やがて、そのまま時間が止まったかのような二人を、花火を終えた静けさと人波が、現実へと引き戻した。 「……帰るか」 そう言って、鷹緒が沙織を追い越して歩き出す。妙な寂しさが、沙織を襲う。 「沙織?」 鷹緒の問いかけに、沙織はゆっくりと歩き出した。 「……どうした?」 やがて、歩きながら鷹緒が尋ねた。沙織の顔を覗きこむ鷹緒は、純粋に沙織の寂しさには気付いていない。 沙織は立ち止まって、鷹緒を見つめた。 「私、あの……」 何を言ったらいいのか、言いたいけれど言えない気持ちが、沙織を襲う。そんな沙織を、鷹緒は怪訝な顔で見つめている。 「なんだよ、どうした?」 「あ、の……」 言葉の出ない沙織に、鷹緒は静かに口を開いた。 「さっきの……ベストスポット知ってる理由で落ち込んでんなら、誤解だぞ? ここには何度も取材に来てるから、本当に仕事で……」 鷹緒が言った。沙織はその言葉を、瞬時に信じて頷く。しかし次の言葉が出ない。 「うん……」 「……その話じゃないのか?」 「う、うん。なんでもない……」 そんな沙織の態度に首を傾げると、鷹緒は小さく溜息をついて微笑んだ。 「写真、撮ろうか。そこに立ってろよ」 そう言って、鷹緒はポケットから小さなデジタルカメラを取り出して構える。寂しい道の途中のため、アトラクションも、ネオン輝く店さえ見当たらない。決してフォトスポットではないところで鷹緒が構えたので、沙織も驚いた。 そこに、カメラのフラッシュが光る。 突然、眩しい光が放たれたので、思わず沙織は目を瞑った。 「沙織。ほら、プロだろ? 笑顔、笑顔」 そう言う鷹緒は、沙織を元気づけるかのように必死に見える。沙織は静かに口を開く。 「鷹緒さん。私ね……」 言いかけた沙織の話を聞くため、鷹緒はカメラを構える手を下ろした。 「……うん?」 「……私ね、魔法でもかけられちゃったみたいなの……」 沙織の言葉に、鷹緒が笑った。 「ハハハ。夢の国だから?」 「ううん。もうずっと前から……」 変わらぬ表情でそう言った沙織。鷹緒は意味がわからずに、次の言葉を待つ。 「私、ずっと鷹緒さんのことが頭から離れなかった……数年前、約十年ぶりに再会した時、鷹緒さんはスタジオで撮影してたよね」 「……うん」 「その時のカメラのフラッシュで、逆反射して照らされた鷹緒さんの顔が、今でも離れない……まるで魔法でもかけられたみたいに、頭の中に焼きついて……カメラを構えてる鷹緒さん、真剣で楽しそうで……」 「……」 沙織は独り言のように、話を続ける。 「シンデレラコンテストの宣材写真を撮ってもらった時、息が止まるかと思った。まるで蛇に睨まれたみたいに、カメラのレンズの向こうにいる鷹緒さんから目が反らせなかった……」 「……」 「その瞬間ね、フラッシュの光が私を包んで、それで……」 「もういいよ」 その時、鷹緒が止めた。 「え?」 「……もういいよ」 「……いいって……」 鷹緒は軽く俯いた。鷹緒も何か言葉を探しているようだ。 「……鷹緒さん。私たち、つき合ってるん……だよね?」 その時、沙織が思い切ってそう尋ねた。鷹緒はやっと、沙織の不安の原因を理解していた。 「馬鹿だな。本当……」 そう言う鷹緒は、いつになく優しい瞳で、沙織を見つめている。 「鷹緒さ……」 「俺は……ファインダー越しに見える沙織を、好きになったんだよ……」 言いかけた沙織の言葉を遮って、鷹緒が言った。その言葉に、沙織は大きな目を一層見開く。 「ごめんな。不安にさせて……」 言葉を選ぶようにゆっくりと、やっと鷹緒がそう言った。沙織は思いがけず涙を流した。鷹緒は苦笑して続ける。 「馬鹿。なんで泣くんだよ」 「だって、私……」 「……今度……挨拶に行こうか。おまえの実家に……」 静かに、鷹緒がそう言った。 沙織は涙を拭きながら、鷹緒を見つめる。沙織の目に映る鷹緒は、優しくこちらを向いて微笑んでいる。 「鷹緒さん……」 「つき合うのにも、許可がいるだろ。俺の場合」 苦笑している鷹緒に、沙織は微笑んだ。 「うん。おばあちゃんのところにも!」 「そうだな。全然、顔も出してないしな」 「鷹緒さん……」 沙織が向かい合った鷹緒の手を握った。鷹緒はそんな沙織の手を握り返すと、静かに沙織を抱きしめる。 「……ちゃんと好きだから……」 腕の中で聞く鷹緒の言葉を、沙織は噛み締めるようにして、涙を流した。 「うん。私も……好きだよ!」 笑い合う二人は、そっとキスをした。
もう、二人が迷うことはなかった。過去も未来も、すべてが二人に繋がっている。互いに過ごす時間が、写真のように鮮明に刻まれる。 とどまることを知らないフラッシュの光に包まれたように、二人寄り添ったまま、暖かく輝いた未来へと歩いていく――。
あなたが放つフラッシュに魔法をかけられたように、あなたのことが頭に焼きついて、離れない……。
おわり
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