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作品名:FLASH 作者:KANASHI

第42回   豆台風のお越し
「乾杯!」
 三人は酒を交わしながら、食事を始める。
「でも、本当に久しぶりだよな。もう何年? 五年くらいになるかな。茜ちゃんがいなくなって寂しかったよ」
 広樹が言った。茜も笑って頷く。
「私もですよ、ヒロさん。パパを追いかけてニューヨークに行ったはいいけど、パパはパパで厳しいし、娘のことなんてお構いなしなんだもん。波乱の人生を送ってましたよ」
「親父さん、元気なのか? まあ、この間電話あった時は、相変わらずみたいだったけど」
 今度は鷹緒が言った。三人は共通の話題で盛り上がる。
「うん、もう超元気。そうそう、鷹緒さんに電話するなら、私が居る時にしてくれればいいのにね」
「ご冗談を」
 久々に会った三人に笑いが絶えることはなく、夜中まで飲んでいた。

「うーん……」
「おい、広樹。大丈夫かよ?」
 広樹を担ぎながら、鷹緒が言った。
「うん。気持ち悪い……」
「ったく。弱いくせに、飲み過ぎなんだよ」
 そう言って、鷹緒はタクシーを止める。
「大丈夫か? 行き先言えるな?」
「うん……おやすみー」
 タクシーへと乗り込んだ広樹は、陽気に手を振って去っていった。
 鷹緒は溜息をついて振り向くと、今度は茜が電信柱に寄りかかって眠っている。
「ったく、どいつもこいつも……」
 うんざり顔の鷹緒は、茜に駆け寄る。
「おい、茜。こんなところで寝るな」
「わーい。鷹緒さーん!」
 酔った茜が、鷹緒に抱きついて言った。
「帰国早々問題児だな、おまえは……ホテルどこだよ? タクシー拾うから」
「ホテル? そんなの取ってないよ」
「え、だって、しばらくこっちにいるんだろう? どこかアテでも……」
「鷹緒さんちー」
「アホか」
 酔って絡む茜を立たせながら、鷹緒が言う。
「だって広いじゃん」
「関係ないし」
「じゃあなに? 女の子一人、路頭に迷えっての?」
「逆ギレすんなよ」
 茜は、そのまま眠ってしまった。
「おい。起きろって!」
「うーん……」
「まったく、どうすりゃいいんだよ……」
 鷹緒は溜息をつきながら、仕方なくタクシーを拾い、茜を連れて自分のマンションへと向かっていった。

