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作品名:FLASH 作者:KANASHI

第39回   二次審査
 その夜、沙織をマンションまで届けた理恵は、マンションの玄関で、帰ってきたばかりの鷹緒と出会った。
「……今、帰り?」
 鷹緒が尋ねた。
「うん。今、沙織ちゃん送り届けて……鷹緒も今、帰り?」
「見ての通り」
 コンビニ袋を見せて、鷹緒が言った。そんな鷹緒に、理恵は苦笑する。
「またコンビニ弁当で済ませてるの?」
「おまえ、知らないな。今のコンビニ弁当は、家で食うよりよっぽどバランスいいんだぞ」
「またそうやって、屁理屈言って……」
「正論だ」
 二人は笑った。
「……鷹緒。仕事のことで、ちょっと話があるんだけど……」
 突然、理恵が言った。
「いいけど……じゃあ、家まで送ろうか。車の中でいいだろ?」
「うん……」
 二人は駐車場へと向かい、車へと乗り込んだ。
「で、話ってなに?」
 動き出した車の中で、鷹緒が尋ねる。
「うん。沙織ちゃんのことなんだけど……」
「沙織がなにか?」
 予想外の話の内容だったので、鷹緒が驚いて尋ねる。
「気付いてる? 沙織ちゃんの気持ち……」
 理恵がズバリを言った。理恵はそう言って、鷹緒の横顔を見つめる。
 鷹緒は口を濁すように、軽く鼻を掻いて生返事をした。
「……ああ……うん……」
「そう……気付いてるのね?」
 その言葉に、鷹緒は小さく息を吐く。
「気付いてるっていうか……よくある十代の馴れ合いだと思ってたけど……他になにかあるの?」
 沙織が鷹緒に恋をしているということは、鷹緒も薄々感づいていたのだった。だがそれが本気の恋かどうかまでは、恋愛に疎い鷹緒にはわからない。
「沙織ちゃん、純粋なのよ。だから、いちいちあなたのすることに反応してる……このままだと、あなたの一言で潰れちゃったりすると思うの……」
「……だから、何事もないようにって?」
「まあ、そうね」
「面倒臭いなあ……」
 理恵の言葉に、鷹緒が溜息をつきながら言う。
「そう言わないで。シンコンまで間もないんだから」
「……わかったよ」
 そう返事をして、鷹緒は煙草に火をつけ、話題を変える。
「どうだった? 取材は」
「ああ、うん。記者の方も気に入ってくれたみたいで、ノリがよかったわ」
「そう。よかった」
「……沙織ちゃんに、いろいろ聞かれたわ。全部話した……」
「全部って?」
 プライベートの話題に戻した理恵に、鷹緒が尋ねた。
「豪のこととか、恵美のこととか……恵美ね、自分から沙織ちゃんに言ったんですって。鷹緒とは血が繋がってないって」
「……ふうん。そう……」
「……鷹緒は恋人を作らないの?」
 その質問に、鷹緒は大きく煙を吐く。
「なんで? 自分が落ち着いたら、俺の恋愛事情に首突っ込みたくなったの?」
「ごめんなさい……」
「……そっちこそ、どうなんだよ」
 眉をしかめながら、鷹緒が言った。
「うん、もう大丈夫……私だって、あれから少しは大人になったもん。恵美だっているし。これからは、豪ともちゃんと向き合って、つき合っていくつもり……」
「ふうん……」
「……鷹緒が、また背中押してくれたんだよね。だからもう、鷹緒には迷惑かけないようにする」
「……あっそ」
 鷹緒は煙草を消すと、流れる景色を見つめた。

