「乾杯!」 三人は酒を交わしながら、食事を始める。 「でも、本当に久しぶりだよな。もう何年? 五年くらいになるかな。茜ちゃんがいなくなって寂しかったよ」 広樹が言った。茜も笑って頷く。 「私もですよ、ヒロさん。パパを追いかけてニューヨークに行ったはいいけど、パパはパパで厳しいし、娘のことなんてお構いなしなんだもん。波乱の人生を送ってましたよ」 「親父さん、元気なのか? まあ、この間電話あった時は、相変わらずみたいだったけど」 今度は鷹緒が言った。三人は共通の話題で盛り上がる。 「うん、もう超元気。そうそう、鷹緒さんに電話するなら、私が居る時にしてくれればいいのにね」 「ご冗談を」 久々に会った三人に笑いが絶えることはなく、夜中まで飲んでいた。
「うーん……」 「おい、広樹。大丈夫かよ?」 広樹を担ぎながら、鷹緒が言った。 「うん。気持ち悪い……」 「ったく。弱いくせに、飲み過ぎなんだよ」 そう言って、鷹緒はタクシーを止める。 「大丈夫か? 行き先言えるな?」 「うん……おやすみー」 タクシーへと乗り込んだ広樹は、陽気に手を振って去っていった。 鷹緒は溜息をついて振り向くと、今度は茜が電信柱に寄りかかって眠っている。 「ったく、どいつもこいつも……」 うんざり顔の鷹緒は、茜に駆け寄る。 「おい、茜。こんなところで寝るな」 「わーい。鷹緒さーん!」 酔った茜が、鷹緒に抱きついて言った。 「帰国早々問題児だな、おまえは……ホテルどこだよ? タクシー拾うから」 「ホテル? そんなの取ってないよ」 「え、だって、しばらくこっちにいるんだろう? どこかアテでも……」 「鷹緒さんちー」 「アホか」 酔って絡む茜を立たせながら、鷹緒が言う。 「だって広いじゃん」 「関係ないし」 「じゃあなに? 女の子一人、路頭に迷えっての?」 「逆ギレすんなよ」 茜は、そのまま眠ってしまった。 「おい。起きろって!」 「うーん……」 「まったく、どうすりゃいいんだよ……」 鷹緒は溜息をつきながら、仕方なくタクシーを拾い、茜を連れて自分のマンションへと向かっていった。
「ほら、着くぞ」 タクシーの中で、鷹緒が言った。 「ん、ここは?」 茜が目を覚まして尋ねる。 「俺んち。でも、一泊だけだからな」 「わーい。鷹緒さんち! 久しぶり。まだここなんだ」 見覚えのあるマンションに、茜が笑う。少し寝たからか、もう酒はだいぶ抜けた様子だ。 二人はタクシーから降りると、マンションへと入っていく。 「あと、騒ぐなよ」 「なによ。女囲ってるわけでもあるまいし」 「隣に沙織がいるんだよ」 「沙織って……鷹緒さんの親戚っていう?」 「そう。シンコン終わるまで、ここに置いてんだよ。実家、少し遠いから」 そう言って、鷹緒は部屋の鍵を開けた。 「わあ。変わってない! 鷹緒さんの部屋だ」 リビングまで駆け込んで、茜が言う。 「だから、騒ぐなって……」 そう言う鷹緒に、茜が抱きついた。 「……まだ酔ってんのか?」 「違う。私、今でも鷹緒さんのことが好きだよ……」 真っ直ぐな目で茜が言った。鷹緒も眼鏡を通して、茜を無言のまま見つめる。 「……」 「もう私、二十五だよ。前に鷹緒さん、“今の俺と同じ年になったらつき合うの考える”って言ってたよね? あの頃の鷹緒さんの年、もうとっくに越したよ」 「……確かに、おまえは大人になったよ」 「……鷹緒さん……」 茜は、鷹緒の眼鏡を取った。 「なにすんだよ」 「いいじゃない。どうせ伊達でしょ? 前みたいに、私を見てよ」 そう言って、茜は鷹緒にキスをしようとする。 その時、リビングのドアがノックされ、鷹緒は茜から離れた。途端に、茜は持っていた鷹緒の眼鏡を落とし、鷹緒が踏んでしまった。 「イテッ……」 割れた眼鏡が、床にある。だが鷹緒はそれ以上、何も言おうとしない。そんな鷹緒を尻目に、茜がリビングのドアを開けた。 