20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:FLASH 作者:KANASHI

第59回   少年時代
 沙織は目を見開いた。祖母伝手に聞く話とは、まるで違う現実感が伝わる。鷹緒は話を続ける。
「今まで散々勉強して、それなりに仲の良かった家庭だったのに、同じ家の中で新しい家族が生まれていくのを目の当たりにして、俺は邪魔者なんかじゃないかって……」
「……」
「べつに再婚相手が嫌だとか、そういうんじゃなかった。優しい人だったし、自分の子と俺を差別しないように接しようとしてくれてたと思う……だけど俺はやっぱり駄目で、家に帰らない日が続いた。親父は世間体を気にしてたから、俺を家から出さないようにしたけど、それは逆効果だ。俺も無茶やってたし、親父もとうとうさじを投げてね……それから、伯母さんの家に引き取られたんだ。親父の家系には、知られたくなかったんだろうな……」
 鷹緒は淡々と話していた。互いに目も合わせず、独り言のように鷹緒の過去が溢れ出す。そんな話に耳を傾けながら、沙織は何も言えなくなっていた。
「それ以来、ほとんど親父には会ってないし、連絡も取ってない。籍抜いてくれたってよかったけど、それも出来ないのは、やっぱり世間体だろうな……まあ、勘当同然だ。だから俺も家族と思ってないし、正直どういうものを家族っていうのかわからないんだよな……」
「……」
「だから伯母さんの家で、まだ小さいおまえらと会った時……幸せそうでムカついた」
 その言葉に、沙織は驚いた。
「え?」
「おまえらの家族は、俺が理想に描いてたような家族だった……優しい母親と、家族のために働く父親。仲のいい兄妹。夏休みの度に祖父母の家に遊びに来て、毎日楽しそうだった。そんなおまえたちが羨ましかったよ……いや、それが普通なのかもしれないけど、当時の俺にはまったくわからない世界だったから……」
「鷹緒……さん」
 沙織はそう言いかけた。だがその先、なんと声をかければいいのかわからない。
 そんな沙織を尻目に、鷹緒はベッドに寝そべった。
「憧れてた。そんな家族を作ることに……俺の家族は誰もいない。いるとすれば伯母夫婦だと思ったけど、それも違う。そんな時、理恵と会って……理恵が言った。『じゃあ、新しい家族を作ろう』って。でも駄目だったからな……」
 寝そべった鷹緒を見つめ、沙織はその話を聞き続ける。
「なんか漠然としてるんだ。家族の記憶も薄れてて……おまえたち家族を見本にしようとしても、わからない。変にひねくれてて、あいつが離れていく時も、自分の方が邪魔者なんだって思ってた。あいつを追いかけることもしなかった。そんな俺が家族なんて求めちゃいけないんだって、後で気付いた……だからもう家族とかそういうのには、憧れないようにしてる……」
 鷹緒の言葉に、沙織の目からは涙が溢れ出ていた。止め処なく溢れる涙に、沙織は顔を隠す。
 そんな沙織に気付いて、鷹緒はもう一度起き上がった。ベッドのそばに立っている沙織は、声を潜めて泣いている。
「……暗くてつまらない話だろ?」
 苦笑しながら鷹緒が言う。そんな言葉に、沙織は何度も首を振った。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
 沙織は申し訳なかった。鷹緒にとっては思い出したくもない、やはり触れてはいけない過去なのだと痛感する。そんな鷹緒が自分のために話してくれたこと、それを聞いて泣いてしまう自分の不甲斐なさが、沙織を自暴自棄にさせる。
「ごめんなさい……」
 泣きながらそう言う沙織に、鷹緒の手が触れる。長い指が、沙織の涙を拭った。
「……でも、べつに俺、自分が不幸だとか思ってないぞ? まあそんな境遇のおかげで、卑屈で格好悪い人間になっちゃったけど、家族が恋しいとか思ったのは十代のあの時期くらいだ。だから今、一人でもなんとも思わないし、ましておまえが泣くことは少しもないよ」
「うん……うん……」
 しかし沙織の涙は、とどまることを知らない。そんな沙織に、鷹緒は静かに微笑んで、そばに投げ出してあったカバンから財布を取り出すと、一枚の写真を見せる。
「これ……」
 涙で滲んだ目で、沙織はその写真を見つめた。そこには祖父母の家で見た写真とよく似た、幼い沙織と兄の雅人が写っている。こちらを向いて笑っている。