 鷹緒は部屋に戻ると、煽るように酒を飲んだ。なんだか空しい思いがする。
 すると、リビングのドアがノックされた。
「……どうぞ」
 鷹緒がそう返事をすると、ひょっこりと沙織が顔を覗かせる。
「……入ってもいい?」
「うん……」
 頷く鷹緒の前に、すかさず沙織が座る。目の前の沙織を見つめて、鷹緒が口を開いた。
「なに?」
「ちょっと眠れなくて。話してもいい?」
「ああ、いいよ……」
 沙織の言葉に、溜息交じりで鷹緒が返事をする。
「なんだか嫌そう……」
「そんなことねえよ……冷蔵庫に何かあると思うから、飲み物持ってこいよ」
「うん」
 沙織は立ち上がって、冷蔵庫を覗く。缶コーヒーやビールがゴロゴロしている中、パックのお茶などもある。缶コーヒーを取って、沙織はリビングへと戻っていった。
「ここの家、缶コーヒーはやたらあるね」
「ハハ。夜起きてることが多いからな。たまにまとめ買いするんだ。事務所の差し入れを貰うこともあるし」
「へえ」
「どう? シンコン二次審査、もうすぐじゃん」
「覚悟は出来たから、前進あるのみ!」
「おお。頼もしい」
 二人は笑った。
「鷹緒さん。あのね、シンコンが終わったら、聞いて欲しいことがあるの……」
 改まって、沙織が言った。
「……なに?」
「……その時になったら言う。だから、聞いてくれる?」
 遠まわしに、愛の告白であった。
「ああ。いいよ……」
 その言葉にホッとした様子の沙織は、急に笑顔になる。
「よかった。じゃあ私、シンコン頑張るからね。ちゃんと見ててね」
「ああ。見てるよ」
「うん。じゃあ、戻るね。おやすみ」
「おやすみ。早く寝ろよ」
「うん」
 そのまま沙織は、自分の部屋へと戻っていった。
 沙織は、間違いなく鷹緒に告白しようとしていた。だが今はオーディションも控えているため、そんな勇気までは出ない。ただ、昼間に理恵から事実を聞いて、沙織の思いは膨れ上がっていた。鷹緒の不器用なまでの優しさが、理恵を通して痛いほど伝わる。どうしても、自分の想いを伝えたいと思った。
 一人になった鷹緒は眼鏡を外し、ソファにぐったりと横になった。ここ数日、内山のことで気持ちが張り詰めた状態になり、疲れているのも事実である。鷹緒はそのまま眠りについた。

 それから数日後。沙織はシンデレラコンテストの二次審査へ向かった。
 二次審査は、審査員による面接だ。緊迫した空気の中、たくさんの少女が順番を待っている。中にはテレビで見たことのあるタレントもいる。沙織は少し自信を失くして俯いた。
 その時、持っていたカバンの中で、携帯電話のバイブが震えた。
「沙織ちゃん。電源は切ってって言ったじゃない」
 隣に居た理恵が言った。理恵もまた、今日ばかりは少しピリピリしている。
「ごめんなさい」
 慌てて沙織が携帯電話を見ると、着信は鷹緒からだった。
「もしもし!」
 すごい勢いで、沙織が電話に出る。
『おう、元気そうだな。調子はどう?』
 いつもと変わらぬ鷹緒の声が聞こえる。その声を聞いて、沙織の心は落ち着いた。
「うん、平気……今、順番待ってるところ」
『そうか。どう? 雰囲気は』
「うん。何か、場違いって感じ……」
『ハハハ。それはみんな思ってるだろうよ。自信持っていけよ』
「う、うん……」
『大丈夫か?』
 鷹緒の優しさが、沙織の心を軽くする。声を聞けば聞くだけ、勇気が出る気がした。
「うん。大丈夫……心配してかけてくれたの?」
『そりゃあ、まあな……おまえだったら、いつも通りで大丈夫だと思うから。三次審査に俺もいることだし、気持ち楽にして頑張れよ』
 その言葉は、沙織を芯から支えるように、強くさせる。
「ありがとう……」
『じゃあ俺、出先だから……』
「うん。ありがとう」
『ああ。じゃあな』
 そこで電話は切れた。沙織は嬉しさに微笑む。そんな様子を見て、理恵が口を開いた。
「鷹緒さんから?」
「はい。頑張れって……」
「そう。じゃあ、頑張らなきゃね」
「はい」
 沙織は何かを吹っ切ったように、面接の順番を待った。


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