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作品名:FLASH 作者:KANASHI

第44回   三次審査
「……七十二番。小澤沙織です。よろしくお願いします!」
 少し緊張気味に、しかし鷹緒と会えた喜びに頬を染め、沙織が言った。
「はい、よろしくお願いします」
 それに応えて、鷹緒も笑った。
「じゃ、そこに立って」
 鷹緒の指示に、沙織が所定の位置に立つ。急に鷹緒の目が真剣になった。鷹緒に写真を撮られるのは初めてではないが、緊張する。
 限られた時間の中で、カメラマンも必死のようだった。被写体がよければ、撮れる写真のグレードも高い。なにより、自分が撮った写真でグランプリに選ばれれば、カメラマンの質も上がるというものだ。
 鷹緒はそんなことは考えていないように思えたが、一心不乱に仕事をこなしているように見えた。だが、写真を撮る時の鷹緒は、いつ見ても楽しそうで輝いている。
「まだ緊張してる? もっと笑顔が欲しいな」
 そんな鷹緒の言葉に、沙織が笑う。しかし、まだ表情が固い。
「……なあ。俺、太ったと思わない?」
 おもむろに鷹緒がそう言った。沙織は素に戻って聞き返す。
「え?」
「出張で福岡に行ったんだけど、毎食ラーメンでさ。あまりの美味さに、夜食まで食っちゃった」
「毎食? ウッソ!」
 鷹緒の言葉に乗って、沙織が言う。
「ホント。すごい美味いんだもん」
「あははは。だからって……」
「よし、いい顔撮れた」
 カメラを離し、鷹緒は沙織に笑いかける。
「お疲れさま。その調子で頑張ってね」
 そう言った鷹緒に、沙織は大きく微笑み、お辞儀をする。
「ありがとうございました!」
 良い表情をして、沙織は次のブースへと向かっていった。あっという間の時間であった。鷹緒も微笑んで、仕事を続けた。

 カメラテストが終わって、沙織は理恵のもとに戻っていった。
「どうだった?」
 すかさず理恵が尋ねる。
「緊張したけど、面白かったです」
「そっか。鷹緒さんもいた?」
「はい、バッチリ仕事してましたよ。今日はこれで終わりだそうです」
 沙織が、最後にもらった紙を見せて言った。理恵はそれを見て頷く。
「じゃあ、帰ろっか」
「はい」
 二人は事務所へと戻っていった。
 三次審査はカメラテストだが、後日一般投票がある。一週間後に出るいくつかの週刊誌に、沙織たちの写真が出る予定だ。またインターネットや街頭インタビュー、各所の企業にも張り出されることになっている。それらの一般投票、審査員投票によって、最終審査へ上がれることになっていた。カメラテストを終えた今、三次審査で沙織が出来ることはもうなかった。
 その日、沙織はマンションで、遅くまで鷹緒の帰りを待っていたが、鷹緒は帰ってこなかった。

 次の日。沙織が事務所へ行くと、広樹が声をかけた。
「沙織ちゃん。昨日はお疲れさま」
「お疲れさまです」
 沙織が返事をする。
「どうしたの? 今日はオフじゃないの?」
「あ、はい。でも、なんか暇で……」
「あはは。たまのオフも、確かに辛いものがあるよね。茜ちゃんは?」
「まだ寝てました」
 二人は苦笑する。もはや茜は沙織の同居人となっており、自由気ままにしている。
「そう。ああ、じゃあちょっと、鷹緒の様子見てきてくれないかな? 食料調達してさ」
 そう言って、広樹が二千円を差し出す。
「いいですけど、スタジオですか?」
「うん。昨日から缶詰め。シンコンの写真、加工してるはずだよ」
「でも、写真は現像したら終わりなんじゃ……」
「それは、シンコン実行委員会の方ね。それとは別に、これと思う写真をカメラマンが提出するんだ。何人でもいいんだけどね」
「へえ……」
「だからカメラマンも審査員の一人ってわけ。審査を左右するもんでもあるしね。とにかく飯もろくに食ってないと思うから、何か買って行ってやって。沙織ちゃんも、好きな物買っていいよ」
「わかりました。ありがとうございます」
 沙織は鷹緒に会えることで、嬉しそうに事務所を出ていった。

