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作品名:FLASH 作者:KANASHI

第63回   それぞれの想い
 しばらくすると、事務所に鷹緒が帰ってきた。そこには広樹が残っているだけである。
「なんだ、鷹緒。早いな」
「先に引き上げさせてもらった……あとちょっとだったんだけど、俊二が帰れってうるさいから、任せて帰ってきた」
 鷹緒はふらふらとソファに座る。そこへ広樹も近付き、鷹緒の顔を覗きこむ。
「そうか。確かに顔色悪いな……熱は?」
「ない。せっかく早く帰れたから、締切近いし、残った仕事片付けるよ」
 そう言いながら、鷹緒は書類を広げる。広樹は苦笑して缶コーヒーを差し出すと、そばにあった机に腰をかけた。
「鷹緒……さっき、沙織ちゃんが来たぞ」
 広樹のその言葉に、一瞬、鷹緒の手が止まる。
「……ふうん……」
「何があったか知らないけど、親戚なんだし、同じ事務所に所属してるんだ。ギクシャク関係はやめてくれよ」
「……あいつが、何か?」
「いいや。でも、あの子は顔に出るからすぐわかるよ」
「……そう」
 そのまま鷹緒は仕事を続けた。何も言わない鷹緒に溜息をついて、広樹も自分の仕事へかかった。

 数時間後。手持ちの仕事を終えた鷹緒は、その場で寝そべった。未だに仕事を続けている広樹が、一段落つけて立ち上がり、鷹緒に声をかける。
「終わったのか?」
「ああ、そっちは?」
 寝そべったまま広樹を見上げて、鷹緒が言った。
「まだまだ」
「ハハ……社長さんは大変だな」
「言うこと聞かない社員が一杯でね」
「俺以外か」
「馬鹿言え」
「あははは……」
「おい。仕事終わったなら、もう帰れよ。送ろうか?」
 尋ねる広樹に、鷹緒は首を振る。
「いい……ここで寝かせてくれ」
「帰る気力もないか? まあ、ここ二、三日、ろくに寝てないからな……」
 広樹はそう言うと、仮眠用の布団を鷹緒にかけ、濡れタオルを投げた。
「おう、サンキュー。気持ちいい……」
 濡れタオルを目の上に乗せながら、鷹緒が言う。身体は疲れきっており、このまますぐに眠れそうだ。
 そんな鷹緒に、広樹が声をかける。
「明日は休みだったな。ゆっくり休めよな」
「ああ……」
 横になっている鷹緒を尻目に、広樹はコーヒーを飲みながら外を見つめた。もう夜も遅いというのに、街のネオンが眩しいくらいに輝いている。
「……沙織ちゃんと喧嘩したなら、僕から言ってあげようか?」
 やがて、静かに広樹が言った。鷹緒は苦笑する。
「だから、そんなんじゃないって」
「それなら、いいけど……」
 濡れタオルを瞼の上に乗せたまま、鷹緒は静かに口を開く。
「ヒロ。俺……沙織と寝たんだ」
 鷹緒の言葉に、広樹は大きく目を見開いた。言葉も出ないというほどである。鷹緒は目を瞑ったまま、そんな広樹の表情を思い浮かべていた。
「お、おまえ……だって沙織ちゃんは、BBのユウと……」
 そう言った広樹に、鷹緒は大きな溜息をつく。
「別れたらしい……」
「別れた……そう、か……」
「……なんかもう、どうしていいのかわからなくなってきた……」
 本音を語るように、ぼそっと鷹緒が言った。
 濡れタオルを額に置き直し、険しい表情の鷹緒が、広樹の目に映った。そのまま広樹は、鷹緒の前に座る。
「後悔してるのか? それじゃあ、沙織ちゃんが可哀想だろう」
「……後悔はしてない。だけど自己嫌悪、かな」
「自己嫌悪?」
「……沙織を傷つけても、突っぱねることは出来たんだろうよ」
 煮え切らない態度の鷹緒に、広樹は眉をしかめた。
「じゃあ後悔してるんじゃないか。おまえ、沙織ちゃんのことどう思ってるんだよ? 建て前はどうでもいいけど、おまえの本当の気持ちは……」
「好きだよ。多分……」
 鷹緒が言った。これほど素直な鷹緒は、広樹も久しぶりに見る。
「じゃあ……」
「だからってくっつけるほど、俺たちの関係は単純じゃないだろ……沙織はユウと別れたばかりだし、マスコミの目もある。なにより俺たちは親戚同士なんだから、親兄弟含めて全部知ってるんだぞ? それを……」
「そんなに問題か? スキャンダルはまずいけど、お互い好き合ってるのに、どうしてそれを殺さなきゃならないんだよ」
「……うるさいな。俺の心配より、自分の心配しとけ」
 急にうんざりした様子で、鷹緒が言った。
「いつもそれで逃げるんだな……確かに僕はあまり恋愛経験もないし、疎いところもあるよ。だけど、おまえを見てるともどかしいよ」
 そう言った広樹に、鷹緒は溜息をつく。
「どうにかしなきゃとは思ってるよ。沙織にも……早く電話してやらなきゃ。あいつきっと、俺の電話待ってるのに……」
 鷹緒はそう言うと、すうっと眠りについた。広樹はやれやれといった様子で、デスクへと戻っていく。
 広樹にとって、鷹緒の告白は衝撃的なものではあったが、何か力になりたいと思った。

