数日後。早くもシンデレラコンテスト三次審査の一般投票が行われた。街頭インタビューのほか、インターネットやテレビ局、企業などで写真が張り出され、数社の雑誌で同じコーナーを組み、大々的に行われる。 「わあ、出てる。可愛く撮れてるじゃない!」 雑誌を見て茜が言った。三人のカメラマン別に、少女たちの写真が並んでいる。二次審査で絞られたといっても、その数はかなりある。 「やっぱりどの子も、鷹緒さんの写真が一番いい顔してるわ。もちろん、沙織ちゃんも!」 茜が言った。沙織は照れながら雑誌を見つめる。素直に、鷹緒の才能はすごいと思った。
一週間後。三次審査の一般投票集計が始まった。その結果次第で、最終審査まで行けるかどうかがわかる。 正直、沙織が受かるかどうかは誰にもわからなかった。美少女といえば、みな美少女だ。結果は、本日の午後七時までに電話がくれば合格となっていた。 事務所の電話の前で、事務所の関係者一同が張りついているが、鷹緒だけは仕事でいない。 「ああ、もう。トイレにも行けないわ」 牧が言った。 「わかる。僕もだよ」 広樹も苦笑して言う。その時、鷹緒が帰ってきた。 「ただいまー……」 「静かに! 電話の音が聞こえなかったらどうするんだよ」 慌てて広樹が言った。鷹緒は一瞬、怪訝な顔をして、奥へと入ってくる。 「……馬鹿馬鹿しい。みんなして何やってんだか。電話使っていいか?」 「馬鹿はおまえだ! 少しは考えろよ!」 「なんだよ、ピリピリしやがって……」 鷹緒はそのまま奥の社長室へ向かい、携帯電話をかけているようだった。 その時、約束の七時になった。一同は落胆の顔を見せる。そばにいた沙織も、申し訳ないといった表情である。 「まあ、よくやったよな……」 「そうだね。残念だけど……」 「おい、広樹」 落胆している一同をよそに、鷹緒が社長室から出てきた。広樹は珍しくイライラした様子で、鷹緒に振り向いた。 「なんだよ、おまえは……」 「シンコンのファイナルだけど、沙織の衣装どうすんだ?」 「衣装って……落ちたのにか?」 「え? まだ連絡いってないのか?」 その時、電話が鳴った。慌てて広樹が電話を取る。 「はい、WISM企画プロダクションですが……」 『遅くなって申し訳ありません。全日本・ミス・シンデレラコンテストご応募の、小澤沙織さんの事務所さんでよろしいでしょうか?』 慣れた様子の、男性の声だった。 「はい、はい。そうです!」 『遅くなりましたが、おめでとうございます。小澤沙織さん、合格です』 「本当ですか!」 『はい。つきましては、来週グランプリファイナルがございますので、よろしくお願い致します。詳細につきましては、これからファックスをお流し致しますので』 「わかりました。ありがとうございます!」 広樹は電話を切った。そして鷹緒を見つめる。 「鷹緒、おまえ……知ってたな!」 「当然。俺はシンコンのカメラマンだぞ?」 苦笑しながら鷹緒が言う。しかし一同はホッとした様子で、口々に歓喜の声を上げた。 「本当ひどいわ、鷹緒さん! でも、ということは、沙織ちゃんはファイナルに行けるってことよね?」 「そうだよ。やったね!」 「ああ、よかった……」 沙織も胸を撫で下ろした。そんな沙織に、鷹緒が微笑みかける。 「悪かったな。言えなくて……」 「……いつから知ってたの?」 「ん……今朝だよ。追加の写真を提出しに行ったら、ちょうど集計が終わったところだったわけ。まあ、身内でもしゃべっちゃいけないのがルールだからな……悪かったよ」 苦笑しながら、鷹緒が言った。 「よかった……」 「よし、じゃあ今日は、パーっと飲みに行こう!」 「賛成!」 一同は、そのまま近くの小料理屋へとなだれこんでいった。 沙織は受かってよかったという安堵感と、決勝まで残ってしまったという荷の重さに、少し不安な表情を見せていた。
