数日後。冬休みが明けた学校で、沙織は篤と話をしていた。 「すげえな、沙織。みんなに自慢出来るじゃん。BBとしゃべって、サイン入りのCDもらったんだぜ? マジすげえ!」 子供のようにはしゃぐ篤に、沙織も微笑む。 「うん。ラッキー」 「おまえ、すごいよ。親戚が売れっ子の写真家だなんてさ。あの人、結構有名なんだな。あれからなにげに雑誌とか見てても、諸星鷹緒って名前、かなり出てるよ」 「え、本当に?」 「うん。確かこれにも……」 驚く沙織に、篤は持っていたファッション雑誌を広げる。すると、メインページのカメラマン表記に、鷹緒の名前があった。 「本当だ! こんな身近な雑誌にも関わってるなんて、知らなかった」 更に驚いて、沙織が言う。 「なんだよ、親戚のくせに」 「そうだけど……本当に、知らないんだもん」 「アハハ。おまえも大物だなあ。まあ母親の従兄弟じゃ、俺も全然知らないけど」 その時、沙織の携帯電話が鳴った。 「あ、電話……鷹緒さんだ」 電話には、鷹緒の名前が出ている。 「早く出ろよ」 「うん」 篤に促され、沙織は電話に出た。 「もしもし。沙織です」 『諸星ですけど……今、平気?』 電話からは、確かに鷹緒の声が聞こえる。 「あ、はい。大丈夫」 『連絡遅くなって悪い。ちゃんと金、もらったか?』 鷹緒が尋ねた。沙織は電話越しに頷く。 「バイト代? うん、もらったよ」 『そうか。助かったよ。ああ、BBにCDもらったんだって? よかったな』 「うん! 本当、ラッキーだよ、ありがとう。あ、BBの写真集って、もう全部撮ったの?」 はしゃぐように、沙織が言う。 『いや、今日最終。今日終わったら、入稿するから……発売は、春頃になるって言ってたよ』 「春かあ。待ち遠しいな」 『そうか』 「うん。あ、また、手伝いに行ってもいい?」 『まあ、ミーハーしなきゃな』 鷹緒の言葉に、沙織が赤くなる。 「しないもん。BBだって、別に……」 『まあ、好きな時に来いよ。事務所はいつも誰かしらいるし。おまえの顔も、事務所の人間みんな覚えたみたいだから』 「本当? わかった。ありがとう、鷹緒サン」 『ハハ。こちらこそ……じゃあ、ありがとうな』 「うん」 『あ、おまえ、まだ学校?』 突然、鷹緒が尋ねた。 「うん、そうだけど……」 『何もないなら、渋谷に来れば?』 「え? なんで……」 『あ、呼んでる。じゃあな』 沙織はそこで、鷹緒に電話を切られた。 「なんだって?」 篤が尋ねる。 「よくわかんない……何もないなら渋谷に来れば、だって」 「渋谷に? なんで?」 「さあ……」 二人は、首を傾げる。 「何か知らないけど、ここに居てもしょうがないし、行ってみるか。それに、今日はBBの新曲発売日だしな。帰ろうぜ」 「あ、今日だっけ。じゃあ、CDショップも寄らなきゃね」 沙織と篤は、学校を出ていった。 「そういえば今日、BBのDVDも発売だったよね? この間のライブのやつ」 渋谷の街を歩きながら、沙織が言う。その横で、篤は街並みをぼうっと眺めながら口を開いた。 「そうだっけ。CDと発売日が一緒?」 「そうだよ。そういえば、前もCDとDVDの発売が一緒だった時があって、その時は原宿でシークレットライブやったんだよね」 その時、女子高生が黄色い声を上げて、走っていくのが見えた。 「キャー! BBがシークレットライブしてるって!」 その声に、二人は顔を見合わせる。 「走るぞ、沙織!」 「うん!」 二人は、女子高生たちが向かう方向へと走っていった。 しばらく行くと、とあるショッピングビルのバルコニーに、BBの姿が見えた。その上には大型スクリーンがあり、アップでのBBが映る。ビルの下には、すでに人だかりが出来ていた。 「あ! 鷹緒さんだ!」 その中で、沙織がそう叫んだ。沙織の視線の先には、鷹緒の姿があった。鷹緒は、BBたちと同じバルコニーのステージ上で、BBの写真や、ファンの写真を撮っているようだ。 「あれ、沙織ちゃん?」 その時、沙織に声をかけたのは、鷹緒のいる事務所の社長、広樹であった。 「ヒロさん」 沙織も気付いてお辞儀をする。 「やっぱり沙織ちゃん。覚えててくれた?」 「はい、もちろんです。先日はお世話になりました」 「いえ、こちらこそ、助かったよ。沙織ちゃん、鷹緒から聞いてたの? このシークレットライブ」 「あ、いえ。たまたま……」 「そうだよな。親戚とはいえ、鷹緒がそんな情報漏らすわけないか……」 広樹が、苦笑して言った。 「でも、すごいですね。シークレットライブなのに、こんなに人が……」 「うちの企画でね。今日はCDの発売日だし、写真集の宣伝も兼ねてだよ。うちの事務所の宣伝にもなるし」 BBが映る大画面の下には、スポンサーや企画の名前が小さく連ね、そこに広樹の事務所の名前も入っていた。 「なんかすごいな……すごい!」 沙織が興奮して言った。その言葉に、広樹が微笑む。 「そう言ってもらえると、こちらとしてもやりがいがあるよ。こちら、彼氏?」 広樹が篤を見て言った。篤も会釈する。 「はい、遠山です。先日は、撮影現場にお邪魔させていただいて……」 「ああ、聞いてるよ。BBの大ファンらしいね」 「はい」 「ライブはもうしばらく続くと思うから、楽しんでいって。僕らも、なかなかこういう機会はないから、嬉しいよ。じゃあ僕、事務所帰る途中なんで、これで……よければまた、いつでも事務所に寄ってね」 広樹はそう言うと、そこから去っていった。沙織と篤は、広樹にお辞儀をすると、ライブを見つめた。 「やべっ、バイトに遅れる!」 すると突然、篤が叫んだ。 「今日もバイト?」 「うん。冬休みで、結構使っちゃったからさ」 「そっか……」 「じゃあ俺行くけど、沙織は?」 「ライブ、最後まで見ていくよ……」 「わかった。じゃあ、また明日な」 沙織はそこで、篤と分かれた。 ライブはそれからほどなくして終わってしまい、人の波は嘘のようにどこかへ消えていった。 沙織はしばらくウィンドウショッピングを楽しんだ後、思い立って鷹緒の事務所へと向かっていった。
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