「話は終わったの?」 牧が茜に尋ねる。二人は以前、同時期に同じ事務所で働いていたために、仲が良い。 「うん。牧ちゃん、本当に久しぶりだね」 大胆に笑って茜が言う。茜のおかげで、いつも忙しく騒然としている事務所は、違う意味で明るく騒がしくなる。 「もう。いつも突然なんだから……」 「あはは。ごめん、ごめん。たまに日本に帰りたくなるのよね……」 お茶を受け取りながら、茜が言った。その時、茜と理恵の目が合った。 「理恵さん。お久しぶりです」 座り直して、茜が言う。 「ええ。本当に……」 「豪さんと寄り戻ったそうですね。今、鷹緒さんに聞きました」 図々しい口調でそう言った茜に、理恵は苦笑した。 「あはは……うん、まあね……」 「ラッキー! 本格的に、強力キャラがいなくなったのね!」 「もう、茜ちゃんったら、相変わらずね。まだ鷹緒さんのこと好きなの?」 「当然! 出会った頃から好きだったんだもん。あら、こちらは?」 牧の言葉を受けた茜が、沙織を見て尋ねる。 「小澤沙織ちゃん。今度のシンコン候補者よ。ついでに、鷹緒さんの親戚」 鷹緒の親戚と聞いて、茜の目が輝いた。 「マジ? 鷹緒さんの親戚かあ。あの人にもそういう人がいたのね……はじめまして。私、三崎茜といいます。よろしくね」 可愛い笑顔で、茜が言った。 「……小澤沙織です。よろしくお願いします」 茜の勢いに呆気を取られながらも、沙織も挨拶をする。そんな沙織の手を取って、茜が握手をした。 「さすが鷹緒さんの親戚。可愛い!」 「あ、ありがとうございます……」 「実は私もね、シンコン出たことあるんだよ」 「え、本当ですか?」 茜の言葉に、沙織が驚いて言った。そばにいた牧が頷く。 「そうだったわね。茜ちゃん、グランプリ取ったんだっけ?」 「過去の栄光だけどね……今みたいに、全然グレード高くないし」 「いつ頃の話ですか?」 沙織が尋ねる。茜は少し照れながら、口を開いた。 「十七の頃だから、八年前か。うわ。年取ったな……」 「へえ。十七歳……」 二人はしばらくシンコンについて話した。沙織は茜から聞く審査の内容などで、少しずつ緊張したり、気持ちが和らいだりするのだった。 「そろそろ事務所閉めなきゃね……ヒロさん、まだかしら」 しばらくして、理恵が言った。牧は時計を見て頷く。 「そうですね。今日は得意先周りやるって張り切ってましたけど、もうそろそろじゃないかしら」 「あの人、意外と外回り好きなのよね」 一同は、理恵の言葉に笑った。その時、広樹が戻ってきた。 「あ、ヒロさんすごい。以心伝心!」 茜が叫んだ。茜に気付いて、広樹が駆け寄る。 「おお、茜ちゃん。ずいぶん早かったじゃない。夜になると思ってたよ」 「なんだ。ヒロさん、茜ちゃんが来ること知ってたんですか?」 「うん、電話もらってたからね。バタバタしちゃって言いそびれてたよ。鷹緒とは会ったの?」 牧の言葉を受け、広樹が茜に尋ねる。茜は頷いた。 「さっき、ちょこっとだけ」 「あははは。その様子じゃ、また冷たくされたね?」 「いいんです。優しいくせにクールなところがカッコイイんだから」 茜の言葉に、広樹が苦笑する。 「あいつもモテるなあ……さて、着いて早々だけど、事務所閉めようか。僕はまだ仕事が残ってるから、みんな先に帰っていいよ」 「じゃあヒロさん、私も残っていいですか?」 茜が尋ねる。 「鷹緒を待つつもり? 頑張るねえ」 「待ってるって、約束したんです」 「あはは。もちろんいいよ。僕もいろいろ話したいし」 「はい」 広樹の言葉に、茜はソファに座り直した。 「ヒロさん。沙織ちゃん、ずっと待ってたんですよ。はい、これ」 理恵が、二次審査の合格通知を広樹に渡して言う。 「ごめん、ごめん。合格通知だね! まあ、ここまでは想定内だ。三次審査は……来週か。ラストスパートかけなきゃね」 「はい」 沙織も笑顔で返事した。 「じゃあ、我々は帰りましょうか」 理恵が、沙織と牧に言う。 「はい。じゃあ、お先に失礼します」 理恵と牧は、事務所を後にした。沙織は、鷹緒を待つという茜のことが気になりながらも、理恵たちについて事務所を出ていった。