 健康に良さそうな弁当を選び、お茶と缶コーヒーを買うと、沙織はスタジオへと向かっていった。半地下のスタジオは、眩しい日の光もほとんど入らない。そんな中で、ぽつんと鷹緒がパソコンに向かっている。
「……鷹緒さん」
 沙織が声をかけると、鷹緒が振り向いた。
「おう……どうした?」
「差し入れ。ヒロさんから」
「サンキュー……おまえが来たってことは、今何時だ?」
 時計を探しながら鷹緒が尋ねる。この場の雰囲気は、まるで深夜だ。
「十時半」
「ああ、もうそんな時間か……」
 伸びをしながら鷹緒が言った。そして立ち上がると、沙織から弁当を受け取る。沙織も座って、弁当を開けた。
「……昨日はお疲れさまでした。ありがとうございました」
 改まって、沙織が言った。
「いえいえ。仕事ですから」
 二人は笑った。そして沙織は、鷹緒の目の前にあるパソコンを指差す。
「見てもいい?」
「ああ……」
 沙織がパソコンを覗くと、そこには沙織とは違う少女が映し出されていた。沙織は不安げな表情をして、画面を見つめる。
「……推薦するの、私じゃないの?」
「え?」
「……ヒロさんが言ってたの。三次審査はカメラテストで、一般と審査員投票だけじゃなくて、カメラマンによるベスト写真も審査を左右するって……」
「おまえのは、さっき終わったとこだよ」
 弁当を頬張りながら、鷹緒がプリンターを箸で差して言った。そこには、沙織の姿が打ち出されている。
「これ、私?」
 沙織は信じられないといった表情で、写真を見つめる。まるで自分ではないような、可愛い少女がそこにいた。
「運がよかったな。俺がカメラマンなんて」
 不敵に微笑みながら、自慢気に鷹緒が言う。
「うん……でも、どうして他の子も?」
「ああ。なんかそこに写真があると、手を出したくなるんだよな……もちろんおまえのことは推薦するけど、他にも何人かいい写真撮れた子がいるから、それだけは一応加工しておくだけだよ」
「……そうなんだ」
 鷹緒は早々に弁当を食べ終わると、缶コーヒーを開け、煙草に火をつけた。
「……鷹緒さん、眼鏡どうしたの?」
 突然、沙織が尋ねた。先日から、鷹緒はいつもかけていた眼鏡をしていない。聞く暇もなかったが、そこには素顔のままの鷹緒がいる。
「……壊れた」
 大きく煙草の煙を吐きながら、鷹緒が言った。
「買わないの?」
「んー、もともと伊達みたいなもんだったしな」
「へえ……なんか眼鏡をしてない鷹緒さんって、若い人みたい」
「ハハ。なんだそりゃ」
 鷹緒は苦笑しながら伸びをした。そんな鷹緒に、沙織が口を開く。
「ねえ、鷹緒さん……」
「ん?」
「……茜さんとは、つき合ってたの?」
「え?」
 突然の込み入った質問に、鷹緒は聞き返した。
「……なんで?」
「ううん。なんか仲良さそうだから……」
「ハハハ。あれがか?」
 鷹緒は煙草を揉み消して、言葉を続ける。
「あいつは、俺の写真家の先生の娘。あいつが中学の頃から知ってるし、あいつは昔からああなの」
「……でも、鷹緒さんのこと好きだって言ってくれてるのに……何度フラれたかわからないって、茜さん言ってたよ」
 そんな沙織の言葉に、鷹緒は静かに微笑む。
「……今はまだ面倒くさいんだ。仕事一筋だからな、俺は……さて、仕事するか」
「あ、ここにいてもいい? 今日はオフなの」
 沙織が言う。鷹緒と一緒に居たかった。
「邪魔しないならな。でも、つまんないぞ?」
「平気」
「……じゃあ、ご勝手にどうぞ」
 そう言って、鷹緒は仕事に戻った。沙織はそのまま、部屋の隅で本を読んだり、気ままに過ごしていた。

 夕方近くになって、やっと鷹緒が立ち上がる。その頃には、あまりの穏やかな時間に、沙織は眠り込んでしまっていた。
「沙織、起きろよ。終わったぞ」
 鷹緒の声に、沙織は目を覚ました。
「あれ……終わったの?」
「ああ、もう夕方だ。夕飯食べに行くか」
「うん。でも、終わった仕事、正式に現像しに行ったりしなくていいの?」
 沙織が尋ねる。
「こっちは三次審査の集計の頃で全然平気だから。最悪、出さなくたっていいし。ただ、カメラマンがどれだけいい写真を撮れたかっていう、どうでもいい審査だからな。あってもなくてもいいんだよ」
「え、じゃあどうして、寝る間を惜しんでまでやってるの?」
「そりゃあ、事務所としてはおまえの写真は必要だし、俺は仕事をずるずる引っ張るのが嫌いなんだよ。ほら、行くぞ」
 そう言って、鷹緒はスタジオを出ていく。沙織も慌ててついていった。
「あーあ。太陽逃したな……」
 夕暮れの街を見ながら、鷹緒が呟く。
「本当。私も休みを逃したな」
「だから、ここにいてもつまらないって言ったろ」
「いいの!」
 沙織は、鷹緒のそばに居られる幸せを感じていた。他愛もないこの時間が好きだった。


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