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作品名:FLASH 作者:KANASHI

第48回   隠れた本心
 真夜中。事務所に茜が戻ってきた。鷹緒は一人、ソファでビールを飲んでいる。
「なんだ……戻ってきたの?」
 鷹緒が茜に言う。
「電話、繋がらなかったから……」
「ああ、電源切ってんだ……事務所のやつらが、真相聞きに電話が殺到……あいつは?」
「……沙織ちゃん、実家に戻るっていうんで、送り届けました。これ、車のキーです」
「おう、サンキュー」
 鷹緒は車の鍵を受け取ると、ポケットへとねじ込む。茜は辺りを見回した。
「……ヒロさんは?」
「社長室で寝てるよ。あのいびきじゃ、俺も参るからな」
 苦笑しながらそう言うと、鷹緒は立ったままの茜を見つめる。
「……ビール飲むか?」
「いえ、今日はこのまま帰ります」
「電車ないだろ。車使えよ」
 そう言うと、鷹緒はポケットを探る。
「いいです。タクシー拾うから……」
「そうか。どうした? いつもの勢いは」
 笑いながら鷹緒が尋ねる。茜はどこか他人行儀で、真剣な顔をして、鷹緒に何かを語りかけようとしている。
「……ひとつ、聞いてもいいですか?」
「なに?」
 ソファに座っている鷹緒は怪訝な顔をして、そばに立っている茜を見つめた。
「沙織ちゃんのこと、どうするつもりですか?」
「……どうするって?」
「なにも今日言うことはなかったんじゃないですか? いつみんなに言うのかと思ってたけど、今日じゃなくたって……沙織ちゃんの晴れ舞台なのに……」
 その言葉に、鷹緒は静かに口を開く。
「……さっき言った通りだよ。今日しか全員集まる時はないと思ったし……もうすぐ日本を離れるんだ。前から決めてたことだよ」
「でも、もっと早くでもよかったんじゃないですか? こんなギリギリまで待たなくても……いくらなんでも今日言うなんて、沙織ちゃんが可哀想……」
「いつ言ったって同じことだろ。それに、あいつはすぐ態度に表れるからな。シンコン前に言ってたら、あいつはシンコンどころじゃなかっただろうし……」
「本音が出ましたね。鷹緒さんも、沙織ちゃんのこと好きなんでしょう?」
 茜が言った。鷹緒はその言葉に驚いた後、笑い飛ばした。
「あははは。なんで俺が沙織を……」
「とぼけないでください。私がどれだけ鷹緒さんを見てきたと思ってるんですか? いくら親戚だからって、鷹緒さんは沙織ちゃんを構い過ぎです!」
「……そう?」
 茜の言葉を上から受けて、鷹緒はビールに口をつける。
「それに、みんなからいろいろ聞きました。沙織ちゃんのために、好きなアーティストのコンサートチケットを取ってあげたり、そのために好きでもない仕事引き受けたって……」
「……BBのコンサートのこと言ってんの? 誰から聞いたか知らないけど、そんなことはないよ……」
 尚も話を続ける茜に、鷹緒がうんざりした様子で言う。
「それだけじゃない。撮影現場に連れていったり、隣の部屋に住まわせたり、送ってあげたり……そんなの鷹緒さんじゃない! 私の知ってる鷹緒さんは、いつも人を寄せつけなくて、笑ってても遠くて……それなのに、どうして沙織ちゃんには……!」
 そう言う茜の口を、突然、立ち上がった鷹緒の手が塞いだ。
「……それ以上言うなよ」
 静かに鷹緒がそう言った。その顔はどこか辛そうで、しっかりと茜を見据えている。
「鷹緒さん?」
「俺だって、一歩も前進してないわけじゃない……おまえが知ってる、数年前の俺とは違うんだろ」
 鷹緒は静かに微笑んでそう言うと、茜に背を向けた。茜の目が潤む。
「じゃあ、どうして私の口を塞ぐの? 図星だからじゃないんですか!」
「それ以上言うなって言ってるだろ!」
 強い口調で鷹緒が言った。その言葉に、茜の瞳から涙が溢れ出る。
「どうして? 理恵さんのことが過去に出来たら、私、鷹緒さんの一番近くにいけると思ったのに……」
 茜の言葉に、鷹緒はソファに座った。
「……馬鹿だな。俺なんて、過去を引きずってばかりの、情けない男なのに……」
「そこが、格好良かった……」
「……」
 二人は一瞬、押し黙る。
「……教えてください。どうして沙織ちゃんのこと……?」
 一瞬の沈黙を破り、茜は尚もそう尋ねた。
「だから、なんでもないって……」
「嘘つかないでください。私には聞く権利があります」
「ねえよ」
「教えてください!」
 茜が鷹緒の前に、座り込んで言う。鷹緒は髪をかき上げると小さく息を吐き、口を開く。
「……べつに。ただ放っておけなかっただけだよ……」
 そう言った鷹緒は溜息をつき、言葉を続けた。
「茜。あいつは俺の親戚なんだぞ? あいつの親含めて、俺の子供の頃まで知ってる。いわば弱みを握られてるも同然なんだ。あいつに何かあったら、俺はあいつの母親に何をされるかわからないし、下手なこと出来るかっての」
 ソファに寝そべって鷹緒が言った。その言葉に、茜も俯く。
「親戚か。微妙ですよね……」
 そんな茜に、鷹緒は天井を見つめたまま口を開く。
「……茜。俺さ、今はこれからのことしか考えらんないんだ。日本に後悔は残したくない。おまえも、気持ち切り替えてくれ」
 その言葉に、茜は頷いた。
「わかりました……これからは、ニューヨークへ向けての、仕事モードでいきます」
 茜はそう言って立ち上がる。これ以上、追求は出来ないと思った。
「ああ。じゃあ俺、寝るから。おやすみ」
「ここでですか? 風邪引いちゃいますよ」
「夏だから平気だよ、じゃあな。おまえも気を付けて帰れよ」
「はい……」
 茜は事務所を出ていった。煮え切らない態度の鷹緒だったが、少しだけ、本心を覗けた気がした。
 鷹緒はそのまま目を閉じた。茜の言葉が、頭の中でこだまする。鼓動が早く、体が熱いのは、浴びるほど飲んだビールのせいだろうか。脳裏には、沙織の姿があった。

