次の日。沙織は篤を連れて、スタジオへと向かっていった。今日は遅刻をしなかったが、中ではすでに、スタッフたちが支度を始めている。 「あ、沙織ちゃん。おはよう」 スタッフの一人が、沙織に声をかけた。 「おはようございます。すぐ手伝います」 「うん。あれ、その人は?」 「あ、彼氏です……BBさんの大ファンで、鷹緒さんに言ったら、連れて来ていいって言われて……」 「へえ。僕らなんか、この業界入ってから、そういうのなくなったなあ……まあ、鷹緒さんがオーケーしたならいいよ。隅の方に居てくれる?」 「わかりました。じゃあ、篤。そっちの方に居て」 沙織が、篤に指示をする。篤はスタジオを見回しながら頷いていた。 「わかった。俺、手伝わなくていいの?」 「うん。大丈夫みたい……じゃあ、待っててね」 沙織は、篤を壁際で待たせると、仕事にかかり始める。 しばらくすると、BBのメンバーがやって来た。 「おはようございます。今日もよろしくお願いします」 憧れのBBを前に、篤は目を輝かせてBBを見つめている。するとそこに、鷹緒ともう一人男性がやって来た。 「鷹緒さん、木田君、おはようございます」 スタッフが声をかける。 「おはよう」 鷹緒は、篤を横目に、中央まで歩いていく。 「おはようございます。今日は昨日の続きです。今日は全員の撮影が終わったら、一人ずつの撮りになります。予定時間は、全員の撮影が終わったら言います。ではBBのみなさんは衣装に着替えて、メイクしてください。終わり次第、すぐに撮影を開始します」 鷹緒と一緒に来た男性がそう言うと、全員が動き出した。すると、鷹緒は大きなあくびをして、隅の椅子に座る。 「大丈夫ですか? 鷹緒さん。また、あんまり寝てないみたいですね」 「んー……結局、昨日も会議が長引いてね。深夜まで続いたよ。でもまあ、なんとかね」 スタッフの言葉に苦笑しながら、鷹緒が言う。 鷹緒たちがそんな話をしている時、沙織は一仕事終えて、篤と話していた。 「沙織。あのBBの後に入ってきた人、誰だよ」 篤が、鷹緒を見ながら言った。 「あの人が、親戚の諸星鷹緒さん。お母さんの従兄弟だよ」 「マジかよ。すげえ背高いし、カッコイイじゃん」 「そ、そうかな」 沙織が、少し照れて言う。 「ああ、それより夢みたいだよ。マジでBBじゃん!」 興奮しながら、篤が言う。目に映るものすべてが新鮮なようだ。 「当たり前でしょ。信じてなかったの?」 「ちょっとな」 「ひどーい」 二人が笑っていると、鷹緒が近付いてきた。 「あっ。お、おはようございます!」 慌てて沙織が、お辞儀をして言う。 「おう。君が彼氏?」 鷹緒が篤を見て言ったので、篤は頭を何度も下げた。鷹緒は静かに微笑んで、篤を見つめている。 「はい、遠山篤といいます! 無理言ってすみません。俺、本当にBBのファンで……」 「まあ、こんなもんでいいなら、どうぞ……」 「……鷹緒さん。あの人は?」 突然、沙織が尋ねた。 「誰?」 「ほら、一緒に来た男の人」 「ああ……初めてだったか。おい、俊二」 鷹緒がそう呼ぶと、鷹緒と一緒にやって来た男性が、こちらに走って来た。 「こいつ、俺の親戚の沙織と、その彼氏の遠山君。沙織には今日まで手伝ってもらうから、勝手に使ってくれ」 「わかりました」 鷹緒の言葉に、男性が笑顔で頷く。初々しさが残るような、爽やかな笑顔の青年である。 「こいつは、俺の助手の木田俊二。年末年始は海外の仕事でいなかったけど、また戻って来たから。おまえ、今日はこいつの下で動いて」 鷹緒はそう言うと、別のスタッフのもとへと向かっていった。 「よろしくお願いします」 俊二と紹介された男性に、沙織が挨拶をする。 「こちらこそ。指示はその都度するんで、よろしくお願いします」 「はい」 俊二はそう言うと、スタッフたちのもとへと去っていった。 「みんな優しそうな人ばっかりだな」 「鷹緒さんは、そっけないけどね」 篤の言葉に、沙織が苦笑して言う。 その時、BBのメンバーが、衣装に着替えてやってきた。 「BBさん、入ります」 「よし、始めよう」 一気にスタジオは緊張に包まれた。
