20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:薄桃色のメモリー 作者:KANASHI

第8回   彼が背負っていたもの
 頭が真っ白になって、声も出ない。
 予想をはるかに上回る衝撃の事実に、私はふらっと後ずさる。すると誰かに当たり、驚いて振り向いた。
 するとそこには、彼がいた――。
「あ、嫌だわ。この人がどうしてもって言うもんだから、私……失礼しますね」
 バツが悪くなったのか、女性は隣の家へと足早に入っていった。
 私も出来ることなら逃げたい。だが彼は、いつになく無表情のまま、私を見つめている。いや、私は目に入っているだろうが、それは遠く、まるで私を見ているとは思えない。
「……うち、来る?」
 やがて、彼がそう言った。だが私の返事を聞くこともなく、彼は自分の家へと向かう。
 私はどうしようか迷った。得体の知れない怖さが、今の彼にはある。もしかしたら殺されるかもしれないと思った。だけど怖いもの見たさもある。そして真実が知りたい、彼を一人にしたくないとも思った。
 私は、彼に続いた。
「お邪魔します……」
 すでに家に上がった彼に続き、私はそう言いながら家の中を見渡す。案外綺麗になっていて、家族がいてもおかしくない。
 私は彼が入っていったリビングへと向かった。
「適当に座って」
 何かを吹っ切ったように、そこにはいつもの彼がいた。
「あの、お邪魔します……」
 ダイニングテーブルの一角に、私は座った。
 彼はやかんに火をかけ、シンクに寄り掛かっている。
「……それで、何の用?」
 やはり普段とは違う様子で、彼が尋ねた。
 私は口をつぐむものの、持っていた紙袋をテーブルに置く。
「あの……プレゼント買ったの。今日渡そうかどうしようか迷ったんだけど、一応、様子だけでも見て行こうと思って。そしたら隣の方が声をかけてくださって……」
「あの人、噂好きだから……」
 彼は苦笑して、やかんの火を止め、お茶を入れて差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう……」
 お茶を置きながら、彼は私の前に座る。それだけで緊張が走る。
「……聞いた通りだよ。一年前の今日、僕は世界で一番大切な人を失った。それだけだ」
 悲しく微笑む彼をも、私には輝いて見えた。
 なんと声を掛ければいいのかわからない。ただ真実を知ってしまったことが申し訳なく、今までの行動にも悔い、そして彼に同情の思いを寄せる。
 言葉は見つからなかったが、ここで黙っていても申し訳ない。まとまらない頭を奮い起こし、私は口を開いた。
「ごめんなさい……私ずっと、違う想像してた。梶君、家族のこと大事にしてそうなのに、あんまり話さないから、別居でもしてるのかなって……でも、言いにくいには当たり前だよね。今までいっぱい傷付けてごめんね……」
 泣きたい気持ちを抑え、私は静かにそう言った。ここで私が泣いてしまえば、彼の行き場はなくなるだろう。
「……一年前のあの日、家族は仕事で遅い僕を迎えに来ようとしてたんだ……あの子の誕生日だったのに、僕は少し残業して……乗っていた車は、居眠り運転のトラックに追突された。車はペシャンコで、見る影もなかった」
 虚ろな目で語る彼の言葉を、私は無言のまま耳を傾ける。
「何もやる気が起きなかったけど、一人でいたら気が狂いそうだったから、休みも取らずに働いたよ。でも周囲の同情の目が辛くて、心無い言葉が怖くて、僕は会社を辞めた……本当は、この家にいるのも辛いんだ。でも、家族で過ごした名残もある。いっそ死にたいと思っていたある日、今の社長が声をかけてくれたんだ。どうやら前の社長が頼み込んでくれたらしい。僕も、新しい会社ならやっていけると思った。僕のことなんか誰も知らない場所なら、うまく……」
 私は思わず、彼の手を握った。
「本当にごめんね。でも、私はこれを知っても何ともならないよ。そりゃあ言葉は悪いけど、可哀想だと思う……でもそれ以上に、私はあなたが好き」
 自然と出てきた言葉だった。私は堰を切ったように言葉を続ける。
「そう、好きなの……今回の仕事が終わったら言おうと思ってた。あなたに家族がいようといなかろうと、好き。でも、あなたが大切にしているものを壊そうとは思わない。あなたが幸せならそれでいいと思った……でももし、あなたが幸せじゃなくて、大きな傷を抱えていて、私なんかでも少しでも力になれるなら……そばに置いてほしいの」
 初めての告白だったが、不思議と言葉がすらすらと出てくる。
 彼は複雑な表情を浮かべ、やがて苦笑した。
「うざいよ」
 その一言で、私は殴られたかのような衝撃を受けた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 2908