翌週。全日本・ミス・シンデレラコンテストの最終審査がいよいよ行われる。総勢二十名に絞られたシンデレラ候補は、沙織を含め、みな緊張していた。 「じゃあ沙織ちゃん、頑張ってね。あんまり緊張せず楽しむのよ」 「楽にしてね。ファイト!」 「頑張ってね。僕たちは客席で応援してるよ」 理恵に続いて、茜と広樹が言った。他には沙織を追って取材を続ける記者たちもいる。中には記者の豪もいた。 「精一杯頑張ります」 緊張しながらも、沙織が応える。心配そうにしながらも、理恵たちは客席へと向かっていった。 ここからは、理恵たちに出来ることは何もなかった。たった一人、沙織は受付へと進んでいく。すると受付のそばに、鷹緒の姿があった。受付に並ぶ少女たちを写真に収めているようだ。 沙織は一瞬にして顔を紅く染める。 「諸星さん!」 三次審査で打ち解けた様子の少女たちが、鷹緒に声をかける。少女たちもまた、知っている顔にホッとした様子だ。 「いよいよだね。頑張ってね」 写真を撮りながら、鷹緒は少女たちに労いの言葉をかけている。そんな中で、沙織の番になった。 「いい顔一枚ください」 鷹緒の言葉に、沙織が吹き出した。すかさず鷹緒がシャッターを切る。 「ありがとう。中でも幾つか撮らせてもらうと思うから、よろしく。頑張ってな」 「はい!」 沙織は良い返事をすると、中へと入っていった。鷹緒がそばにいるという安心感が強くあった。
それからしばらくして、衣装に着替え、メイクも終わった沙織は、他の候補者とともにステージへと上げられた。軽く説明があっただけで、何があるかはわからない。けれど、袖から見える鷹緒の姿に、沙織は心を落ち着かせた。 ふと隣を見ると、可愛らしい少女が立っていた。テレビでも見たことのある、駆け出しのタレントである。 (こんな子まで出るんだ……) 沙織は少し不安になったが、もう一度鷹緒を見た。すると鷹緒も気付いて、小さく手を振る。もう後戻りは出来ないと、沙織は覚悟を決めた。 最終審査は、ファッションショー張りの衣装審査だ。水着ではないものの、少女たちのプロポーションを見ている。顔と釣り合わない体系は却下なのだ。それに関しては、ファイナルまで残った少女たちだけあって、みな相応である。 それが終わると、歌唱力審査が行われた。本来なら特技披露であるが、ファイナルに残った少女がみんな歌が得意ということだったからである。 恥ずかしさを堪えて、沙織も歌った。ボイストレーニングに通っただけあって、少しは聞けるようだ。 それが終わると、あっという間に審査員の審議に入った。いよいよ発表である。三次審査の一般投票も考慮される。まだ一般投票の結果は公表されていない。 審査結果は、鷹緒も固唾を飲んで見守っていた。二十名の最終候補からグランプリに選ばれるのは、たった一人である。タレントもいる中で、沙織の優勝は難しいと、鷹緒は睨んでいた。
しばらくして、審査結果の発表となった。 「お待たせいたしました。それでは早速、発表いたします。まずはリビー宝石賞です」 各賞が発表される。スポンサーの賞や審査員長賞など、さまざまだ。 「それでは次に、ベストフォト賞の発表です。エントリーナンバー十六番、小澤沙織さん!」 沙織が呼ばれた。 しかし、これで優勝は逃したことになった。特に規定はないものの、別の賞を取った人間がグランプリに選ばれたことは過去にない。それは沙織を含め、誰もが知っている事実である。 鷹緒は、しまったと思った。自分の撮った写真で選ばれたのだろう。ベストフォト賞を取らないためにも、わざと二番目に良い写真を選んだはずだった。賞を取れたことには素直に嬉しかったが、複雑な思いを感じた。 「三人のカメラマンが一押しした、小澤沙織さんです」 審査員がそう言うと、後ろのスクリーンにはカメラマンたちが提出した写真があった。三人のカメラマン全員が、沙織を推薦したのである。それには鷹緒も苦笑した。 「それでは、準グランプリの発表です」 着々と発表される中、後は準グランプリとグランプリだけとなった。 「準グランプリは……エントリーナンバー十六番。小澤沙織さんです!」 その言葉に、沙織は一瞬、わけがわからなくなった。 「えっ……」 「一度に二つの賞を取ったのは、今回が初めてだということです。さあ沙織さん、どうぞ」 信じられないといった様子で、沙織が前に出た。 グランプリではないものの、準グランプリだ。ベストフォト賞でも満足していた沙織は、大きな目を一層開いて驚いている。それをかき消すかのような、目眩がしそうなほどのスポットライトを浴びて、沙織はゆっくりと前へ出た。 「さあ、史上最多の賞獲得、並びに準グランプリになられた感想はどうですか?」 マイクを向けて、司会者が尋ねる。 「あの。本当にびっくりしてて……でも、本当に嬉しいです。ありがとうございます!」 頭の中が真っ白といった様子だが、素直に沙織が言った。客席から大きな拍手が沸き上がる。 「やってくれたよ……」 鷹緒も信じられないといった様子で、拍手をしながらそう言った。 グランプリは予想通りだった。駆け出しのタレントである。おかげで無名ながら準グランプリを取った沙織が、実質上のグランプリといっても過言ではない。人々の目は沙織に向いていた。場慣れし過ぎていない沙織の素朴さが、シンデレラコンテストの真の意味を見出していたのかもしれない。
