その夜、沙織をマンションまで届けた理恵は、マンションの玄関で、帰ってきたばかりの鷹緒と出会った。 「……今、帰り?」 鷹緒が尋ねた。 「うん。今、沙織ちゃん送り届けて……鷹緒も今、帰り?」 「見ての通り」 コンビニ袋を見せて、鷹緒が言った。そんな鷹緒に、理恵は苦笑する。 「またコンビニ弁当で済ませてるの?」 「おまえ、知らないな。今のコンビニ弁当は、家で食うよりよっぽどバランスいいんだぞ」 「またそうやって、屁理屈言って……」 「正論だ」 二人は笑った。 「……鷹緒。仕事のことで、ちょっと話があるんだけど……」 突然、理恵が言った。 「いいけど……じゃあ、家まで送ろうか。車の中でいいだろ?」 「うん……」 二人は駐車場へと向かい、車へと乗り込んだ。 「で、話ってなに?」 動き出した車の中で、鷹緒が尋ねる。 「うん。沙織ちゃんのことなんだけど……」 「沙織がなにか?」 予想外の話の内容だったので、鷹緒が驚いて尋ねる。 「気付いてる? 沙織ちゃんの気持ち……」 理恵がズバリを言った。理恵はそう言って、鷹緒の横顔を見つめる。 鷹緒は口を濁すように、軽く鼻を掻いて生返事をした。 「……ああ……うん……」 「そう……気付いてるのね?」 その言葉に、鷹緒は小さく息を吐く。 「気付いてるっていうか……よくある十代の馴れ合いだと思ってたけど……他になにかあるの?」 沙織が鷹緒に恋をしているということは、鷹緒も薄々感づいていたのだった。だがそれが本気の恋かどうかまでは、恋愛に疎い鷹緒にはわからない。 「沙織ちゃん、純粋なのよ。だから、いちいちあなたのすることに反応してる……このままだと、あなたの一言で潰れちゃったりすると思うの……」 「……だから、何事もないようにって?」 「まあ、そうね」 「面倒臭いなあ……」 理恵の言葉に、鷹緒が溜息をつきながら言う。 「そう言わないで。シンコンまで間もないんだから」 「……わかったよ」 そう返事をして、鷹緒は煙草に火をつけ、話題を変える。 「どうだった? 取材は」 「ああ、うん。記者の方も気に入ってくれたみたいで、ノリがよかったわ」 「そう。よかった」 「……沙織ちゃんに、いろいろ聞かれたわ。全部話した……」 「全部って?」 プライベートの話題に戻した理恵に、鷹緒が尋ねた。 「豪のこととか、恵美のこととか……恵美ね、自分から沙織ちゃんに言ったんですって。鷹緒とは血が繋がってないって」 「……ふうん。そう……」 「……鷹緒は恋人を作らないの?」 その質問に、鷹緒は大きく煙を吐く。 「なんで? 自分が落ち着いたら、俺の恋愛事情に首突っ込みたくなったの?」 「ごめんなさい……」 「……そっちこそ、どうなんだよ」 眉をしかめながら、鷹緒が言った。 「うん、もう大丈夫……私だって、あれから少しは大人になったもん。恵美だっているし。これからは、豪ともちゃんと向き合って、つき合っていくつもり……」 「ふうん……」 「……鷹緒が、また背中押してくれたんだよね。だからもう、鷹緒には迷惑かけないようにする」 「……あっそ」 鷹緒は煙草を消すと、流れる景色を見つめた。
