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作品名:薄桃色のメモリー 作者:KANASHI

第7回   ギクシャクした関係
「ごめん。今日も家で仕事するから。コンビニにも行けない……というか、もう夜会うのやめよう」
 突然の拒否に、私は自分の犯した過ちを後悔せざるを得なかった。
「……ごめんなさい。奥さんに……何か言われたの?」
「違うよ。うちのはそんなこと言わないし……でも付き合ってるわけじゃないんだし、やっぱおかしいでしょ。仕事で疲れて帰って来てるのに、また出るのもしんどいしね。じゃあ僕、部長に呼ばれてるから行くよ」
 いつもの笑顔に戻って、彼はそう言って去っていく。
 まるで私から解放されてほっとしたかのような笑顔に、絶望を感じた。

 それから彼の笑顔は戻ったが、私たちの関係は遠くなった。
 私がいくら深夜のコンビニで待っていても、彼が現れることはない。会社で会うだけの、仕事の関係だ。
 そんな生活に慣れつつも、私の秘かな恋心は、まだ息衝いている。
 彼は前の会社で培ったノウハウを生かし、社長だけでなく、部長や他の上司に可愛がられる存在となり、私なんかすぐに追い越されそうだ。
 焦りもあるが、彼がやり手というのは、一緒に組んですぐに気付いたし、一緒に働けることで今は満足している。

「よし、全部ゴーサインだ!」
 この日は記念すべき日となった。私と彼とで作った何着もの子供服デザインに、遂にゴーサインが出た。これから更に生地などの打ち合わせを重ねなければならないが、私たちの仕事は一段落ついたことになる。順調にいけば、来年の春物から店頭に並ぶだろう。
 半年掛かりでデザインに没頭した私たちにとって、一番報われた日となったことは明白である。
「おつかれさま。やったね」
 変わらぬ笑顔で、彼が私に微笑む。
「うん。おつかれさま」
 私も笑顔で応えた。
「よし、今日は記念すべき日だ。子供服ブランドは初めてだからね。どうだ、二人とも。飲みに行かないか?」
 部長の誘いに、私は彼を見つめた。
 彼は困ったように俯いている。
「あの……」
「なんだ、都合が悪いのか? 梶」
「すみません。今日は娘の誕生日で……」
 その言葉に、私は胸を貫かれた。彼が妻子持ちということを、どこかで忘れようとしていた自分がいたからだ。だがそれも、彼の一言で簡単に蘇った。
「そうか。そりゃあ駄目だな」
「すみません……」
「いいんだ。まだ小さいんだろう? 今日は早く帰ってやれ。飲み会なんていつでも出来るんだからな」
 いつもは強引に誘う部長も、やり手の彼に、そして小さな娘という事実に同情したのか、優しい言葉をかけている。
「すみません。今度ぜひ連れて行ってください」
「ああ。住友さんは大丈夫なんだろう?」
 矛先を自分に向けられ、私は思わず歯を食いしばった。
「え……」
「なんだ、その態度は。たまには上司と部下、飲み合おうじゃないか。仲の良い子……倉内さんとか誘えばいいじゃない」
 裕子の名が出てきて、私は苦笑した。部長の目当ては裕子らしい。人気のある裕子なら仕方がないけれど。
「彼女に聞いてからにしてください。それに今度、梶君の都合がいい日に延期でもいいじゃないですか。部長、飲みたいだけでしょう?」
「住友さんは冷たいなあ。たまにはいいじゃない」
 私は苦笑しながら、部長と漫才のような会話を繰り広げ、その場を盛り上げるのに必死だった。
 あとで彼が、私にすまなそうにしているのを見かけたが、咎める理由はまったくないので、笑顔で応えておいた。

 幸せな家庭を想像するのは簡単だ。彼を思い浮かべれば、すぐに見える。それが妬ましいという気持ちは、不思議となかった。
 それはたぶん、彼のことが大好きだからだ。彼からあの笑顔を、もう奪いたくはない。
「ケーキ……は用意してるよね。おもちゃとか迷惑かな……」
 裕子の都合が悪いということで、部長との飲み会はなしになった今日、仕事からも解放された私は、駅ビルに入っているおもちゃ屋で、無意識に彼の娘さんへの誕生日プレゼントを探していた。

 結局、流行りのぬいぐるみを買ってしまった私だが、行き場もなくデパートをうろうろして家路へ向かった。
 今日渡さねば意味がないという衝動と、後日渡せばいい、大事な日に知らない私が行ってはいけないというブレーキがかかって、私は行き場を失くしていた。
 だが、とりあえず彼の家の様子を見ようと、彼の家へと向かってみる。
 彼の家は相変わらず雨戸を閉め切っていて、中の様子を窺い知ることは出来ない。
「どうしようかな……」
 不審者のように、私は彼の家の前で、ぐるぐると考え込んでいた。
「梶さんなら、さっき出かけましたよ」
 その時、買い物帰りの様子である中年女性がそう言った。
 私は我に返り、その女性を見つめる。
「えっ」
「一時間ほど前に帰って、またすぐに出かけられましたよ」
 女性は隣の家の門に手をかけている。彼とも面識があるようだ。
「あ、それはわざわざご丁寧に……それで、ご家族で出掛けられたんですか?」
「え? あ、ああ……」
 途端、女性は明らかに顔を曇らせ、顔を伏せた。
 私は思わず、女性に詰め寄る。
「教えてください! 彼は……彼の奥さんと娘さんは、本当にこの家で暮らしてるんですか?」
 そう言った私に、女性は何度も瞬きをして、言葉に詰まっている。
「あ、あなたは……?」
 女性に言われ、私は慌てて女性から離れた。
「あの、会社の者です。彼と同じ職場で……」
 本当のことだったが、どもってしまって嘘っぽくなってしまった。だが、真剣なことは伝わったようで、女性は大きな溜息をついて頷いた。
「一周忌ですよ、今日……ちょうど一年前に、事故で……娘さんの誕生日で、家族で外食する予定だったらしいです。旦那さんは仕事で遅れて、一人だけ助かったとか。奥さん子供含め、奥さんのご両親もみんな……」


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