コンテストが終わると、沙織は記者陣に囲まれた。カメラのフラッシュが絶え間なく沙織を襲う。その中に鷹緒もいた。インタビューが続き、さまざまなカメラとマイクが沙織に向けられている。 沙織が解放されたのは、三十分ほど経ってからであった。
「おめでとう!」 理恵とともに、広樹や茜、更には沙織の母親までもが沙織に駆け寄った。その様子まで、テレビカメラで追い続けられている。 「お母さん!」 驚きながらも嬉しそうに、沙織が母親を見て言った。 「来てたの?」 「うん。でも本番前だと動揺しちゃうと思って、ずっと客席にいたのよ。おめでとう! やったじゃない!」 満面の笑みで、涙まで浮かべた母親が言う。沙織もつられて涙ぐんだ。 「ありがとう。なんだか夢みたい……」 「よくやったわよ。今日は盛大にお祝いしなきゃね」 一同は事務所へと帰っていった。
その日は事務所で盛大なパーティーが行われた。事務所の人間が揃い、もちろん鷹緒もいる。大騒ぎの中で、沙織が鷹緒に近付いた。 「鷹緒さん……覚えてる?」 沙織が言った。突然の言葉に、鷹緒が首を傾げる。 「なにが?」 「ほら。シンコン終わったら、話があるって前に言ったじゃない」 前から決めていた、沙織から鷹緒への愛の告白である。鷹緒もそれを薄々感付いてはいた。 「ああ、うん……」 「聞いてくれる? 後ででいいから」 「うん。わかった」 鷹緒の言葉に、沙織が微笑む。 「約束だよ」 「ああ……」 「鷹緒さん。ヒロさん、また酔っ払っちゃうよ」 その時、茜が鷹緒に声をかけた。視線の先には、すでにフラフラな様子の広樹がいる。 「ああ。またあいつ、あんなに飲みやがって」 「そうじゃなくて、ほら。あの話……」 「ああ……おい、ヒロ。まだやることあんだろ」 鷹緒がそう言って、広樹の腕を掴む。広樹は酒で顔が真っ赤で、そろそろダウンしそうだ。 「大丈夫か?」 「もちろんだよ」 そう言うものの、広樹はすでに酒臭い。 「ヒロ。あの話」 「ああ、あの話……」 急に広樹が真面目な顔に戻った。そして小さく溜息をつくと、手を叩いて注目を仰ぐ。 「みんな。お楽しみ中悪いけど、聞いて」 広樹の言葉に、一同が注目する。 「突然ですが、この諸星君が、しばらく日本を離れることになりました。詳しいことは、鷹緒。よろしく」 簡単な言葉だが、一同はそれを聞いて固まっている。椅子に座った広樹に反して、鷹緒は一歩前に出た。 「鷹緒さん……」 「嘘でしょう?」 牧や俊二が、口々に言った。 「ああ……急でごめん。でも、これは前から決めてたことで、シンコン終わるまでは黙っていようと思ってたんだ。こんな日に言うのもなんだけど、今日は全員揃ってるし、直接言いたかった」 鷹緒が言った。沙織も信じられないといった様子で見つめ、静かに口を開く。 「……どこに行くの?」 「……ニューヨーク。俺が昔、世話になってた茜の父親がニューヨークに住んでて、新しく雑誌を作ったり展開してるんだ。手伝って欲しいと、数ヶ月前に電話で誘われた。シンコン終わったら、俺の仕事も一区切りつくし、なにより世話になった人に借りを返したいと思ってた……広樹とも話して、しばらくの間休職という形を取らせてもらうことにしました」 「……じゃあ、茜ちゃんが来たのって、もしかして……」 鷹緒の言葉に、牧が茜を見て言った。茜は苦笑する。 「そうです……事前打ち合わせも兼ねて、鷹緒さんを迎えにきたってところかな……」 「どのくらい行っちゃうんですか?」 「契約は二年……」 事務員の問いかけに、鷹緒が答える。 「二年も。そんな……」 「まあ、とにかく俺は、その人の役に立ちたいと思ってるし、俊二ももうカメラマンとして成長してる。事務所としても安定してきてるし、俺一人がいなくなっても大丈夫だって、自信があるから行くんだから。それに、ここを辞めるわけじゃない。まあ、クビになるかもしれないけどな」 その言葉に、笑う者は誰もいなかった。ただ一同、悲しみに暮れている。 「おいおい。今日はめでたい席なんだから、こんな暗い雰囲気やめろよ」 「そうですよ。ほら、新しい門出を祝して、もう一回乾杯しましょうよ!」 鷹緒と茜がそう言うが、一同は動揺を隠し切れない。そんな時、広樹が大いびきを上げた。 「あはは。こいつは大物だなあ」 「あはははは」 一気に場の雰囲気は明るくなったが、一同が隠しきれない不安や悲しみは残ったままだった。 「じゃあ悪いけど、社長も寝ちゃったことだし、そろそろお開きにしようか……」 そんな鷹緒の言葉に、一同は苦笑しながらも頷き、片付けを始める。沙織もそれに続くが、悲しみは拭えない様子だ。 鷹緒はそれを尻目に、片付けに参加する。そんな様子を理恵が見つめていた。副社長である理恵すら聞かされていなかった事実に、衝撃を受けていた。 片付けを終えると、パラパラと人は帰っていった。
|
|