「沙織。疲れてるか?」 飲み会が終わり、店を出たところで、鷹緒が沙織に尋ねた。 「え? ううん、大丈夫……」 「じゃあ、ドライブでも行く?」 突然、鷹緒がそう言った。思わぬ誘いに、沙織は大きく頷く。 「え? う、うん!」 「ええ、いいなあ」 茜が羨望の眼差しで見つめる。 「おまえは一人で帰れ」 鷹緒が言う。 「まあ、今日は沙織ちゃんが主役だもんね……おとなしく帰りますか」 「おう。じゃあ、お先に」 そう言うと、鷹緒は沙織を連れて、駐車場へと向かっていった。 「どうしたの?」 車に乗り込むと同時に、沙織が尋ねる。 「べつに? ただ、もうすぐファイナルじゃん。息抜きも必要だろ?」 鷹緒は車を走らせる。そんな鷹緒の優しさが心地良かった。
しばらくして車が止まったのは、沙織の実家であった。電話はよくしているのだが、このところ帰っていない。 「ここ……」 「たまには顔見せてやれよ。心配してたから」 鷹緒の言葉に、沙織が驚く。 「電話がきたの?」 「しょっちゅうくるよ」 「もう、お母さんったら……」 二人は苦笑して、玄関へと向かっていった。久々の我が家に、沙織もとても嬉しかった。 「沙織、おかえりなさい」 家に入るなり、母親が出迎える。 「鷹ちゃんも、お世話かけてごめんなさいね」 「いえいえ。おかげさまで、事務所も大助かりですよ」 「さあ上がって」 二人は中へと入っていった。相変わらず父親は忙しいらしく、母親しかいない。 「もう、沙織がいなくなってから、本当につまらないのよ、この家」 「嘘ばっかり。お稽古事で忙しいくせに」 母親の言葉に、沙織が突っ込む。 「うるさいわね。それで、どうなの? グランプリまで行けるなんて思ってなかったら、本当に嬉しかったのよ。もちろん私も投票したからね」 「ありがとう。来週ファイナルだって」 「そう。テレビとかにも出るのよね? ドキドキしちゃう」 「相変わらずミーハーだなあ……」 久しぶりに会う母親を前に、沙織はその日、鷹緒とともに遅くまで話をしていた。
「今日はありがとう」 帰りの車の中で、沙織が言った。鷹緒は前を見つめたまま、優しく微笑む。 「いいや。お疲れさん」 「そろそろ顔を出そうと思ってたの」 「ああ、喜んでてよかったじゃん」 「うん」 「沙織……まだ元気あるか?」 変なふうに、鷹緒が尋ねた。 「え? うん……」 「星、見に行こうか」 「うん!」 鷹緒の提案に、沙織が乗る。 「よし」 鷹緒はそのまま、近くの峠まで車を走らせた。
「わあ……」 車から降りた沙織は、圧倒されるように空を見上げて言った。決して地方の山ではなく、そばには住宅街もあるはずだが、星空が綺麗に見えている。 「結構すごいだろ?」 「うん、すごい……」 沙織は本当に感動していた。空を見上げたまま倒れそうな沙織を、鷹緒が押さえる。 「大丈夫かよ?」 「うん、なんか圧倒されちゃって……すごいね」 後ろから沙織の腕を掴んだまま、鷹緒も一緒に空を見上げた。 「ああ。ここは割と近いから、嫌なことがあったりすると、よく来てた……」 「……一人で?」 「ああ。ここに連れてきたの、おまえが初めてだよ」 「……嬉しいな……」 鷹緒の腕の中で、沙織はこれ以上ないというまでの幸せを感じていた。 しばらくして、鷹緒が口を開く。 「さあ、帰るか」 「うん……」 少し寂しくなりながらも、沙織は幸福感を噛み締めて車へと乗り込み、マンションへと帰っていった。
「今日はありがとうございました」 部屋の前で、沙織が言う。 「いえいえ、こちらこそ。遅くまでつき合わせまして」 鷹緒は自分の部屋の鍵を開け、沙織に微笑みかける。そしてつけ加えて言った。 「……沙織。もうすぐファイナルだけど、焦らずいけよ。おまえは、そのままでいいから」 「うん。ありがとう。おやすみなさい!」 沙織は笑ってそう言うと、自分の部屋へと入っていった。鷹緒はそれを見届けると、部屋のドアを開けた。
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