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作品名:薄桃色のメモリー 作者:KANASHI

第11回   最初で最後のラブ・レター
 その日の昼、私は裕子にランチを奢りながら、昨日の報告をした。
「へえ。一夜を共にしたと?」
 裕子は私の恋バナに、からかうように目を細めて笑う。
「変な言い方しないでよ。何にもしてないんだから」
「何にもしてないほうが変でしょ。でもまあ、奥手なあんたがよくやったよ……よかったね」
「うん」
 正直なところ、今後のことは見えない。彼が何を考えているのかも、どうあがいても私を受け入れられないかもしれないことも、まったく見えない。
 でも、私は私の恋を今度こそ大事にし、全うすることを決意した。

 夕方、私は不安を抱えながらも、もう一度彼の家へ行こうと決める。
 それが独りよがりで、嫌われたとしても、会わなければ前へ進めないと思ったのだ。
 だがその勇気は、会社を出た途端いらなくなった。
「おつかれさま」
 目の前には彼がいる。いつものような、陽だまりの笑顔で――。
「どうして?」
 私は思わずそう言って、彼に駆け寄った。
 すると、彼は一通の手紙を差し出してきた。
「え?」
「口にするの下手なんだ。だから手紙にしてきた。あとで……僕がいなくなったら読んで」
 少し辛そうにしながら、彼はそう言う。
 フラれることを予感して、私は小さく頷いた。
「うん……」
「僕、これから九州へ向かうよ。今まで本当にありがとう」
「梶君……」
「たくさん愛をありがとう。僕は……やっぱり亡くなった家族のことが忘れられない」
 私は頷くことしか出来ない。
「忘れられないけど、あいつは許してくれると思う……まだ僕の中でケリがつけられない部分があるけど、全部納得して、全部思い出になったら……ちゃんと君に恋してもいいかな?」
 プロポーズのように、嬉しい言葉だった。
「お、お願いします……」
 私の返事を聞いて彼は微笑むと、そっと私を抱き寄せ、そして離れた。
「心機一転、頑張るよ。落ち着いたら連絡するから……待っててほしい」
 私は何度も頷いて、止め処ない涙を拭う。
「待ってる……私もこっちで頑張るから。だから元気でいてね」
「うん。じゃあ、行くよ……」
「うん……」
 名残惜しさを振り切って、彼は私に背を向けた。
 私はその姿が見えなくなるまで、目で追い続ける。
 やがて本当に見えなくなった。
「そうだ、手紙……」
 涙を拭いながら、私は握っていた手紙を開けた。思わず握りしめていたため、くしゃくしゃになっている。



 “住友彩香様
 まっすぐな君の気持に応えられない、不甲斐無い僕を許してください。
 僕にはまだ、家族のことが過去に出来ません。今もふっと帰ってくるような、そんな気さえしています。
 僕は良い夫・良い父親ではなかったかもしれないけれど、妻と子供を愛していました。それが突然いなくなるということは、心を失くしたも同然です。

 ふと気が付いたけれど、子供の頃、転校ばかりを繰り返してきた僕にとって、この状態は同じだったのかもしれませんん。
 新しい学校に慣れようと、無理して笑ったり、軽い人付き合いばかりをして、深く人と付き合ってこなかったあの頃と、今は似ています。
 だから君が真っ直ぐに手を差し伸べてくれても、僕はどこか引いてしまったり、嘘ではないかと疑ってみたり……失うのが怖い、臆病者です。

 今日、家族の墓参りに行ってきました。
 あそこへ行くと、本当に自分は一人なのだと痛感させられます。
 でも住友さんに出会って、僕の心は少なからず軽くなっていました。本当にありがとう。

 今は手放しで受け入れることは出来ないけれど、今度会う時は僕が恩を返す番だと思っています。大切な家族以上に、君を大切に思えるように、僕は君のことを、そして家族のことを、きちんと整理して考えたいと思っています。

 支離滅裂な文章ですみません。
 落ち着いたら連絡します。それまでどうか、お元気で……。”



 吹きさらしの街で、私は彼の手紙を食い入るように見つめていた。
 やがて、気を落ち着かせるように、私は丁寧に手紙を封筒にしまう。
 その時、便箋の裏にも何か書かれていることに気がついた。

 “追伸。あの頃……学校で、消しゴム借りたことあった?”

 ドキッとした。
 私と彼の、二人きりの唯一の思い出。そして初めて交わした言葉を、彼が覚えていたなんて、夢ではないかと思った。
 彼から勇気をもらったように、私は遠い空を見上げた。
 私は、彼からたくさんのものをもらった。勇気、希望、絶望まで……。
 私は彼に、何がしてあげられるだろう――。

 彼が九州へ行って間もなく、私たちが作った子供服のサンプルが出来上がってきた。その段階から関係者には人気で、すぐにでも売り出そうという声まで上がったのには、鼻が高い。
 それからしばらくして、私は彼にメールを出した。
 手紙で返したかったのだが、彼の新しい住所は知らない。前に聞いていたメールに、仕事のこと、将来のこと、そして子供の頃、確かに消しゴムを貸したよ、と書いた。他愛もない話のほうが、彼も気楽に返事してくれると思ったのだ。
 だが、彼からの返信はまったくなかった。
 どこかエラーで届いていないのかとも思い、あれから何度かメールをした。でも返事が返ってくることはなく、いつしかメールアドレスも、電話番号すらも変わった事実を知った。
 もう、会うことはないかもしれない。でもどこかで、“待っててほしい”と言った彼の言葉を信じている自分がいる。
「もういい加減、諦めなさいよ。連絡も取れない男に縛られる権利ないでしょ」
 裕子はそう言った。
 私もそれはわかっているものの、自分の意思すらコントロール出来ない。
 新しい恋愛を無理にしようとした時期もあったが、結局彼を忘れることは出来なかった。


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