次の日。酒も抜けて冷静さを取り戻し、私は余計に彼に会うことが恥ずかしく感じるようになっていた。どんな顔をすればいいのかわからない。 「おはようございます」 そんな気持ちをよそに、相変わらずの優しい声が聞こえた。 振り向くと、そこには彼がいる。 「おはよう、ございます……」 私はどもってそう答えた。 「おはようございます、住友さん。昨日はどうも」 先輩からさん付けに代わり、彼の笑顔はいつになく優しく輝いて見える。 「こちらこそ……」 今、思い出しても恥ずかしかった。 ジャージ姿で酒臭くて、更に酒とつまみを買っているような女を、彼はどう思ったことだろう。奥さんと比べられたりしたんだろうか……そう考えると、ここから逃げ出したかった。 だが、彼の笑顔は変わらず優しい。 「あの、よかったら今度、一緒に食事でもしない? 昔話もいろいろしたいし」 「あ、うん。ぜひ……」 「よかった。じゃあ、また声掛けさせてもらいます……」 緊張した私に触発され、彼も緊張したかのように、そう言って去っていった。 「なによ、抜けがけ?」 そこに、裕子が声をかけてきたので、私はハッとした。 「裕子」 「なんかいい感じ? 誰よ、奥さんいるって忠告したの。あんたも彼狙いなわけ?」 「馬鹿言わないでよ」 私は苦笑することしか出来ない。 「でも、普段奥手なあなたが、そんなに楽しそうに男と話すのかしらー?」 すっかりからかわれ、私は裕子に彼との経緯を話した。
「へえ、同級生だったんだ?」 昼、一緒に食堂で食事をしながら、裕子が興味深げにそう言った。 「うん。こっちもびっくりで……」 「でもよく覚えてたね。私なんて、転校生どころか、クラスメイトほとんど覚えてないよ」 「そりゃあ、私だって全員覚えてるわけじゃないよ」 「あ、もしかして! 初恋の人とか?」 ズバリを言われて、私は飲んでいたお茶でむせ返ってしまった。 「ああ、ごめん。でもその反応! 彩香、わかりやすいなあ」 「違うよ!」 「何が違うのよ。でもまあ、やめときなさい。結婚してるんでしょ? 彼」 私たちはくだらない恋バナから、冷静に戻った。 昨日と逆の立場で同じことを言う裕子に、私は苦笑する。 「最初からわかってるわよ。初恋なんて実らないものだもん……あの頃だって、連絡先も聞かずだったし。今更会ったからって、恋には発展しないよ」 「まあ、あんたは普通の恋愛求めてるもんね。浮気とか考えられなそう」 「うん。それは考えられない……」 私は苦笑しながらも、目は食堂の隅で新入社員たちとしゃべっている、彼の姿を追い続けていた。 認めたくはなかった――が、気になっている。それでも忘れなければならないと言い聞かせた。 事実、結婚している彼を奪おうという気はなかった。浮気など考えられない。 それでも少し、気になっていた。
その日は彼と二人きりになる機会も、話す機会もなかった。 もう一度、小学生の頃に戻って、昔話に花を咲かせたいという気持ちでいっぱいになったが、帰りを待ち合わせる関係でもなければ、待っているのもおかしい。 私は今日会うのは諦め、一人、家路を帰っていった。 「二十三時か……」 今日やるすべてのことを終え、私はソファに寝そべりながら、時計を見上げて呟く。 ふと昨日のことを思い出し、コンビニに行きたくなった。 彼に会えるかもしれない――。 夜中のハイテンションも手伝って、得体の知れない期待感が私を支配する。奥さんがいる人とわかっていても、自分がこんなに諦めの悪い女だとは思わなかった。 「よし!」 私は着替えて家を飛び出した。もうジャージ姿など見せられはしない。 コンビニに着くと、いつもの店員にいつもの客と、特に代わり映えしない店内だった。 「お仕事帰りですか?」 すっかり顔なじみになった若い女性の店員に、そう尋ねられた。きっと私がジャージでないからだろう。 私は苦笑して首を振る。 「ううん。ちょっと買い出し」 そう言って、私は店内へと入り、雑誌コーナーやお菓子売り場を何度も往復し、彼を待った。 待ったといっても、もちろん待ち合わせしているわけでもない。それどころか携帯番号すら知らない関係に、私は私をストーカーと重ね、苦笑した。 「あれ、いた……」 突然、近くでそんな声がしたので、私は驚いて振り向いた。 もう諦めかけていたので、余計に驚いたのだ。 「か、梶くん!」 そこには、求めていた彼の姿があった。
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