「今日は家でデザイン考えるから、コンビニには行けないからね」 仕事の合間、彼がこっそりとそう言った。 私たちはあれから、深夜のコンビニデートをするようになっている。 もうお互いの電話番号やメールアドレスも交換したが、特に待ち合わせもしていないのに、決まった時間にあのコンビニへ行くのが日課となっていたのだ。 「もう。別に約束してるわけじゃないんだから」 そう言ったものの、私は残念だった。でも、そう断ってくれた彼が、やっぱり好きだとも思う。 最近、彼への思いが日増しに強くなっていることに気付いている。だが、先のことが怖いので、無意識に消そうとも思っているようだ。 しかし不思議なことに、彼から奥さんの話を聞いたことはなかった。でも、聞けば答えてくれるし、いつも持ち歩いている奥さんの写真も見たことがある。また、五歳になるという娘さんの写真も見ていた。
「娘の……真奈ちゃん、どんな服が好きなの?」 二人でデザイン画を見つめながら、何の気なしに私は尋ねた。 だが、彼は難しい顔で天井を見上げる。 「うーん……そう聞かれると、好み知らないんだよな」 「ええ? 父親なのに」 「うん……でも、やっぱりピンクとかフリフリとか好きだったよ」 「あはは。なんで過去形……」 「昔から仕事で遅くなっててあんまり会えなかったし、今はよく知らないんだ」 苦笑してそう言う彼に、私は一つの答えが浮かんだ。 もしかして、奥さんとは別居中なのかもしれない。離婚調停中なのかもしれない。ならば、すべてに納得がいく。 淡い期待と辻褄が合う勝手な妄想に、私は一人、首を振った。 馬鹿なこと考えるのはやめよう――。 私は仕事に戻った。
その夜、私は“行けない”という彼の言葉を理解しながらも、日課となったコンビニに足を運んだ。 「今日は彼、まだ来てないですよ」 いつもの店員が、嬉しそうにそう言ってきた。うざったいのと嬉しいのとで、私は苦笑する。 「ありがとう。でも、今日は……」 そう言いかけた時、彼の顔が見えた。照れ臭そうに笑っている。 私は店員から逃げるように、彼のもとへと駆け寄った。 「どうして?」 「いや、なんか……家で仕事してたんだけど、気分転換っていうのかな……それに住友さん、待ってるような気がして……」 しどろもどろで彼が言った。 期待してもいいですか――。思わず私は、叫びたくなった。 「……奥さんとは、うまくいってるの?」 帰り道、私は思わずそう尋ねてしまった。すぐに後悔して、続けて口を開く。 「あ、ごめんなさい。こんなプライベートなこと聞かれたくないよね。でも……毎日遅くに出歩いて大丈夫なのかなって、ちょっと心配で……」 卑怯な言い訳だったが、私はそう続けた。 「……うちは比較的、自由な家だから……」 静かに微笑んだまま、彼はそう口にした。でもそれ以上、何も語ろうとはしない。 いつものように家まで送ってもらったが、私は少しギクシャクしてしまった関係に後悔した。 でも、彼の心の広さはすでに知っている。明日はきっといつもの笑顔に戻ってくれる、そう信じたい。 そして私の中に、一つの決意が生まれた。 「この仕事がうまくいったら……」 この仕事が終わったら、彼に告白しよう――。 奥さんがいようと、子供がいようと、もう関係ない。とはいえ、彼から笑顔を奪うことは絶対に嫌だし、家族から奪おうなんて思わない。 でももし、私の妄想が少しでも当たっていて、彼が幸せでないなら、別居中ならば、離婚調停中ならば、私に僅かでも望みがなるならば……私は彼との幸せを夢見たい、そう思った。
次の日、私は昨日のギクシャクした雰囲気を払拭するように、明るく彼に声をかけた。 「おはよう!」 だが彼はどこか元気なく、いつもの様子ではない。 「ああ、おはよう……」 「どうしたの?」 私のせいということはわかっていたが、そう尋ねる。 すると、彼はいつものように静かな微笑みを返してきた。 「べつに、なんでもないよ」 「でも……あ、そうだ。今日、どっか飲みに行かない?」 私から男性を誘うことなど初めてだ。もちろん、彼ともまだ飲みに行ったことがない。 「ごめん。今日も家で仕事するから。コンビニにも行けない……というか、もう夜会うのやめよう」 突然の拒否に、私は自分の犯した過ちを後悔せざるを得なかった。
|
|