『沙織ちゃん。こんな時にあれだけど……僕とつき合わない?』 突然のユウの言葉に、沙織は驚いた。 「えっ?」 『この報道はしばらく冷めないと思うんだ。だったら、ちゃんとつき合って公表すれば、今よりは君を守れる。堂々と、君と一緒にいられる』 「ユウさん……」 そんなユウの言葉に、沙織は驚きを隠せなかった。まるで夢でも見ているのかと思う。 『僕は本気だよ。気付いてなかったみたいだけど、僕は君と出会った時から、君に惹かれてたと思う。最近君に会って、やっぱり好きなんだって気付いた……』 ユウの声は本気であった。沙織は嬉しさを噛み締めながらも、突然の告白に、今は何も考えられない。 『突然だし、こんな時期だけど、僕は本気だよ。事務所には何も言わせない……君が好きだよ。君さえよければ、僕たちつき合おう』 ユウはそうつけ加えた。 沙織の気持ちは複雑だった。ユウのことが嫌いなどではない。むしろ好きである。けれど、鷹緒への恋心が冷めたわけではないのだ。 「あの……ごめんなさい。私、びっくりしてるんです。こんな大きな反響にも、ユウさんがそういうふうに私のことを想ってくれてたことも……だからびっくりして、今は何にも考えられないっていうか……」 正直に沙織はそう言った。いくらユウのファンといえど、二つ返事でつき合うことなど出来ない。 『うん。ごめん、こっちこそ……なんか突っ走っちゃって』 「いえ……」 『じゃあ、また連絡するよ。しばらく迷惑かけちゃうと思うけど……何かあったら言ってね』 優しいユウの言葉が包む。沙織は嬉しいような恥ずかしいような、そんな感覚を覚えた。 「はい、ありがとうございます……」 『じゃあ、また……』 そこで電話が切れた。 ユウからの告白はとても嬉しかった。しかし、今の沙織は何も考えられないほど、心身ともに疲れきっている。 「はあ……どうしたらいいんだろう」 沙織はそのままベッドに寝そべると、携帯電話を見つめた。壁紙にしている写真は、鷹緒の送別会の時に撮った集合写真だった。人数が多いため、主役の鷹緒さえも小さく映っている。鷹緒の写真は、これしか持っていない。 その時、持っていた携帯電話が震えた。 「メールだ……」 沙織はメールを開くと、すぐに起き上がって、食い入るようにメールを見つめる。 “先日はどうも。元気そうで安心しました。沙織の頑張りは聞いています。これからも頑張ってください” 送信者は、鷹緒であった。 「た、鷹緒さん!」 沙織はすぐに、返信を出した。 “メールありがとう! そっちに行って一年も経つのに、メールくれたの初めてだね。実は今、すごく落ち込んでます……どうしたらいいのかわからないよ” 弱気な言葉を並べて、沙織は送信する。 しばらく経って、鷹緒にしては律儀にも、返信が届いた。 “ヒロたちもいるんだし、何かあったら遠慮せずにやつらに相談しろよ” 鷹緒のメールに、沙織は携帯電話を握り締めた。 「なによ。一番一緒に居たい時に、手も届かないところにいるなんて……」 沙織は泣きたくなった。好きな人には想いが伝わらず、同じ国にもいない。少なくとも一年前よりは、鷹緒への熱は冷めた気がする。なにより、近くにすがる相手がいなくても平気なほど、沙織はまだ大人ではなかった。 「ユウさん。私……」 その夜、沙織はユウから告白されたことを思い出し、ずっとユウのことを考えていた。
次の日。沙織は、広樹と理恵に相談をした。ユウから告白されたことを正直に言う。 「……沙織ちゃんは、どうしたいの?」 広樹の言葉に、沙織は押し黙った。やがて静かに口を開く。 「私、なんだかいろんなことがあって、何も考えられなくて……でも思ったんです。ユウさんのことは、ずっとファンで憧れてて、この告白が夢じゃないかって思うくらい。もしそれが本当に本気だったら、私……ユウさんのそばに……いたいと思います……」 沙織が言った。未だ動揺は続けているものの、これが一晩考えて出した結論だった。 「……鷹緒のことは、もう過去のことなのね?」 苦しそうに俯く沙織に、理恵が尋ねた。沙織は小さく頷く。 「それももう、わからないんです……急に離れ離れになって、連絡もまったくなくて。あの時の気持ちが恋だったのかも、今はわからない……鷹緒さんは大人で、親戚で、だけど遠い存在で……もしかしたら、BBよりも遠い存在だったのかもしれないです……」 沙織は思い悩んでいた。鷹緒との日々は遠く、あの頃の恋という気持ちが錯覚に思えてくる。鷹緒がいなくなってから、不安と寂しさの中で一人頑張ってきた沙織。そんなところに出てきたユウはいとも簡単に、揺れる沙織の心に入りこんでいた。 広樹と理恵は、顔を見合わせた。そして広樹が口を開く。 「僕らは沙織ちゃんが後悔しないのなら、それでいいんだ。だけど、相手は大物なんだ。新人の君に良い影響をもたらすとは思えない……増える仕事もあるだろうけど、減る仕事のが多いと思うんだ」 そんな広樹の言葉を、沙織は俯き加減で聞いている。