 次の日。鷹緒が目を覚ますと、広樹がコーヒーを入れていた。
「ヒロ……」
「おはよう。僕、また酔って寝ちゃったみたいだね……」
 入れたばかりのコーヒーを差し出し、広樹が言った。鷹緒は苦笑する。
「まあな。おまえ、その酒癖悪いのなんとかしろよ」
「ハハハ……それで、どうだった?」
「なにが?」
「いや、昨日のこと、覚えてなくてさ……言ったんだよな? ニューヨークに行くこと……」
「なに、おまえ、何も覚えてないのか? まあ確かに、途中から寝てたけどな……」
 コーヒーに口をつけるや否や、呆れて鷹緒が言った。
「打ち明けたところまでは覚えてるんだけど……」
「……みんなびっくりしてたよ。暗い雰囲気になったから、すぐにお開き」
「だろうな。そりゃあびっくりするよな……沙織ちゃんは?」
「……なんで?」
 広樹の言葉に、鷹緒が驚いて尋ねる。
「だって、一番びっくりする人物だろう?」
「……まあ、ショックは大きかったみたいだけど……理恵も怒ってたし」
「まあね。副社長には言うべきだったと思うけど」
「いいんだよ」
 鷹緒は遮るようにして言った。
「……いつから行くんだっけ?」
「……来週」
「本当、間もないな……」
「ああ……まあ、後を頼みますよ。やり手の社長さん」
 二人は笑って、朝焼けの街を見つめた。新しい幕開けのような、美しい朝だった。

 しばらくして、沙織が事務所へやってきた。すると、まだ眠気眼の広樹が出迎える。
「沙織ちゃん。おはよう」
「おはようございます……ヒロさん、一人ですか?」
 辺りを見回しながら、沙織が尋ねる。
「うん。鷹緒は、さっき出てったよ」
「そうですか……」
 少し残念なような、ホッとしたような気持ちで、沙織は頷いた。
「おはようございます」
 そこに、理恵と数人の事務員がやってきた。
「沙織ちゃん、早かったのね。今日はスケジュールぎっしりよ。なにせシンコンの準グランプリだからね! 鷹緒さんも、結構アポ取って来てくれてたみたいだし……」
 理恵が言った。
「社長。鷹緒さん、今日休みですよね? 昨日からかけてるのに、電話切ってるみたいなんですよ。真相聞こうと思ってたのに!」
 広樹の周りを事務員たちが囲む。誰一人知らされていなかった鷹緒の渡米に、一同はやきもきしているようだ。
「まあまあ。僕も口止めされてたんだよ。確かにシンコンでみんなが張り切ってる時に、言うべきじゃないと思ってさ……」
 困ったように、広樹が言う。しかし尚も事務員たちは質問を続ける。
「いつ行っちゃうんですか? 鷹緒さん」
「ああ。来週って言ってたかな……」
「来週! もうすぐじゃないですか!」
「うん……今度、お別れパーティー的なことは企画するからさ。ああ、もうこんな時間だ。僕も得意先に電話しなくちゃ」
 広樹はたじろきながら、事務員たちから逃げるように社長室へと入っていった。
 そんな会話を聞きながら、沙織も理恵も口をつぐんだ。理恵も、鷹緒が日本を離れるということは少しも聞いておらず、未だ動揺を隠せないようだ。
「……さあ、行きましょうか」
 やがて、理恵がそう言った。
 沙織は吹っ切るように微笑み、頷く。きちんと告白する前に鷹緒に拒絶され、沙織はもうどうしていいのかわからなくなっていた。出来るだけ早く忘れられれば、と思った。


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