「ほら、着くぞ」
 タクシーの中で、鷹緒が言った。
「ん、ここは?」
 茜が目を覚まして尋ねる。
「俺んち。でも、一泊だけだからな」
「わーい。鷹緒さんち! 久しぶり。まだここなんだ」
 見覚えのあるマンションに、茜が笑う。少し寝たからか、もう酒はだいぶ抜けた様子だ。
 二人はタクシーから降りると、マンションへと入っていく。
「あと、騒ぐなよ」
「なによ。女囲ってるわけでもあるまいし」
「隣に沙織がいるんだよ」
「沙織って……鷹緒さんの親戚っていう?」
「そう。シンコン終わるまで、ここに置いてんだよ。実家、少し遠いから」
 そう言って、鷹緒は部屋の鍵を開けた。
「わあ。変わってない! 鷹緒さんの部屋だ」
 リビングまで駆け込んで、茜が言う。
「だから、騒ぐなって……」
 そう言う鷹緒に、茜が抱きついた。
「……まだ酔ってんのか?」
「違う。私、今でも鷹緒さんのことが好きだよ……」
 真っ直ぐな目で茜が言った。鷹緒も眼鏡を通して、茜を無言のまま見つめる。
「……」
「もう私、二十五だよ。前に鷹緒さん、“今の俺と同じ年になったらつき合うの考える”って言ってたよね? あの頃の鷹緒さんの年、もうとっくに越したよ」
「……確かに、おまえは大人になったよ」
「……鷹緒さん……」
 茜は、鷹緒の眼鏡を取った。
「なにすんだよ」
「いいじゃない。どうせ伊達でしょ? 前みたいに、私を見てよ」
 そう言って、茜は鷹緒にキスをしようとする。
 その時、リビングのドアがノックされ、鷹緒は茜から離れた。途端に、茜は持っていた鷹緒の眼鏡を落とし、鷹緒が踏んでしまった。
「イテッ……」
 割れた眼鏡が、床にある。だが鷹緒はそれ以上、何も言おうとしない。そんな鷹緒を尻目に、茜がリビングのドアを開けた。
「ハーイ」
 茜がドアを開けたので、向こう側にいた沙織は驚いた。
「茜さん……」
「そんなびっくりした顔しないで。まあ、確かにいいところではあったんだけど、やましいことは何もないから。さあさあ、入って」
 ドアを大きく開けて、茜が言う。
「勝手に決めんな……沙織、何か用か?」
 ソファに座りながら、鷹緒が尋ねる。
「あ……うん。シンコンのことで、もうすぐ三次審査だから、いろいろ聞こうと思って……」
 長めの前髪に隠れながらも、鷹緒の顔に眼鏡がないので、沙織は興味深そうに鷹緒を見つめている。
「三次はカメラテストだけだし、大して頑張りようがないよ……まあ、俺に任せとけって」
 軽く頭を掻きながら、鷹緒が答えた。
「うん……」
「じゃあ、沙織ちゃん。私と語り合おうよ。シンコンについて、いろいろ教えてあげる! 私、ホテル取ってなくてさ。今日だけ鷹緒さんのところにお世話になろうかって考えてたの。前も遅くなって、ここでみんなで雑魚寝なんてよくあったし。そんな顔しないで、気にしないでちょうだいよ」
 弾まない会話を遮って、茜が言った。
「それより、沙織ちゃんが隣なんて助かる。ねえ、よかったらそっちに泊めてくれない? やっぱ男女が同じ屋根の下ってのはまずいと思うんだよね。ほら私ってば、前より色っぽくなってるからさ。鷹緒さんもドキドキしちゃうでしょ? 沙織ちゃんさえよければ、シンコン終わるまで……」
「茜。なに勝手に決めてんだよ」
 どこまでも続きそうな茜のマシンガントークに、鷹緒が言う。
「もちろん、沙織ちゃんが嫌って言えばしょうがないもん。どうする? 私をそっちで寝かせるか、鷹緒さんと添い寝させるか」
 少し挑発するように、茜が言った。
「誰が添い寝だ……床で寝ろ」
 うんざりしながらもそう言う鷹緒だが、茜と仲が良いということは一目瞭然である。沙織は静かに口を開いた。
「……私は構わないですけど……」
「やった! じゃ、鷹緒さん。また明日」
 茜はそう言うと、沙織を連れて鷹緒の部屋を出ていった。
「ったく。本当に、いつまでたっても豆台風だな……」
 鷹緒は、溜息混じりにそう言った。

「ねえ。沙織ちゃんも、鷹緒さんのことが好きなんだね!」
 隣のリビングで、ソファに座りながら茜が言った。沙織は小さく頷く。
「茜さんも……ですよね?」
「そう。私はもうずっと、鷹緒さん一筋よ。じゃあ、私たちライバルか……でも、私はオトナだし、待つのには慣れてるの。沙織ちゃんは沙織ちゃんで頑張ってね。私は私のやり方で口説く!」
 すごい勢いで茜が言うので、それがおかしく思えて、沙織が笑った。
「あ、笑った。可愛い」
「もう、茜さんったら」
「私ね、うるさいかもしれないけど、気持ちは沙織ちゃんと一緒だから。だから、一緒に頑張ろうね……」
 思いまぶたに、茜はそのままソファに横になると、すぐに眠りについていた。
 沙織は、一瞬で寝入ってしまった茜に苦笑すると、毛布をかけてやり、寝室へと向かっていく。同じ恋のライバルだが、憎めない人だと思った。

 鷹緒は割れた眼鏡を拾うと、ソファに座ってそれを見つめた。片方のレンズが完全に割れている。前に豪とやり合った時にもフレームがひしゃげてしまっていたので、今回ばかりは再起不能なようだ。大して目が悪いわけでもないが、思えば十年以上かけているその眼鏡は、生活の一部になっている。
「はあ……」
 溜息をついて、鷹緒は棚に眼鏡をしまった。
「ったく、豆台風が……」
 そう呟いた時、リビングのドアがノックされた。鷹緒は返事をする。
「……はい」
「わ・た・し……」
 茜の声が聞こえる。
「……そちらのドアは、現在封鎖されております」
 冷めた目で、鷹緒はリビングのドアを見つめながら言った。すると勢いよくドアが開き、茜が入ってきた。


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