「鷹緒。理恵ちゃんは?」 会議室に入って来た鷹緒に、広樹が尋ねる。 「外で話してる。すぐ来るよ」 そう言って、鷹緒も席に着いた。その後を、沙織がやってくる。 「あ、沙織ちゃんはこっちね」 広樹に促され、沙織は指定された席に着いた。その時、すぐに理恵と内山が入って来る。 「これで全員だね。じゃあ、始めますか」 そう言うと、広樹の仕切りで打ち合わせが始まる。 「えーと、ご存知とは思いますが、私がWISM企画プロダクション社長の木村です。今日はシンコン企画のためにわざわざお集まりいただきまして、ありがとうございます。面識のある方ばかりではありますが、一プロジェクトの仲間として、改めまして軽く自己紹介お願い出来ますか」 そう振られ、隣にいた雑誌記者の赤城から水上と、順番に自己紹介が始まる。 やがて内山の番になった。内山は先日と打って変わり大人しくふるまっているが、その不敵な笑みだけは変わらない。 「フリー記者の内山です。先日までパリ支部にいましたが、日本に戻ってきました。こちらの事務所の方とは、昔からの知り合いですね。世話になっていますし、シンコンは僕自身も興味があるので、僕が手掛けている記事や、知ってる伝手なんかを当たって、是非貢献したいと思っています。よろしくお願いします」 内山の自己紹介が終わり、数席離れたところにいた理恵が会釈する。 「副社長の石川です。シンコンの担当でもあります。皆様と一緒に進めていくことが出来、大変心強いです。うちから推薦するシンコン候補者は、隣に座る彼女一名です。新事務所になって初めてのビックイベントですので、是非一丸となって成功させたいと思っております。よろしくお願いします。では、候補者を紹介します。小澤沙織です」 理恵が、隣にいる沙織を見て言った。沙織は緊張しながら、お辞儀をする。 「小澤沙織です……まだ全然、経験とかも何もなくて不安も多いですが、みなさんのお力を無駄にしないよう、頑張りたいと思います……よろしくお願いします」 少しぶっきらぼうに、言葉を選びながら沙織が言う。そんな沙織に、暖かな拍手が起こった。 沙織が緊張から解き放たれると、今度は数席離れたところに座る鷹緒が、軽くお辞儀をする。 「WISM企画カメラマンの諸星です。それぞれ、いつもお世話になってます。僕は三次審査のカメラマンの一人としても関わることになっていますが、もともと彼女を引き入れたのは僕ですので、それなりに本腰入れてやりたいと思っています。よろしくお願いします」 少し早口めに鷹緒が言った。自己紹介は、一周回って広樹に戻ってきた。 「ありがとうございます。では早速、本題に入りましょう。まず今後の日程からですが……」 広樹が続ける。それから二時間ほど、打ち合わせは続いた。
打ち合わせが終わると、一同はそれぞれに帰っていった。 「理恵」 自分のデスクで書類を片付けている理恵に、鷹緒が声をかける。給湯室で片付けをしていた沙織は、それに気付いて、その様子を覗いた。 「打ち合わせついでで話したら、コンテスト雑誌のビックスターベストと、ティーン雑誌のWLから、シンコン取材の申し込みがきた。明日にでも電話してやって。これ、担当者の名刺」 鷹緒が、名刺を差し出しながら言う。 「ありがとう」 「恵美は?」 「……豪と先に、ファミレス行ったわ」 「そう」 鷹緒の静かな微笑みが、理恵の心を締めつける。 「早く行ってやれよ。ずっと待ってたんだろ? 恵美」 「うん……鷹……」 理恵がそう言いかけた時、広樹が会議室から出てきた。 「やれやれ、無事終わったな。みなさん帰ったね?」 「ああ」 「どうする? どっか飯でも食いに行く?」 「俺はパス……スタジオで仕事する。食事するなら、沙織連れてってやって」 「ああ、いいけど……」 「じゃあな」 そう言うと、鷹緒は足早に事務所を出ていった。それと同時に、理恵も口を開く。 「ヒロさん。私も、もう行かなきゃ……」 「うん……あのさ。あんまり干渉したくはないけど……どうなったの?」 広樹の言葉に、理恵は苦笑する。 「どうもなってません。じゃあ、お先に失礼します。沙織ちゃん、また明日ね」 理恵は沙織に声をかけ、事務所を出ていった。 「沙織ちゃん、片付けはもういいよ。ご飯食べに行こうよ」 「はい……」 沙織は広樹とともに、事務所を後にした。
