「ふう……」 沙織の話を聞きながら、深呼吸のような溜息をつく鷹緒。それを不安そうに沙織が見つめている。互いに、何を話したらいいのかわからなかった。 「あの、ごめんなさい。勝手に……」 やがて沙織が言った。鷹緒はそっけなく立ち上がる。 「べつに……ヒロが呼んだんだろ?」 「……鷹緒さん!」 背を向けた鷹緒に、沙織が呼び止めた。そして不安をぶつけるように口を開く。 「本当は後悔してるんでしょ? いいよ、本当に遊びでも……だけど、そんなふうに拒まないで。せめて今まで通り、ただの……親戚として……」 「……今まで通りなんて、思えないよ」 自分で言っていて悲しくなっている沙織に向かって、鷹緒がきっぱりと否定した。 「え……」 「なかったことに出来るほど、俺は器用じゃない。だからといって……悪いけど、これからのことなんて、まだ考えられないんだ。軽蔑するなら、していいよ……」 「……」 「ごめんな。電話も出来なくて……」 沙織の心は深く傷ついていた。このまま前には進めなくなりそうだ。 「ず、ずるいよ、鷹緒さん。なんなの? わけわかんないよ。私は、好きか嫌いか、ただそれだけ。そばに居たいだけなの!」 必死の形相で、沙織が言った。鷹緒は立ち止まったまま動かない。 そんな鷹緒の腕に、沙織の手が触れた。二人に緊張した空気が張り詰める。やがて沙織の腕を、鷹緒が掴んで離した。 「……悪い」 そう言うと、鷹緒はまたも沙織に背を向ける。 「鷹緒さん……」 「……どうしていいのかわからないんだ……感情のままにおまえのこと受け入れたって、きっとおまえを傷つける……恋愛なんてまるっきりしてないし、今までしてきた恋愛だってうまくいかなかったと思う。おまえのこと、絶対傷つける決まってる」 沙織は、鷹緒を見つめた。 「……いいよ? いいよ、鷹緒さんになら、どんなに傷つけられたって……好きなのに想いが届かないより、好き合って傷つけ合うほうがいい。傷つけたら……癒せばいいんじゃない! 鷹緒さん、好きだよ……」 そう言った沙織に、鷹緒は振り向いた。 鷹緒の手が沙織の頬に触れる。泣き出しそうだった沙織の瞳から、涙が零れる。 「沙織……」 そう呼ぶ鷹緒の手は、小さく震えていた。なぜここまで苦しんでいるのか、沙織には理解出来なかった。震える鷹緒の手を、沙織が取る。 「……どうしてそんなに辛そうな顔をするの?」 「……」 「鷹緒さん?」 鷹緒は目を伏せた。 「臆病なんだ。おまえを傷つけることも、自分が傷つくことも嫌だから……あと一歩が踏み出せない……」 それを聞いて、沙織は一歩踏み出した。そして、そっと鷹緒に抱きつく。 「じゃあ私がもっと踏み出す。もう、こんなところで傷つくのは嫌なの」 互いの温もりが伝わり、鷹緒も沙織を抱きしめた。 「馬鹿だな……こんなバツイチで仕事人間な男を選んでも、幸せになんて……」 「馬鹿はそっちだよ。私の幸せは、鷹緒さんと一緒にいることなの。だから私が鷹緒さんを幸せにする。鷹緒さんは、そのままでいればいいんだよ」 沙織の言葉に、鷹緒は小さく微笑んだ。そして、きつく沙織を抱きしめる。 「ちゃんとしなくちゃな。俺も……」 「え……?」 きつく沙織を抱きしめたまま、鷹緒は目を閉じる。不安はあった。年も何もかも違う沙織を、このまま受け止められるかはわからない。だが、沙織を手放したくないと思った。 鷹緒は何かを心に決めたように、静かに目を見開いた。もう迷いはなかった。 「沙織……」 その声に、沙織は更に抱きつく。そんな沙織の額に、鷹緒はキスをした。 「……クラクラする……」 沙織が言った。鷹緒は静かに微笑む。 「風邪だろ?」 「もう。ムードぶち壊し……」 「……沙織。どこか行こうか」 突然、鷹緒が言った。沙織の顔は一気に明るくなる。 「いいの? でも、あんまり寝てないって……」 「今日は十分寝たから平気」 支度をして、鷹緒は手を差し出した。ゆっくりと沙織も手を伸ばしていく。二人の繋がった手から、温もりが伝わる。 「行こう」 鷹緒はそう言うと、沙織とともに事務所を出ていった。