 早朝、鷹緒は事務所で目を覚ました。すると目の前のソファには、座ったまま眠った少女の姿がある。沙織だった。
「……沙織?」
 思わず鷹緒がそう呼ぶと、すぐに沙織は目を覚ました。二人の目が合う。
「鷹緒さん……」
「……おまえ、どうしてここに?」
 鷹緒が驚いて尋ねた。昨夜のことは、広樹と話していたところまでしか覚えていない。
「ヒロさんが呼んでくれたの。鷹緒さん、具合が悪いからついててやってくれって……」
「あいつ……」
 沙織の言葉を受けながら、鷹緒は起き上がった。

 昨晩。沙織のもとに広樹から電話があった。鷹緒から電話を待っていた沙織は、広樹からの電話と知り、少し落胆した。
「沙織ちゃん。鷹緒のことなんだけど……」
 突然聞こえた鷹緒という名に、沙織は電話を持ち直す。
「は、はい……」
「実は、鷹緒が事務所で寝込んでるんだ。あいつ、ここ数日まったく寝てないからさ……よかったら看病しに来てくれないかな。僕はもう帰るところなんだ。調子の悪い鷹緒を置いていくにも気が引けるし……」
 広樹がそう言った。沙織は目を泳がせる。
「あ、でも、私……今、鷹緒さんとは……」
 沙織は渋ってそう言った。今、鷹緒とは会う気にはなれない。鷹緒から連絡が来るまでは、待っていたかった。
「聞いたよ。ユウさんと別れたんだって?」
「……鷹緒さんから?」
「うん……なんとなくだけどね」
「ごめんなさい。急にこんなことになってしまって……社長のヒロさんには、逸早く言うべきなのに……」
 電話越しにお辞儀をしながら、沙織は謝った。
「うん。でも、プライベートまで管理するつもりはないよ」
「……鷹緒さん、どうですか? 連絡くれるって言ってたのに、一度もくれなくて……なんかもう、会うのが恐いんです……」
 正直に言った沙織に、広樹は静かに口を開く。
「ここ数日、あいつが電話する暇もなかったのは事実だから許してやって。とにかく、気が向いたら様子見に来てやってよ。ぐっすり眠ってるから起きないと思うけど、君がいたら嬉しいと思うし、誰もいないから……それに明日、あいつは休みだから、ゆっくり出来ると思うよ。鍵は開けっ放しにしておくから。じゃあ、またね」
 一方的にそう言って、広樹は電話を切った。
「あ、ヒロさん! 私……」
 そう言うものの、すでに電話は繋がっていない。
 沙織は事務所に行くかどうか悩んだが、意を決して、鷹緒に会おうと思った。会いたくなった。沙織は、夜の街を走り出した。


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