「あの……鷹緒さんと理恵さんと、内山さんって人……どういう関係なんですか?」 レストランで食事をしながら、沙織が尋ねる。広樹が一番聞きやすいと思った。 「どういう関係って……そういうことは、直接本人たちに聞きなよ」 苦笑しながら、口を濁して広樹が言う。沙織は俯いた。 「だって、聞きづらいじゃないですか。でもすごく気になって……何度も聞こうと思ったんですけど、なんか聞ける雰囲気じゃなくて……」 「うーん……まあ、それぞれ確執があるのは確かだけど。もともとあの三人は、同じ事務所のモデルだったんだ。それで知り合って……まあ一言で言えば、鷹緒と豪は、理恵ちゃんを取り合ったライバルってところだろうな……」 「……じゃあ、恵美ちゃんが鷹緒さんの子供じゃないっていうのは、どういうことなんですか?」 「えっ?」 広樹が、驚いて聞き返す。 「どういうこと?」 「あの……恵美ちゃんが言ってたんです。鷹緒さんは、本当の父親じゃないって……」 沙織が言った。まずい話題だったのだろうか、冷や汗が伝う。 考えるようにしながらも、驚いて広樹が口を開く。 「嘘だろう? 僕は鷹緒の娘だって、そう聞いてるよ。そんな話、聞いてない……」 「あ、じゃあ、私の聞き間違いですね……」 説明のつかない出来事で、広樹にも否定されたので、沙織は恵美の言うことを思い直した。しかし、気になることが多過ぎて、もやもやした気持ちは晴れないままだった。
地下スタジオでは、鷹緒は一人、煙草を吸っていた。リクライニングの椅子に寄りかかりながら、眠るように物思いにふけっている。 『あの、諸星鷹緒さんですよね?』 鷹緒の脳裏で、遠い日が蘇る。 「え?」 若き鷹緒が言った。 「私、石川理恵です。先月から所属になりました。よろしくお願いします」 緊張しながらも、溌剌とした笑顔で、若き理恵が言う。 「ああ、どうも……」 「あの。BOYS&GIRLSの専属モデルやられてるんですよね? 毎号買ってます。ファンなんです。よろしくお願いします!」 それが、鷹緒と理恵が初めて出会った時だった。 それから間もなくして、理恵も鷹緒が専属でやっている雑誌のモデルに起用される。それからというもの、二人は度々仕事でかち合うことが多くなり、鷹緒のファンだという理恵に、鷹緒も次第に心開いていった。 「鷹緒」 ある日、だいぶ慣れてきた理恵が、休憩中に鷹緒をそう呼んだ。 「呼び捨てにすんなよ」 そう言うものの、鷹緒は強い口調ではない。 「なんとなく、呼んでみただけ」 理恵が少し照れながらそう言った。鷹緒は、急に押し黙る。 「……怒った?」 そんな鷹緒に、理恵が不安そうに言う。鷹緒は苦笑して、理恵を見つめた。 「つき合おうか」 「え!」 鷹緒の言葉に驚きつつも、理恵は次の言葉を求める。 「おまえ、すごい勢いなんだもん。いいよ、俺でよければ、つき合っても」 「嘘……」 「嫌ならいいけど?」 意地悪そうに、鷹緒が言う。 「やだやだ、いい。もちろんいい! 嬉しい!」 慌てて理恵が言う。そんな理恵に、鷹緒が吹き出した。 その日から、二人は恋人になった。じゃれ合うように語り合い、時に喧嘩もする。二人は自然につき合い出し、人知れず同棲が始まり、そのまま結婚に至った。まだお互い十代の、早い結婚であった。
「先輩!」 二人の結婚生活が始まってすぐに、同じ事務所の後輩である内山豪が、鷹緒に声をかける。理恵よりも後輩ではあるが、年は理恵より内山の方が上だ。人懐っこい性格の内山は、特に鷹緒と理恵にまとわりつき、よく行動をともにしていた。 「先輩。今日の夕飯なんですか?」 「知らん」 内山の問いかけに、そっけなく鷹緒が言う。 「またまた。今日も愛する新妻の手料理でしょ? 昨日のカレーも、マジ美味かったっす」 「おまえ、まさか今日も来るつもりじゃないだろうな? 終電なくなったって泊めてやってから、このところ毎日じゃん」 「いいじゃないですか。さあ、行きましょう!」 「ったく……」 内山は鷹緒について、鷹緒の家へと向かっていった。 鷹緒と理恵の関係は、仕事関係で揉めるとわかっていたので人には知らせないということでいたが、鷹緒に密着している内山は、必然的に知ることとなっていた。 「おかえり……って、またあんた?」 夫である鷹緒の帰りを出迎えた理恵が、内山を見てうんざりして言う。 「そりゃないよ、理恵。今日も理恵の美味しい手料理、食べさせてもらいにきました!」 「あんたね。毎日毎日なんなのよ。私はあんたのためにご飯作ってんじゃないの。それに、年上だからって後輩なんだから、呼び捨てにしないでよね」 「まあまあ……」 言い合っている理恵と豪に、半分相手にしないで、鷹緒が奥へと入っていく。1DKの小さなマンションは、鷹緒と理恵の物がうまく融合されている。
「鷹緒。豪に言ってよ。毎日来るなって……」 夜。ベッドの中で、理恵が鷹緒にそう言った。 「言ったって、あいつは来るだろ。家知ってんだから……」 「ああ、もう! 何なの、あいつ……私たちの時間を返せって感じ」 「んー……」 鷹緒は目を閉じて、生返事をする。 「鷹緒。もう寝ちゃうの? 明日の予定は?」 「……ヒロと会う約束してる……」 「ヒロさんと? そっか。ねえ、鷹緒……」 理恵がそう言いかけた時、鷹緒はもう眠っていた。 「……馬鹿」 理恵は鷹緒に背を向けて、目を閉じた。
しばらくして、企画事務所に勤めていた広樹の勧めで、鷹緒のカメラマンとしての仕事が増えてきた。その頃から、鷹緒と理恵の距離は少しずつ離れていったのだった。
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