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作品名:FLASH 作者:KANASHI

第34回   過去への扉
「鷹緒……鷹緒ったら!」
 現代――。
 その声に、鷹緒が驚いて目を開けると、そこには理恵が立っている。
「なんだよ。びっくりさせんなよ……」
「何が仕事よ。眠ってたじゃない」
「そうか……?」
 眠い目を擦りながら、鷹緒が大きなあくびをする。
「……今、何時?」
「十一時半……」
 鷹緒の問いかけに、理恵が時計を見て言った。
「どうしたの? あいつは……恵美は?」
「うん……もう帰ったわ」
 理恵は鷹緒を見つめた。鷹緒は椅子に座ったままで、下から理恵を見上げている。
「……それで、なに?」
 沈黙を破って、鷹緒が尋ねた。理恵は重い口を開く。
「私ね、どうしたらいいのかわからなくて……鷹緒とは、終わったってわかってる。だけど職場が一緒だし、恵美のこともずっと気にかけてくれてて、嬉しかった。それで……」
 理恵がそう言いかけた時、鷹緒は椅子から立ち上がった。
「鷹緒……」
「おまえさあ……それ、どういうつもりで言ってんの?」
 心なしか怒った様子の声で、鷹緒は背を向けながら言う。
「え……」
「俺にどうして欲しいんだ? 告白か、後悔か? もう一度つき合うつもりか? 恵美を引き取って欲しいのか? おまえにわからない気持ちが、俺にわかるわけないだろ」
 少し強く、しかし静かにそう言った鷹緒の言葉は、いつになく重く、理恵の心に突き刺さった。
「……ごめん。どうかしてたね、私……」
「違う! 俺はおまえと別れたからって、おまえのことをないがしろにするつもりはないし、避けるつもりもねえよ。おまえの強いところも、弱い部分も知ってるつもりだ。だから、おまえが困った時や、恵美が呼んだら駆けつける。だからおまえも、少しは素直になれよ! おまえがフラフラしてたんじゃ、俺だって……どこへも行けなくなるだろう?」
「鷹緒……」
 鷹緒はいつになく早口で、理恵を見つめていた。理恵は小さく頷く。
「ごめんね……こんな話、鷹緒にするべきじゃないってわかってたんだけど、他に言える人いなくて……」
「それはどうでもいいよ……」
 溜息交じりで、鷹緒が言う。
「……わかってる」
 そう言って、理恵は押し黙る。鷹緒は煙草に火をつけ、半地下の階段に面した窓のそばに立った。
 長い沈黙が、二人を包む。
「……水と油だね。いつまで経っても、私たち……」
 沈黙を破って、理恵がそっとそう言った。
「……そうかもな」
 煙草の煙を吐き、鷹緒が口を開く。
「……理恵」
「鷹緒」
 鷹緒の言葉を避けるように、理恵が呼ぶ。
「鷹緒。私……私ね、やっぱり豪が好きなの……」
 理恵が言った。鷹緒は口を挟む様子もなく、静かに聞いている。
「好きで好きで仕方がないのよ……忘れようとしても、全然忘れられなかった。それどころか日増しに想いが強くなる……こんなこと、鷹緒に話すことじゃないってわかってる。だけど、怖いの……このまま豪を好きでいていいのか。このままじゃ私、おかしくなりそうで……」
 理恵が涙を流しながら、鷹緒の腕を掴んで言った。鷹緒は静かに理恵を離すと、煙草を消して、もといた椅子に座る。
「……理恵?」
 静かに鷹緒が言った。理恵は尚も泣きながら俯いている。
 鷹緒は小さく溜息をつくと、立ち上がって理恵の前へ歩いていった。理恵は泣いているばかりだ。鷹緒はそんな理恵の手を取ると、激しくキスをした。そしてそのまま、テーブルへと倒れ込む。理恵は、拒否することも受け入れることもなく、ただ泣いている。
 少しして、急に理恵がハッとしたように顔を背けた。しかし、鷹緒は尚も続けようとする。
「やっ……嫌だ!」
 理恵はそう言って、鷹緒を突き飛ばして起き上がった。理恵の長い爪が、鷹緒の頬を傷つけている。
「ご、ごめん……」
 理恵が言った。
「……もう帰れよ」
「血が出てる……」
「帰れ。俺はもう、おまえの顔なんて見たくないんだよ……!」
 鷹緒は静かにそう言うと、理恵に背を向けた。
 一瞬、理恵は目を丸くさせると、我に返って小さくお辞儀をする。
「ごめん。ごめんね……」
 そう言うと、理恵はそのまま去っていった。
 理恵が去った後、鷹緒はしばらくその場に立ちすくんでいた。
 唇に触れながら、今の出来事を振り返る。ふと床を見ると、理恵のつけていたつけ爪が一枚落ちていた。壁の鏡を見つめると、左の頬に小さな切り傷がある。鷹緒は俯いた。