二人はそのまま、近くのレストランで食事をすると、鷹緒の車でドライブへと出かける。大して会話もなく、沙織は緊張していた。 (鷹緒さん……私たち、つき合ってるんだよね? もう恋人なんだよね?) 沙織はそう聞きたいが、否定されたり怒られるのではないかと思うと、恐くて聞けない。 「で、どこか行きたいところないの?」 黙り込んでいる沙織に、いつもの口調で鷹緒が尋ねた。 「え? うん……じゃあ、遊園地!」 「今から? 俺、混むところ嫌いなんだよな……」 鷹緒の言葉に、沙織はがっかりした。 「うん。嫌いそう……駄目なら……」 「……じゃあ、千葉方面でも行くか」 突然、鷹緒がそう言ったので、沙織は顔を上げる。 「本当?」 「たまにはいいよ」 渋滞を介しながらも、二人は遊園地へと向かった。年は少し違うものの、二人は恋人同士に見える。なにより沙織ははしゃぎっぱなしで、鷹緒も久々の遊園地を楽しんでいた。 夜になり、遊園地ラストの花火を待って着々と人が集まる中、鷹緒は沙織とともに、人波と逆の方向へ歩いていく。 「鷹緒さん、どこ行くの? もうすぐ花火が始まっちゃうよ!」 先を歩く鷹緒についていきながらも、心配そうに沙織が言う。 「わかってるよ」 鷹緒はそう言ったまま、どんどんと進んでいく。すでに花火を待つ人の群れは遠くなってしまった。 その時、一発目の花火がけたたましい音とともに放たれた。 「始まっちゃった!」 少し苛立ちながら、立ち止まって振り向き、沙織が言った。大きな花火は建物の陰に隠れて、上半分だけが空しく見える。 「おい、行くぞ」 「ちょ、ちょっと、鷹緒さん!」 立ち止まった沙織の手を取り、鷹緒は走り始めた。そのまま沙織も仕方なく走る。 二人は近くのアトラクションへと入っていった。 「まもなく発車します」 そんな声を聞いて、鷹緒の手が更に強く握られる。 「やばい。急ぐぞ、沙織」 そう言いながら、鷹緒は沙織とともに、アトラクションの中へと入っていった。 「これ……汽車?」 辺りを見回しながら、沙織が言った。遊園地を大きく半周する汽車は、夜はほとんど乗客もいない。また、遊園地を見下ろす形で走るので、何の妨げもなく花火が見えた。 「わあ! すごい、すごい!」 「おい、ちゃんと座れよ。危ないぞ」 窓にかじりつく沙織に、苦笑して鷹緒が言う。花火に照らされた沙織の顔は、無邪気に輝いている。鷹緒はそんな沙織に微笑み、黙って見つめるのだった。 「綺麗……」 しばらくして、少し落ち着いた様子の沙織が言った。鷹緒も頷きながら、花火をじっと見つめている。 「うん……」 「……どうして、こんなベストスポット知ってるの?」 突然、沙織が尋ねた。 「どうしてって……」 「……理恵さんと来たとか?」 その言葉に、花火を見ていた鷹緒が振り向いた。二人の目が合う。 「仕事だよ」 「……本当に?」 「なにを心配してんだか」 苦笑しながらそう言って、鷹緒は沙織の額を軽く叩いた。 「イタッ」 その時、汽車が止まり、すぐに鷹緒は立ち上がる。 「もう終わり?」 「まだまだ」 鷹緒は不敵に微笑み、止まった汽車を降りていった。沙織は嬉しそうに、その後をついていく。 すると、鷹緒が突然止まったので、沙織は鷹緒の背中に当たった。振り向いた鷹緒の向こうでは、間近で花火が炸裂している。 「わあ……!」 そこは汽車の乗降階段で、すでに前には多くの人がいる。二人はその最後尾に立ち止まる形となった。そこは階段のてっぺんに近く、まるで特等席のようである。 「すごい……」 感動して食い入るように花火を見つめる沙織。その後ろに周り、鷹緒は沙織の肩を抱いた。いつか二人で見た星空と同じ感動が、沙織を包んだ。
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