外に出た二人は、鷹緒の車でファミリーレストランへと向かった。そのまま店に入った鷹緒は、すぐに携帯電話を見つめたので、沙織が首を傾げる。 「電話?」 「いや……」 そう言うと、鷹緒は携帯電話の電源を切った。 「切っちゃうの?」 「食事中くらい、逃れたいんでね」 「……鷹緒さんって、すごい人なんだね。私、知らなかった」 「なんだよ、さっきから」 鷹緒が、苦笑して言う。 「だって、いろいろ活躍してるみたいだし、忙しそうだし……」 「まあ、忙しいのは当たってるけど。それより、沙織は?」 「え?」 「だから学校とか、勉強とか、どうなんだよ」 「どうって……特にないよ。順調、順調」 「へえ……」 その時、沙織の携帯電話が鳴った。見ると、知らない番号である。 「出ないの?」 首を傾げている沙織に、鷹緒が言う。 「あ、うん……」 沙織は周囲を気にしながらも、電話に出た。 「はい」 『あ、沙織ちゃん? 僕、木村広樹です。もしかして今、鷹緒と一緒?』 電話の相手は、鷹緒のいる事務所の社長、広樹であった。 「ヒロさん。はい、一緒です」 『よかった。悪いけど、代わってくれるかな?』 「はい」 沙織が鷹緒を見ると、鷹緒は嫌そうな顔をしている。しかし出ないわけにもいかず、鷹緒は沙織の電話を受け取った。 「はい……」 『鷹緒。おまえ、食事中に電源切るのやめろよ』 すかさず、そんな広樹の声が聞こえる。鷹緒はうんざりした様子で口を開く。 「悪いな。飯食う時間くらいは大切にしたいんだよ」 『言うと思ったよ。今、どこだよ。スタジオ行ったら、いないからさ』 「んー、ちょっと気分転換。飯食って、沙織送って、戻るよ」 『わかった。それはいいけど、BBの事務所から連絡あってさ……』 その話題に、鷹緒は聞き入った。 「何かトラブルか?」 『いや、別件だ。実はおまえに、BB専属のカメラマンになって欲しいっていう、要請が来たんだけど』 「専属……?」 鷹緒は目の前の食事に手をつけながら、会話を続ける。 『そう嫌そうな声出すなよ』 「……わかってるだろ? 嫌なんだよ、そういうの。専属なんていったら被写体限られるし、いろいろと面倒臭い」 『わかってるよ。でもBBは人気グループだし、損はないよ。BBのメンバーもあっちの事務所も、みんなおまえの腕に惚れてんだよ。今回の写真集の件だって、BBのメンバーから直々の要望なんだぞ?』 広樹の言葉に、鷹緒は考えていた。苛々するように、テーブルの上に置かれたフォークをいじっている。 「……でも、俺はこれからもいろんな仕事を受けたいし、今は写真だけじゃなくて、企画業までやってるんだ。BBばかりに構っていられないよ。スタッフだって大勢いるわけじゃないし、今でさえいっぱいいっぱいのスケジュールなのに、これ以上、仕事を増やすなよ」 真剣な態度の鷹緒を、沙織は静かに食事をしながら見つめていた。鷹緒は尚も話を続けている。 『わかってる。スタッフの件は、今後増やすことを約束するし、事務所としてもBBとの契約はプラスなんだ。うちはまだまだ小さい事務所なんだし、わかってくれよ』 広樹の言葉に、鷹緒は小さく溜息をついて、目を閉じた。 「……わかった。帰ってから考えるよ。リミットは?」 『まだ決まっていないが、近いうちだ』 「じゃあ、今晩考える。じゃあな」 電話を切ろうとする鷹緒に、広樹の声がすぐに引き止める。 『あと鷹緒。携帯の電源だけは切るなよ』 「わかったよ……じゃあな」 鷹緒は電話を切ると、沙織に返す。 「……悪かったな」 そう言いながら、鷹緒は自分の携帯電話の電源を入れた。