「この写真、俺の原点なんだ……」
 鷹緒が笑ってそう言った。
「え……?」
「俺が高一の時かな……伯父さんに古いカメラもらって、いろいろ撮ってた。だけど被写体といえば風景とかしかなくて、人を撮る気にもならなかったんだ。だけど夏におまえたちが遊びにきて、コロコロ変わる表情が楽しくてさ……おまえが最高に笑った時、泣いた時、それを収めたくて楽しくなってた。それからカメラに興味が沸いてね……だから、これが俺の原点。沙織がきっかけなわけ」
 鷹緒の言葉に、沙織は驚いた。
「この写真、持ち歩いてるの?」
「うーん、お守りみたいなものかな。カメラマン辞めようと思ったことは何度もあるけど、なんかこれ見ると、楽しいことしか思い浮かばないんだよな」
 笑ってそう言う鷹緒に、沙織も微笑んだ。知らなかった事実に嬉しくなる。
「私が、原点?」
「そうだよ……すぐにカメラマンになろうとは思わなかったけど、興味が沸いてた時に、近くのスタジオでカメラマンアシスタントのバイト募集してて、そこでバイト始めたんだ。そこで茜の親父さんに会って、ヒロとも出会って。カメラの技術教わって、モデルの仕事までやらされて……まあいろいろあったけど、原点はやっぱりそこだな」
「ありがとう。嬉しい……」
 自分を元気づけようと、そこまで話してくれた鷹緒に、沙織は微笑んだ。そう言う沙織の顔を、鷹緒が覗きこむ。
「……おまえは? 大丈夫なのか? 仕事とか……ユウとはうまくやってんの?」
 突然、鷹緒がそう尋ねたので、沙織は頷いた。
「うん、平気。交際宣言してからは、マスコミもそんなに騒がなくなってきたし……時々嫌がらせとかはあるけど、ユウがちゃんと守ってくれるし、誰かそばにいるから平気だよ。仕事も順調」
「そっか。それなら一安心だ……頑張れよ」
 笑ってそう言う鷹緒の手を、沙織が掴む。
「……鷹緒さんは? もう、頑張らないの? 家族に憧れなくたって、恋人くらい……」
 沙織が言った。その言葉に、鷹緒は静かに微笑んだ。
「うん、頑張らない。頑張れない……もう、そういうことは考えられないんだ……」
 その言葉は、沙織の心を貫くような衝撃があった。鷹緒が今まで傷ついてきた、深い傷跡が見えた気がする。もう恋に頑張れないほど、鷹緒は臆病になっている。それを知った今、沙織の瞳からはまた涙が溢れ出した。
「なんだよ。変なやつだな……」
 その涙を見て、鷹緒が苦笑して言う。
「ごめんなさい……」
 か細い声で沙織が言った。大声で泣きたい気分だった。しかしそれを抑えて、沙織は涙を流し続ける。
 そんな沙織を、鷹緒は引き寄せた。ベッドにもたれこむ沙織を、そのまま抱きしめる。
「……泣き虫のままだな……」
「鷹緒さん……鷹緒さん!」
 堰を切ったように、沙織は鷹緒に抱きついて泣きじゃくった。
「馬鹿だな……人の過去なんて覗こうとするからだよ。おまえは基本的には幸せなんだろ? そういうことに、免疫ないんだからさ……」
「ごめんなさい……」
「俺はもう、吹っ切ってるのにな……」
 そう言う鷹緒の顔は、沙織には見えなかったが、きっと辛そうにしているに違いない。

 しばらくして、鷹緒は沙織を引き離した。沙織は大分落ち着いた様子で、腫らした目を拭いながら、鷹緒を見つめる。
「……大丈夫か? 泣かせて悪かったな」
 鷹緒の言葉に、沙織は首を振る。
「ごめんなさい……」
「いいよ……それより、いい加減、もう帰った方がいい」
「うん……ごめんね。熱があるのに……」
「何を今更……大丈夫だって」
 笑って鷹緒が言う。沙織はベッドから降りると、頭を下げた。
「いろいろ、ごめんなさい」
「もういいよ……気を付けて帰れよ」
「うん、ゆっくり休んでね。病院にも……」
「わかった。明日行くから、心配すんな」
「うん。じゃあ……」
「おやすみ」
「おやすみなさい……」
 鷹緒を寝室に残して、沙織は鷹緒の部屋を出ていった。
 まだドキドキしている。これは一時の感情ではない。鷹緒のことを思えば思うほど息苦しい。沙織は懐かしいまでのこの気持ちに、自分の本心に気付かざるを得なかった。
「どうしよう。今はユウがいるのに……鷹緒さん……鷹緒さん!」
 また止まらない涙を流しながら、沙織は家へと帰っていった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 11721