 回想――。
「はい、諸星です」
 数年前のある日、電話の受話器を取って、鷹緒がそう言った。
『ヒロだけど』
 相手は、広樹である。
「ああ、なに?」
『またオファーが入ったよ。この間紹介した、デカイ仕事』
「お、マジで? サンキュー」
『でさ、おまえ今日、暇?』
 広樹が尋ねる。
「夜は空いてるけど、なに?」
『この間のギャラも預かってるし、飯でも食いに行かない? 理恵ちゃんも誘ってさ』
「ああ、いいけど……あいつ今、出かけてるんだ。今日は遅くなるらしいから、一緒は無理だな」
『そっか。じゃあ仕方なく、野郎二人で飲むか。七時に駅でいいか?』
「ああ。じゃあ、後でな」
 鷹緒は電話を切り、出かける支度を始めた。

 広樹より早く着いた鷹緒は、駅で広樹を待ちながら、座り込んで煙草に火をつけた。そして、行き交う人並みを見つめながら、持っていたデジタルカメラで、徐にシャッターを切り始める。
 その時だった。ファインダー越しに、鷹緒の目が奪われた。カメラから目を離して立ち上がると、一人の女性が立ちすくんでいる。理恵であった。隣には内山がいる。二人は腕を組んでいて、どこから見てもカップルであった。
「鷹緒……」
 理恵はすぐに内山から離れ、明らかに動揺していた。
「……なに。どういうこと?」
 二人を交互に見つめながら、鷹緒が言った。理恵は押し黙る。
「今日は仕事だったんじゃ……?」
 そう言いながら、鷹緒の頭は混乱していた。
「うん、仕事よ……豪と一緒……」
 しどろもどろで理恵が言った。その時、内山が不敵に微笑んだ。
「なに言ってんですか、先輩。この状況、見てわからないんですか?」
「ちょっと、なに言うのよ、豪!」
 内山の言葉に、慌てて理恵が止めに入った。しかし、内山は言葉を続ける。
「だって、この状況だよ? 認めちゃおうぜ。先輩、僕たちつき合ってるんですよ」
「……なに言って……なに言ってんだ、おまえ」
 目を丸くさせ、鷹緒がやっと状況を察して言った。
「見ての通りです。今だって、ホテル帰りですよ。ほら」
 ホテルのライターを見せ、内山が言った。そのライターを、無言で鷹緒が振り払う。
「あーあ。落ちちゃったじゃないですか」
 そう言ってしゃがみこむ内山は、くすりと笑った。
「でも、お気楽な人ですね。今まで本当に気がつかなかったんだ……僕たち、もう三ヶ月もこの状態なのに」
 内山の言葉に、鷹緒が逆上した。その途端、内山の頬に鷹緒の拳が飛ぶ。
「うわ!」
 勢いよく内山が倒れた。それと同時に、行き交う人の目も釘づけになる。
 その時、広樹が走り寄ってきた。
「なにしてんだ、鷹緒!」
 尚も殴ろうとする鷹緒を、広樹が必死に止めようとする。だが鷹緒は、内山を離そうとしない。
「うるさい!」
「やめろって! 何があったか知らないけど、こんなところでなにやってんだ! 仕事だってなくなるぞ」
 体当たりで止める広樹に、鷹緒が理恵を見つめる。理恵は怯えた表情をしたまま、何も言おうとはしない。そんな理恵に、鷹緒は背を向けた。
「鷹緒……」
 理恵が、やっとそう口にする。
「どっか行けよ……もう、おまえの顔なんて、二度と見たくない!」
 鷹緒はそう言うと、その場から去っていった。広樹は理恵の方を見つめながらも、鷹緒について去っていった。


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