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作品名:FLASH 作者:KANASHI

第52回   一年ぶりの声
 次の日。沙織は早朝に目を覚ました。今日は午後から雑誌の撮影があるが、起きてしまって暇ということもあり、早くに事務所へ行くことにした。
「ああ、届いたよ」
 沙織が事務所に入るなり、大声で広樹が電話をしていた。電話の受話器を肩と耳で挟みながら、大きなダンボールをこじ開けている。
「それよりさ……あ、沙織ちゃん」
 突然、話の途中で広樹が沙織に声をかけた。沙織は軽く会釈する。
「おい、沙織ちゃん来たぞ……よくないよ。ちょっと待ってろよ」
 広樹は受話器を差し出す仕草で、沙織を手招きする。
「え?」
「沙織ちゃん。鷹緒だよ、鷹緒」
「え!」
 沙織は驚いた。今まで事務所宛てに鷹緒からの連絡はあったようだが、それはいつも沙織がいない時間だった。あまりの偶然に、沙織は広樹に駆け寄り、素早く受話器を受け取った。
「た、鷹緒さん?!」
 震える声で、沙織が尋ねる。
『おう……元気か?』
 少し遠めだが、変わらぬ声がそこにあった。一年ぶりの、鷹緒の肉声だ。
「鷹緒さん……うん、元気。鷹緒さんは?」
 涙目になりながら、沙織が嬉しそうに言った。
『俺? まあまあかな……』
「そっか……メールしても、全然返事くれないんだもん」
 口を尖らせて沙織が言った。鷹緒のメールアドレスは知っていたので、何度か送っているものの、向こうからは一度も返事が来たことはない。
『ああ、悪いな。あんまりそういうの得意じゃなくて……それよりCMの仕事取ったんだって? BBと共演なんて、やったじゃん』
 話題を逸らすように、鷹緒が言った。
「う、うん。これも鷹緒さんのおかげでしょ? 鷹緒さん、BBの専属カメラマンだったんだし……」
『べつに、俺は根回ししてねえよ。もっと自分に自信を持てよな』
「うん……」
 鷹緒の声が、心地よく響く。
『じゃあ、頑張れよ』
「あ、鷹緒さん」
 終わりそうな会話に、沙織がとっさに鷹緒を呼ぶ。
『なに?』
「あ……ううん。鷹緒さんも頑張ってね」
 思い留まって、沙織は静かにそう言った。相変わらず忙しいであろう鷹緒を、これ以上引き止めるわけにはいかない。
『おう。じゃあ、ヒロに代わって』
「うん……」
 沙織は広樹に電話を代わる。短い電話であったが、沙織の心を一気に軽くした。そのまま広樹は、鷹緒としばらく話をしていた。
「沙織ちゃん、ちょっと」
 電話を終えて、広樹が沙織を呼んだ。
「はい?」
「これ、鷹緒が関わってる雑誌だよ」
 そう言って、広樹がダンボールから取り出した雑誌を差し出す。
「ええ!」
 沙織は嬉しそうにそれを受け取り、中をめくる。欧米らしい雑誌の質で、たくさんの英字が並ぶ。フォト雑誌らしく、美しい写真が連なっている。雑誌の最後には、“Takao Moroboshi”の名前があった。
「それ、茜ちゃんのお父さんたちが立ち上げた雑誌でね、鷹緒が関わってるやつ。やっとちゃんと送ってきやがって……でも、向こうでもよくやってるみたいだね」
 広樹が言った。沙織は渡された雑誌を抱きしめ、広樹を見つめる。
「あの、これ、いただけませんか? お金はちゃんと支払いますから」
「あはは。いいよ、いいよ。もちろん持ってって。最初からそのつもりだし」
「ありがとうございます! じゃあ私、もう行きます!」
 沙織はお辞儀をしてそう言うと、雑誌を握り締めて事務所を飛び出した。
 そのまま沙織は近くのカフェでじっくりと鷹緒の雑誌を読んだ。表紙の写真はクールな感じで、外国人が写っている。アングルや雰囲気が、明らかに鷹緒の写真だと思った。
 午後の仕事の時間まで、沙織はずっとその雑誌を眺めていた。