「ハーイ」 茜がドアを開けたので、向こう側にいた沙織は驚いた。 「茜さん……」 「そんなびっくりした顔しないで。まあ、確かにいいところではあったんだけど、やましいことは何もないから。さあさあ、入って」 ドアを大きく開けて、茜が言う。 「勝手に決めんな……沙織、何か用か?」 ソファに座りながら、鷹緒が尋ねる。 「あ……うん。シンコンのことで、もうすぐ三次審査だから、いろいろ聞こうと思って……」 長めの前髪に隠れながらも、鷹緒の顔に眼鏡がないので、沙織は興味深そうに鷹緒を見つめている。 「三次はカメラテストだけだし、大して頑張りようがないよ……まあ、俺に任せとけって」 軽く頭を掻きながら、鷹緒が答えた。 「うん……」 「じゃあ、沙織ちゃん。私と語り合おうよ。シンコンについて、いろいろ教えてあげる! 私、ホテル取ってなくてさ。今日だけ鷹緒さんのところにお世話になろうかって考えてたの。前も遅くなって、ここでみんなで雑魚寝なんてよくあったし。そんな顔しないで、気にしないでちょうだいよ」 弾まない会話を遮って、茜が言った。 「それより、沙織ちゃんが隣なんて助かる。ねえ、よかったらそっちに泊めてくれない? やっぱ男女が同じ屋根の下ってのはまずいと思うんだよね。ほら私ってば、前より色っぽくなってるからさ。鷹緒さんもドキドキしちゃうでしょ? 沙織ちゃんさえよければ、シンコン終わるまで……」 「茜。なに勝手に決めてんだよ」 どこまでも続きそうな茜のマシンガントークに、鷹緒が言う。 「もちろん、沙織ちゃんが嫌って言えばしょうがないもん。どうする? 私をそっちで寝かせるか、鷹緒さんと添い寝させるか」 少し挑発するように、茜が言った。 「誰が添い寝だ……床で寝ろ」 うんざりしながらもそう言う鷹緒だが、茜と仲が良いということは一目瞭然である。沙織は静かに口を開いた。 「……私は構わないですけど……」 「やった! じゃ、鷹緒さん。また明日」 茜はそう言うと、沙織を連れて鷹緒の部屋を出ていった。 「ったく。本当に、いつまでたっても豆台風だな……」 鷹緒は、溜息混じりにそう言った。
「ねえ。沙織ちゃんも、鷹緒さんのことが好きなんだね!」 隣のリビングで、ソファに座りながら茜が言った。沙織は小さく頷く。 「茜さんも……ですよね?」 「そう。私はもうずっと、鷹緒さん一筋よ。じゃあ、私たちライバルか……でも、私はオトナだし、待つのには慣れてるの。沙織ちゃんは沙織ちゃんで頑張ってね。私は私のやり方で口説く!」 すごい勢いで茜が言うので、それがおかしく思えて、沙織が笑った。 「あ、笑った。可愛い」 「もう、茜さんったら」 「私ね、うるさいかもしれないけど、気持ちは沙織ちゃんと一緒だから。だから、一緒に頑張ろうね……」 思いまぶたに、茜はそのままソファに横になると、すぐに眠りについていた。 沙織は、一瞬で寝入ってしまった茜に苦笑すると、毛布をかけてやり、寝室へと向かっていく。同じ恋のライバルだが、憎めない人だと思った。
鷹緒は割れた眼鏡を拾うと、ソファに座ってそれを見つめた。片方のレンズが完全に割れている。前に豪とやり合った時にもフレームがひしゃげてしまっていたので、今回ばかりは再起不能なようだ。大して目が悪いわけでもないが、思えば十年以上かけているその眼鏡は、生活の一部になっている。 「はあ……」 溜息をついて、鷹緒は棚に眼鏡をしまった。 「ったく、豆台風が……」 そう呟いた時、リビングのドアがノックされた。鷹緒は返事をする。 「……はい」 「わ・た・し……」 茜の声が聞こえる。 「……そちらのドアは、現在封鎖されております」 冷めた目で、鷹緒はリビングのドアを見つめながら言った。すると勢いよくドアが開き、茜が入ってきた。
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