広樹は言葉を続けた。 「それに君はまだ学生だし、学校への配慮も必要だろう? つき合うのは構わないけど、公表するのは待ってもらえないだろうか。もちろんそれは僕の方から、ユウさんや向こうの事務所と話すよ」 「はい……任せます。正直、本当につき合えるのかは疑問ですし、こうもマスコミに張りつかれてたんじゃ……」 そう言って大きな溜息をつく沙織は本当に参っているのだと、広樹と理恵は深く受け止めた。 「そうだね……とりあえず、君からユウさんには返事をするといいよ」 「はい……ごめんなさい。迷惑かけて……」 「いや、いいよ。鷹緒もびっくりするだろうな。親戚の君が、こんな大物とつき合うんだから」 広樹の言葉に、沙織は驚いた。 「鷹緒さんには……知らせないでください。何を言われるかわからないし……」 沙織がそう言った。深い理由は見当たらないが、まだ鷹緒に知られたくはないと思う。 そんな沙織に、広樹が笑顔で頷く。今後の苦労は目に見えていたが、沙織の想いを事務所として踏みにじるようなことはしたくなかった。 「うん、わかったよ。でも、よかったね、沙織ちゃん。憧れの人とつき合えて」 「……はい」 まだ複雑ではあったが、沙織も微笑む。 鷹緒への想いがどうなのか、今は沙織自身にもわからなくなっていた。しかしユウから告白を受け、沙織は確実に、そばにいるユウに傾きかけているのは事実であった。
その夜、沙織はユウに電話をかけた。 『はい!』 すぐに、ユウの声が聞こえる。その勢いは、まるで少年が好きな女性から電話を受け取った時のような、新鮮なものであった。 「あの、沙織です……」 『う、うん、どうしたの。大丈夫?』 「はい、あの……」 『……昨日の返事?』 ユウが察して尋ねる。 「はい……」 『……うん』 二人の間に、緊張が走った。そして沙織が口を開く。 「あの。ひとつだけ、聞いてもいいですか?」 『うん』 「ユウさんは有名だし、カッコイイし、それなのにどうして私なんかを……」 沙織は疑問をぶつけた。 全国規模のコンテスト準優勝者とはいえ、ユウが出会ってきたはずの芸能人たちと比べれば、自分は大した顔でも体系でもないことは自覚している。 『なんだ、そんなこと?』 緊張する沙織に反して、電話の向こうから聞こえてきたユウの声は、呆れたような、明るく笑った声であった。 『人を好きになるのに、理由なんかないでしょ。そりゃあテレビに出てる芸能人みたいに、顔が可愛いければ可愛いほどいいかもしれないけど、そうそう自分と合う人間っていないよ。それに沙織ちゃんは可愛いじゃない。もっと自信を持ちなよ。シンコン準優勝者の君でも、そんな風に思うんだね』 そんなユウの言葉は、沙織の不安を一気に吹き消したような、そんな気がした。 「ユウさん。私、ずっとユウさんに憧れてました。だから……本当に、私でよかったら、その……」 言いにくそうに、沙織はそう言った。 『それって、もしかして……いいの?』 「は、はい……」 『やったー!』 電話の向こうで、ユウが絶叫する。本当に嬉しそうだ。 「ユ、ユウさん?」 『あ、ごめん。なんか一人で盛り上がっちゃって……でも、よかった。フラれるんだとばっかり思ってたから……』 「そ、そんな……」 嬉しそうなユウに、沙織も微笑む。恥ずかしさと嬉しさが混じり合う。 やがてユウが尋ねてきた。 『でも、事務所の人には言ったの? 大丈夫?』 「あ、はい。うちは恋愛とか自由なんで……でも相手がユウさんだから、新人の私にはいろいろ不利だろうって。だから、公表は……」 沙織の言葉を聞いて、ユウは静かに口を開く。 『そうだね……まだ沙織ちゃん、学生だもんね。わかったよ。僕も忙しいし、あんまり二人きりで一緒にいるとかは、実際出来ないと思うんだ。事務所の人の意見は正しいと思うし、時期が来るまで公表は控えようか』 すべてを察してユウが言った。その心遣いが、沙織はとても嬉しかった。 「ありがとうございます……」 『いいよ。僕は君とつき合えるってだけでいい。でも、あんな記事書かれたんだ……何かあった時も、これからは堂々と君を守れる』 まるでラブソングを囁かれているように、沙織の心は解されていった。
その日から、沙織とユウの秘密の交際が始まった。しばらくマスコミの目から離されることはなかったが、実際にユウが沙織と会っている暇もないほどに忙しかったため、その報道は次第に激減していく。それと同時に噂も消えるようになり、沙織も以前と同じように仕事を続けていった。 また、ユウが心配していたような過剰な報道もそれほどなかった。沙織は学校の同級生などから、真相を聞かれたりはしたが、答えられるはずもない。 沙織とユウは、二人きりで会うことなどほとんど出来なかったが、毎日のメールや電話のやりとりで、その交際を続けていった。
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