すると、すぐに電話が鳴る。鷹緒は溜息をつくと、電話に出た。 「はい、諸星です。はい……」 鷹緒が電話を続けている間、沙織は食事を続けていた。 しばらくして、鷹緒は電話を切った。 「……大変そうだね」 苦笑しながら、沙織が言う。いつ見ても鷹緒は、忙しそうに見える。 「だから嫌なんだよ。食事くらい、ゆっくり食べたいのに……もう冷めてるし」 鷹緒が溜息をつきながら、眼鏡を拭いてそう言った。俯く顔は長めの前髪に隠れ、素顔を見ることは出来ない。 「……目、悪いんだ?」 「昔から、かけてたよ」 「うん、知ってる。それは覚えてるよ」 眼鏡をかけ直した鷹緒を、沙織は見つめる。改めて見ても、そこに子供の頃に知っている親戚の姿はない。まるで家族や親戚という雰囲気は持っておらず、別世界の男性に見える。 沙織が見とれるように見ていると、そこに大きなパフェが運ばれて来た。 「うわ、デカ!」 驚く沙織に反して、鷹緒は嬉しそうだ。 「俺の」 「超意外! 甘い物好きなの?」 「うん、かなり好き。最近疲れてるし、甘い物は腹もちいいからな」 「へえ」 意外な鷹緒の一面に、沙織は微笑みながら、自分の食事を続ける。 「そういえば、おまえ、バイトとかしないの?」 突然、鷹緒がそう尋ねた。 「したいとは思ってるんだけどね……」 「じゃあよかったら、うちの事務所また手伝ってくれよ。またBBに会えるかもしれないぞ」 「本当? でもやりたいけど、学校あるから夕方とか週末しか働けないよ? デートの時間だって、削られたくないし……」 「ああ、別にいいよ。週に七日だろうが、一日だろうが、好きな時に来いよ」 鷹緒は軽くそう言う。 「え、そんなんでいいの?」 「ああ。今日みたいに、暇な時に来ればいいじゃん」 「暇、暇言わないでよ。今日はたまたまだもん。篤がバイトで先に帰っちゃったから……」 「ふうん?」 そう言いながら、鷹緒はパフェをたいらげた。 「すごい、一気……」 「ごちそうさま。さて、帰るか」 「うん」 二人はファミリーレストランを出ていった。
車の中で、沙織はまたも緊張する。鷹緒の存在は、すでに親戚ではなく、芸能人のような感覚になっていた。華やかな世界で活躍する鷹緒の存在は、沙織の好奇心をくすぐる。 「沙織」 「は、ハイ?」 突然呼ばれて、沙織が我に返った。 「おまえ、家に連絡したのか? 夕飯食べてくるって」 「ううん。いつも私、外で食べるから」 「え、じゃあ、お母さんどうしてんの?」 「お母さんも、夜はパートの日が多いんだ。習い事とかもやってるし。うち、結構オープンだから、遅くても平気」 「おまえなあ……まだ学生なんだから、連絡くらいしろよ」 「はいはーい」 「聞く気ねえな……」 沙織の返事に、鷹緒は苦笑する。 「じゃあ、鷹緒さんの学生時代は?」 「俺は真面目に勉強してました。まあ……家にはあんまり帰ってなかったけどな」 「じゃあ一緒じゃん」 「一緒にすんなよ」 車は、沙織の自宅へと着いた。 「ありがとうございました」 車から降りながら、沙織が言う。 「どういたしまして……でも学校まで電車通学、少し大変だな」 鷹緒が言った。沙織の自宅から学校までは、電車で四十分ほどだが、行きも帰りもラッシュ時となる。 「もう慣れたよ。それに、遊んでたらラッシュはクリア出来るし」 「遊ぶなよ。じゃあな」 「ありがとうございました」 鷹緒はそのまま車で去っていった。
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