夕方。篤が沙織に話しかける。 「沙織。俺、これからバイトなんだ。もう行かなきゃなんないけど、今日はありがとう。おまえのおかげで、貴重なもの見せてもらってさ……あの鷹緒さんって人にも、お礼言っといてくれな」 撮影中のため、静かに篤がそう言った。そんな篤に、沙織も頷く。 「うん。じゃあ、こっち終わったらメールするね」 「ああ。じゃあ、これで」 篤はアルバイトのため、スタジオを後にした。 「はい、撮影終わります。お疲れさまでした」 それからしばらくして、そんな声が聞こえ、撮影が終わった。 BBたちが楽屋へ戻ると、スタッフたちは早々に機材の片付けに取りかかる。沙織もそれを手伝った。そんな中、鷹緒だけは端のスペースで、パソコンに向かっている。 片付けが着々と進む中で、着替えを終えたBBのメンバーが出てきた。 「お疲れさまでした」 そう言いながら、BBのメンバーは沙織のもとへと近付いていく。 「え……えっ?」 近付くBBに、沙織はきょろきょろと周りを見た。しかし、近くには誰もいない。 「沙織ちゃん」 「は、はい!」 ユウの言葉に、沙織が答える。どこを見ればいいのか、何をしたらいいのかがまったく分らないほど、緊張する。 「これ、よかったらどうぞ」 そう言ってユウが差し出したのは、メンバー四人のサイン入りCDであった。沙織はまたも驚く。 「えっ!」 「昨日、僕らのファンだって言ってくれたじゃない? それに君、手伝いだから今日で最後って聞いて、よかったらと思って……」 思わぬBBの言葉に、沙織は震える手でCDを受け取った。 「あ、ありがとうございます! 嬉しいです……!」 感無量といった様子の沙織に、BBのメンバーは顔を見合わせて微笑む。 「よかった。じゃあ、また……俺たちの写真集、手伝ってくれてありがとうね」 そう言うと、BBのメンバーたちはスタジオを後にした。 「よかったね、沙織ちゃん。彼氏にお土産出来たね」 そう声をかけたのは、俊二である。 「木田さん。はい、きっとすごく喜びます!」 沙織は微笑んだ。まだ今までの出来事が、頭の中でリフレインしている。 「よかったね。これ、三日分のバイト代。鷹緒さんから預かってたんだ。お疲れさま」 そう言って、俊二が封筒を差し出した。 「あ……ありがとうございます」 「鷹緒さん、まだ仕事モードで話しかけられないと思うから、このまま帰っていいよ」 「そうですか……貴重なお仕事手伝わせてもらったので、彼だけじゃなくて、私もお礼言いたかったんですけど」 「じゃあ、伝えておくよ」 「お願いします……あ、もうBBの写真集撮りは終わりなんですか?」 横目で鷹緒の方を見ながら沙織が尋ねた。しかし鷹緒が居るはずのスペースには、すでに人を拒むかのように仕切りが閉められ、姿さえ見られない。礼の一つも言えずに仕事を終えるのは、少し寂しく感じた。 「ううん。来週、今度は外で撮りがあるよ。平日だけどね……また手伝ってくれる?」 「あ、手伝うのはいいんですが、来週からは学校があるので……」 沙織が、残念そうに言った。出来ることなら、またBBに会いたいと思った。なにより、スタッフも優しいので、この仕事は楽しく思える。 「ああ、そうか。まだ高校生だもんね……じゃあ、暇な時は事務所に連絡してよ。仕事はたくさんあるからね。また、芸能人に会えるチャンスもあるだろうし」 「ありがとうございます」 「じゃあ、お疲れさま」 「はい。お疲れさまでした」 俊二に見送られ、沙織はまだ仕事中の鷹緒を尻目に、スタジオを去っていった。
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