鷹緒は部屋に戻ると、煽るように酒を飲んだ。なんだか空しい思いがする。 すると、リビングのドアがノックされた。 「……どうぞ」 鷹緒がそう返事をすると、ひょっこりと沙織が顔を覗かせる。 「……入ってもいい?」 「うん……」 頷く鷹緒の前に、すかさず沙織が座る。目の前の沙織を見つめて、鷹緒が口を開いた。 「なに?」 「ちょっと眠れなくて。話してもいい?」 「ああ、いいよ……」 沙織の言葉に、溜息交じりで鷹緒が返事をする。 「なんだか嫌そう……」 「そんなことねえよ……冷蔵庫に何かあると思うから、飲み物持ってこいよ」 「うん」 沙織は立ち上がって、冷蔵庫を覗く。缶コーヒーやビールがゴロゴロしている中、パックのお茶などもある。缶コーヒーを取って、沙織はリビングへと戻っていった。 「ここの家、缶コーヒーはやたらあるね」 「ハハ。夜起きてることが多いからな。たまにまとめ買いするんだ。事務所の差し入れを貰うこともあるし」 「へえ」 「どう? シンコン二次審査、もうすぐじゃん」 「覚悟は出来たから、前進あるのみ!」 「おお。頼もしい」 二人は笑った。 「鷹緒さん。あのね、シンコンが終わったら、聞いて欲しいことがあるの……」 改まって、沙織が言った。 「……なに?」 「……その時になったら言う。だから、聞いてくれる?」 遠まわしに、愛の告白であった。 「ああ。いいよ……」 その言葉にホッとした様子の沙織は、急に笑顔になる。 「よかった。じゃあ私、シンコン頑張るからね。ちゃんと見ててね」 「ああ。見てるよ」 「うん。じゃあ、戻るね。おやすみ」 「おやすみ。早く寝ろよ」 「うん」 そのまま沙織は、自分の部屋へと戻っていった。 沙織は、間違いなく鷹緒に告白しようとしていた。だが今はオーディションも控えているため、そんな勇気までは出ない。ただ、昼間に理恵から事実を聞いて、沙織の思いは膨れ上がっていた。鷹緒の不器用なまでの優しさが、理恵を通して痛いほど伝わる。どうしても、自分の想いを伝えたいと思った。 一人になった鷹緒は眼鏡を外し、ソファにぐったりと横になった。ここ数日、内山のことで気持ちが張り詰めた状態になり、疲れているのも事実である。鷹緒はそのまま眠りについた。
それから数日後。沙織はシンデレラコンテストの二次審査へ向かった。 二次審査は、審査員による面接だ。緊迫した空気の中、たくさんの少女が順番を待っている。中にはテレビで見たことのあるタレントもいる。沙織は少し自信を失くして俯いた。 その時、持っていたカバンの中で、携帯電話のバイブが震えた。 「沙織ちゃん。電源は切ってって言ったじゃない」 隣に居た理恵が言った。理恵もまた、今日ばかりは少しピリピリしている。 「ごめんなさい」 慌てて沙織が携帯電話を見ると、着信は鷹緒からだった。 「もしもし!」 すごい勢いで、沙織が電話に出る。 『おう、元気そうだな。調子はどう?』 いつもと変わらぬ鷹緒の声が聞こえる。その声を聞いて、沙織の心は落ち着いた。 「うん、平気……今、順番待ってるところ」 『そうか。どう? 雰囲気は』 「うん。何か、場違いって感じ……」 『ハハハ。それはみんな思ってるだろうよ。自信持っていけよ』 「う、うん……」 『大丈夫か?』 鷹緒の優しさが、沙織の心を軽くする。声を聞けば聞くだけ、勇気が出る気がした。 「うん。大丈夫……心配してかけてくれたの?」 『そりゃあ、まあな……おまえだったら、いつも通りで大丈夫だと思うから。三次審査に俺もいることだし、気持ち楽にして頑張れよ』 その言葉は、沙織を芯から支えるように、強くさせる。 「ありがとう……」 『じゃあ俺、出先だから……』 「うん。ありがとう」 『ああ。じゃあな』 そこで電話は切れた。沙織は嬉しさに微笑む。そんな様子を見て、理恵が口を開いた。 「鷹緒さんから?」 「はい。頑張れって……」 「そう。じゃあ、頑張らなきゃね」 「はい」 沙織は何かを吹っ切ったように、面接の順番を待った。
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