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作品名:薄桃色のメモリー 作者:KANASHI

第2回   ベテラン新入社員

「へえ。梶さん、前の会社ではデザインされてたんですか」
 次の日の昼、社員食堂に入るなり、私はそんなことを耳にした。
 見ると新入社員たちが、彼と食事をしている。いや、新入社員同士でというのが普通かもしれない。
「あ、住友先輩。よかったら一緒にどうですか?」
 新入社員の分際で……とも思ったが、そう声をかけたのは彼本人である。ほかの新入社員たちは、教育係の私を遠ざけているに違いない。
「先輩だなんて……同い年じゃないですか」
 私は苦笑しながらも、そうアピールした。
 資料をもらっている私は、彼らの年齢や出身校くらいは知っている。
「え、そうなんですか? 下手したら僕のが年上かと思いました」
 彼は天使のような笑顔でそう言った。
「彩香。どうしたの?」
 その時、後ろからそんな声が聞こえ、私は振り向いた。
 そこには同期の女子社員、倉内裕子(くらうちゆうこ)がいる。大の仲良しだ。
「裕子……ううん、一緒に食べよう」
「うん」
 嫌な雰囲気を作ったかもしれないと思いながらも、私は裕子と別のテーブルに着いた。
 ちらりと彼のほうを見ると、特に気に留めた様子もなく、新入社員たちと笑い合っている。
「どう? 新入社員の研修」
 裕子に言われ、私は我に返った。
「ああ……まあ順調。でもずるいよ、私だけそんな役ついちゃって……」
「でも私は今度、嫌な出張させられるよ?」
「どっちがいいんだか悪いんだか」
「そうね。あ、ねえ。たまには飲みに行かない?」
 裕子の提案に、私は一も二もなく頷いた。
「いいね。じゃあ終わったら、いつものところね」
「了解」
 昼食が終わると、新人研修に戻る。
 仕事のこなし方、電話の取り方、物の場所、書類の書き方、果てしないほど初歩的な作業だが、まだ半人前の彼らには重要なことだ。
 彼はというと、特に話すこともない。だが転職組というだけあって、経験は豊富らしく、他の人より教えることが少ないのは事実だ。でも、特別扱いはしない。

「おつかれ。乾杯!」
 仕事が終わるなり、私は裕子とともに近くの居酒屋へ向かった。二人で飲む時は大抵ここだ。
 裕子は社内でもモテる女子社員の一人だが、今はお互いに恋人もおらず、ただ会社の愚痴を言い合って過ごす。
 恋愛に関しては、今は話す恋バナもない。仕事漬けの毎日で出会いもないし、社内に適当な男性は見当たらない。
 だから社員たちは新入社員に期待しているが、まだ今のところ、新入社員の人気や不人気は耳にしない。
「それで、新入社員はどんな感じ? 可愛い男の子いる?」
 裕子が目を輝かせて言うが、私はそんな淡い期待を裏切って首を振った。
「ぜーんぜん」
「嘘。私見たんだから。イケメン君」
「ええ? 誰だろう……」
 私は裕子の趣味と照らし合わせながら、新入社員たちの顔を思い出す。
 裕子は年上も年下もオールオッケーの人で、恋多き女でもある。出会いのないうちの会社の中でも、別の部署の年下社員、取引先の年上男性など、噂に事欠かない。だが最近は忙しく、恋人がいないのは知っている。
「ほら。リーダーっぽい、年上にも見える彼」
 その言葉に、一瞬で彼の顔が浮かんだ。
「ええ! あの人?」
「なによ、いいじゃん。それに彼でしょ? 社長に引き抜かれたっていう、凄腕さん」
 それを聞いて、私は目を見開いた。
「ええ! そうなの?」
「有名な話じゃない。教育係なのに知らないの?」
「上司のコネで入ったとは、ちらっと聞いたけど……」
「ああ、私は噂で聞いたんだ。教育係にはちゃんと言えなかったのかもね。ベテランなのに新人研修受けさせてるし。でも、将来は重役ポストも約束されてるんじゃないかって、もっぱらの噂だよ」
「へえ……特別扱いしないでとは言われてるけど」
 私は聞きなれない噂話から除外されていたことに気がついた。少し寂しく感じる。
「まあとにかく、彼はいいでしょ。将来も期待出来るし!」
「でも、あの人結婚してるみたいよ?」
「嘘!」
 一瞬で望みがなくなった相手と知った、あまりの裕子の驚きように、私は苦笑してしまった。
 こんなくだらない恋バナも、よくあることではある。
「本当。左手の薬指に指輪してたもん」
「ああ、玉砕……一瞬の恋だったわ。まあでも、不倫もアリかな」
「裕子!」
「冗談、冗談」
 私たちは冗談とも本気とも取れない話を続けながら、飲み続けた。

 数時間後、ふらふらになりながらも、私は裕子と分かれ、自宅へと戻った。
 都内の小さなマンションだが、一人暮らしにはちょうどいい。
 私は帰るなりシャワーを浴びて、明日の支度を始めて気が付いた。
「あ、そうだ。コンビニ行かなきゃ……」
 最近忙しくて、買い物する暇もない。
 買い置きのストッキングがもうなかったことと、冷蔵庫に食糧が何もないことに気付いて、そのまま家を出て行った。
 女といえど、真夜中に近いこんな時間、ジャージで歩いていても気にならない自分がいる。特にこのコンビニには、同じようなラフな姿の女性が何人かいた。
「もう一杯やろっかな……」
 酒コーナーでビールを見つけ、私はカゴに六本入りのビールを詰めた。その他、つまみを少々、女性雑誌、目当てのストッキングなど。こんな姿、知り合いには見せられない――。
「住友さん?」
 漫画のようにビクッと震えて、私は静かに振り向いた。
 声でもしやと思ったが、そこには今、一番会いたくない人がいた。彼、である。


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