「茜ちゃんのパワーは、相変わらずね……」 外に出るなり、理恵が言った。 「でも彼女がいると、事務所の空気が一気に明るくなるんですよね……じゃあ、私はここで。また明日」 牧はそう言うと、別方向へと走っていった。沙織と理恵は、駅へと歩いていく。 歩きながら、沙織は苦笑して口を開いた。 「茜さん、鷹緒さんのことが好きなんですね。すごい勢いで、びっくりしちゃった……」 「うん。あの子の情熱はすごいわよ。まあ、若いってそういうことなのかな……私も彼と初めて会った頃は、あんな風にはしゃいでたもん。でも、茜ちゃんは一途よね。私と結婚してた頃から、あんな調子だったから」 「へえ……」 「でも、あんまり気にすることないわよ。彼とあの子は、漫才コンビって言われてたんだから」 「あはは。なんか、わかる気がする……」 笑ってそう言いながらも、沙織は茜のことが気になっていた。
事務所では、机に向かう広樹に、茜がお茶を差し出した。 「ありがとう」 「いいえ」 二人が笑顔で会話をする。 「相変わらず、お仕事大変そうですね」 「うーん、まあね。でも、事務所も拡大しちゃったし、頑張らないと」 「……ヒロさん。どうして理恵さんを副社長にしたんですか?」 茜が尋ねる。 「どうしてって……」 「鷹緒さんの気持ち、考えなかったんですか? 一緒にいて、平気なはずないのに……」 突然、必死の顔になった茜に、広樹は静かに微笑む。 「うん……それは僕も考えたよ。だけどお互いによく話し合ったし、それは大丈夫だと信じたい……それに、理恵ちゃんは他の事務所で経験も積んできてるし、事務所拡大には必要な人材だと思ってるよ」 「……」 「まあ、君もしばらくは鷹緒と一緒に居られるじゃない。また事務所が明るくなって嬉しいよ」 「ヒロさん……」 「もう少しで仕事終わるよ。鷹緒も、そろそろ帰ってくるんじゃないかな」 「……邪魔してごめんなさい」 そう言うと、茜は応接スペースへと戻っていった。茜は、鷹緒が理恵と一緒にいることが辛かった。
「ただいま……」 鷹緒が事務所に戻ると、応接スペースで眠る茜の姿が見えた。苦笑しながら、鷹緒は奥へと進む。 「ったく、これだよ」 「おかえり」 そう言った広樹に頷き、鷹緒は自分のデスクに置かれた伝言などに目を通す。 「ああ。まだ仕事?」 「もう終わったよ。シンコンの資料を読んでたところ。そっちは?」 「見ての通り。俊二も先に返したし。さあ、飯食いに行こうぜ。腹減って死にそう」 鷹緒はそう言うと、帰り支度を始める。 「ああ。でも茜ちゃん、寝てるみたいだな」 「疲れてんだろ。アメリカ帰りだからな」 「じゃあ、起こしたら可哀想だよ」 「それじゃあ朝まで起きねえぞ、あいつ」 「あはは、言えてる」 二人は笑いながらも、すぐに真剣な顔をした。 「……いよいよだな」 広樹が言った。 「まだまだ。シンコンは、これからだからな」 鷹緒は小さく溜息をついて、茜に声をかけた。 「茜。飯食いに行くぞ。おい!」 なかなか起きようとしない茜に、怒鳴るように鷹緒が言う。 「うーん……」 「早くしないと、置いてくぞ」 「あ、待って!」 やっと気付いて、茜が飛び起きた。広樹は苦笑する。 「もう。寝かせといてあげればいいのに」 「だから、そうしたら朝まで起きないっての。ほら行くぞ」 「はーい!」 三人は、近くの居酒屋へと向かっていった。
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