 数日後、早朝――。
 沙織の部屋のインターホンが激しく鳴った。同時に携帯電話も鳴る。まだ寝ていた沙織は、眠気眼で電話に出る。
「……はい?」
『沙織ちゃん? 今、玄関にいるの。開けて!』
 すごい勢いでそう言ったのは、理恵である。
「理恵さん……?」
 わけもわからず、沙織は急いで玄関のドアを開けた。すると、すぐに理恵が入ってくる。
「ど、どうしたんですか?」
 不安げにそう尋ねる沙織を、理恵は息を整えて見つめる。
「沙織ちゃん、よく聞いて……あなたこの間、BBのユウさんと食事に行ったって言ってたわよね?」
 理恵が尋ねた。特に報告義務はないが、ユウからコンサートに誘われたことや、その後に食事に行ったことを、沙織は理恵に告げていた。
「え? はい……」
「食事に行って、本当にそれだけ?」
「はい……何かあったんですか?」
 沙織は怪訝な顔をする。理恵は溜息をついた。
「よく聞いてね。今日、スクープフラッシュマガジンっていう雑誌が発売されるわ。ゴシップネタの雑誌だけど、それに、あなたとユウさんが出る」
「えっ!」
 目を丸くさせ、沙織は驚いた。理恵は言葉を続ける。
「どういう記事かは、よくはわからないけど……多分、あなたとユウさんの熱愛が報じられると思うわ」
「熱愛って、そんな! 私、食事に行っただけで……」
「真実がどうかじゃないの。読者はゴシップを望んでるから……うちの事務所はつき合いを規制することはないけど、あなたはまだ新人だし、心配なの。こっちも手は打つけど、相手は人気歌手グループのリーダーだからね……スキャンダルとして、しばらくは出回ると思うわ」
 沙織は言葉を失った。顔面蒼白で、どうしたらいいのかわからない。
「こっちも出来るだけのことはするけど、少し覚悟しておいてね。ましてやあなたは、まだ学生なんだし……」
「……ごめんなさい」
「いいのよ……今日は幸いお休みだし、ゆっくりしてちょうだい。あとで何か買ってくるから。念のため、今日は家から出ないこと」
「はい……」
「じゃあ、起こしてごめんね。また来るから」
 少し疲れた表情で、理恵は去っていった。
 沙織はその後、あまりの反響の大きさに、辛い思いをすることになる。雑誌には、“BBリーダー・ユウ、熱愛発覚”の文字が躍り、相手として沙織の実名まで出ていた。

 その日から、沙織の携帯電話が引っ切りなしに鳴った。同級生や知人からの電話やメールは、真相を確かめるものが多く、中には中傷的なものもある。
 人気歌手の恋話ということで、芸能ニュースにも取り上げられ、沙織は一躍、違う意味での有名人となってしまう。スキャンダルを嫌う仕事からは、断りの電話を入れられた。
 沙織はどうしていいのかわからなくなった。

 数日後。リビングに放置された携帯電話が、また震えた。沙織は一瞬躊躇したが、尚も鳴り続ける携帯電話を手に取る。画面には、ユウの名前があった。
「はい」
 相手がユウとわかり、沙織はすぐに電話に出た。
『あの……沙織ちゃん?』
 間違いなく、ユウの声が聞こえる。
「はい」
『ユウです。今、大丈夫?』
「はい……」
『ごめんね、こんなことになって。もっと早くに電話したかったんだけど、それどころじゃなくて……本当にごめん……』
 ユウの言葉が心に沁みる。沙織は静かに口を開いた。
「そんな。ユウさんだけのせいじゃないです」
『でも、元気ないね。本当にごめん……』
「大丈夫です。本当に……」
 そう言うものの、沙織は正直参っていた。鷹緒がいないため、心から支えてくれる人が近くにはいない気がする。
 沈黙の後、ユウが口を開いた。
『沙織ちゃん。こんな時にあれだけど……僕とつき合わない?』


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