耳を傾ける。 「何もやる気が起きなかったけど、一人でいたら気が狂いそうだったから、休みも取らずに働いたよ。でも周囲の同情の目が辛くて、心無い言葉が怖くて、僕は会社を辞めた……本当は、この家にいるのも辛いんだ。でも、家族で過ごした名残もある。いっそ死にたいと思っていたある日、今の社長が声をかけてくれたんだ。どうやら前の社長が頼み込んでくれたらしい。僕も、新しい会社ならやっていけると思った。僕のことなんか誰も知らない場所なら、うまく……」 私は思わず、彼の手を握った。 「本当にごめんね。でも、私はこれを知っても何ともならないよ。そりゃあ言葉は悪いけど、可哀想だと思う……でもそれ以上に、私はあなたが好き」 自然と出てきた言葉だった。私は堰を切ったように言葉を続ける。 「そう、好きなの……今回の仕事が終わったら言おうと思ってた。あなたに家族がいようといなかろうと、好き。でも、あなたが大切にしているものを壊そうとは思わない。あなたが幸せならそれでいいと思った……でももし、あなたが幸せじゃなくて、大きな傷を抱えていて、私なんかでも少しでも力になれるなら……そばに置いてほしいの」 初めての告白だったが、不思議と言葉がすらすらと出てくる。 彼は複雑な表情を浮かべ、やがて苦笑した。 「うざいよ」 その一言で、私は殴られたかのような衝撃を受けた。
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