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作品名:FLASH 作者:KANASHI

第31回   不安
 理恵の話を聞きながら、鷹緒は数本の煙草を吸っていた。しかし、どれも火をつけるものの、吸う気配はなく、すべて灰となってビールの空缶へと落ちていく。
「……」
 沈黙になった中、鷹緒はソファにしっかりと寄りかかり、本棚の上に置かれたいくつかの写真を見つめた。ほとんどが恵美の写真だが、中には鷹緒と一緒のものもある。その中の一つに、広樹や内山も写っている集合写真のような写真もある。
「……」
「私、豪がわからない。嘘ばかりついて、いつも混乱する……」
 何も言わない鷹緒に、理恵がそう言った。鷹緒は静かに、最後の煙草をもみ消す。
「……そうだな。あいつは馬鹿で嘘つきで、生きる価値すらない人間だ」
 鷹緒はそう言って、理恵を見つめた。理恵はその言葉に、深く傷ついた顔をしている。鷹緒はそんな理恵を見て、静かに微笑んだ。
「あいつ、確かに嘘つきだけど、おまえに言ったことは本当なんじゃないの?」
「え……?」
「それに、俺があいつの悪口言って、おまえが不快な思いをした……おまえの本心はそれだろ? おまえもたまには、素直になれよ……」
 それを聞いて、理恵は静かに涙を零す。
「鷹緒……?」
「あいつ、帰国したその足で、誰を訪ねてきたと思う? おまえでもヒロでもなく、俺を訪ねてきたんだぞ?」
「え? うん……」
 その言葉の意味がわからず、理恵は生返事をする。
「俺に殴られにきたんだぞ? その意味が、おまえにはわかんないの?」
 鷹緒の言葉に、理恵はハッとした。
「……豪が私と寄りを戻したいって、そう言っているのは本当のことだっていうの? あいつは計算高い男なのよ。私がそう信じるって、計算して鷹緒に殴られたかもしれないじゃない!」
 理恵が言った。興奮して、涙が止め処なく溢れている。
 そんな理恵に対して、鷹緒は俯いたまま静かに口を開く。
「そんなこと言ったら可哀想だよ、あいつ……少なくとも昔、俺と張り合った男だぞ?」
 二人の間に沈黙が走る。内山豪は、以前鷹緒と張り合って、理恵を取り合いした仲であった。
「じゃあ、どうしたらいいの? 私……このままじゃ、なんにも出来ない……」
 子供のように泣きじゃくる理恵を、鷹緒はそっと抱きしめた。鷹緒の腕の中で、理恵は暖かさを感じる。
「落ち着く。鷹緒といると……」
 何も言わず、鷹緒は理恵を抱きしめる。そして静かに口を開いた。
「……今まで一人でよく頑張ったよ、おまえは。だから……もういいんじゃないのか? 自分の気持ちに正直になれよ。そうじゃなきゃ、俺だって……」
「うん……うん……」
 鷹緒に抱きつきながら、理恵が返事をする。泣きじゃくったままの様子は、いつもの毅然としている理恵ではない。
 少しして、鷹緒は理恵を離すと、携帯電話を取り出して電話をかけ始めた。そして繋がったことを確認すると、何も言わずに理恵に差し出す。理恵はそのまま、受話器に耳を当てた。
『もしもし?』
 電話の向こうからは、内山の声が聞こえる。
「……豪?」
 内山の声を聞いて、理恵はますます涙を流した。
『理恵?』
「……うん」
 そんな理恵を残して、鷹緒は携帯電話を渡したまま、理恵のマンションを後にした。

 マンションでは、沙織が鷹緒の帰りを待っていた。鷹緒と理恵、そして内山がどういう関係なのか、考えれば考えるほど、気になって仕方がない。なにより、鷹緒のことをもっと知りたいと思う。
 鷹緒を待つ沙織は、何度も鷹緒の部屋に繋がるドアを開けてみた。勝手に入るなと言われているが、すぐにでも会いたいと願う自分がいる。
 しかしその日、何時になっても、鷹緒が帰ってくることはなかった。

 次の日。眠い目で沙織が事務所へ向かうと、広樹が声をかけた。
「おはよう、沙織ちゃん。なんだか眠そうだね」
「あ、おはようございます、ヒロさん。いえ、ちょっと……大丈夫です」
 沙織が苦笑して言う。
「鷹緒は一緒じゃないの?」
「はい……昨日はどこかへ出かけたみたいで、帰ってきてない感じでしたし……」
「そうなの? 今日は定時に来るって言ってたんだけど、来ないな……理恵ちゃんも。ああ昨日、何かあったかな……」
「え?」
 意味深な広樹の言葉に、沙織が聞き返す。
「あ、あの。昨日の内山って人……」
 沙織がそう言いかけた時、広樹は電話を取っていた。
「え、なに?」
「いえ……なんでもないです」
「そう、ごめんね。ちょっと電話」
 広樹は電話をかけ始める。
「あ、もしもし……あれ、理恵ちゃん? 僕、理恵ちゃんにかけちゃったのか……え? あ、はーい……」
 広樹は電話を切った。すると、すぐに理恵が入ってきた。
「ごめんね、ヒロさん。ちょっと遅刻しちゃった……」
 寝不足気味で、少し目を腫らした理恵が言う。
「いいよ……鷹緒は?」
「ううん。一緒じゃないけど……」
 その時、鷹緒がやってきた。広樹が声をかける。
「おう、鷹緒。おはよう」
「ああ、悪い。定時に来るって言ったのに」
「いいよ。ファックス、いくつか届いてるよ。いつものように机の上」
「うん」
 鷹緒は自分の机へと向かっていった。そこに、理恵が後をついていく。その光景を、沙織はじっと見つめていた。
「鷹緒さん」
 理恵が声をかける。事務所では、二人がかつて夫婦だったと知っている者はほとんどいないので、態度もあくまで他人行儀である。
 ファックスを見つめながら、鷹緒が返事をする。
「ん?」
「これ……昨日はごめんなさい……」
 他の人に見つからないように、理恵がそっと携帯電話を差し出した。昨日、鷹緒が理恵に貸したままの携帯電話である。鷹緒は優しく笑った。
「大丈夫?」
「うん。ありがとう……」
「ああ」
 それ以上は何も聞かず、鷹緒はファックスをまとめて理恵に背を向けた。理恵も、もうそれ以上は何も言わない。
 そのまま鷹緒は、慌しく広樹に近付いた。
「ヒロ。俺、打ち合わせに行ってくる」
「ああ。鷹緒……」
 広樹が言いかけた。内山が帰ってきたことで、内山と確執のある鷹緒と理恵に心配を抱いているものの、人目もあるのでこの場では聞くことが出来ない。
「うん?」
「あ、いや……なんでもないよ。行ってらっしゃい」
 広樹の言葉に、鷹緒が察して苦笑する。
「何もないよ。じゃ、行ってきます」
 小さな声でそう言った鷹緒は、沙織と目が合った。鷹緒は小さく微笑み、沙織の背中を叩く。
「頑張れよ」
「う、うん……」
「行ってきます」
 鷹緒はそう言うと、事務所を後にした。
 沙織の目に映る今日の鷹緒は、いつもと同じように見えて違う気がした。
「沙織ちゃん?」
 その声に、沙織はハッとして顔を上げた。するとそこには、沙織の顔を覗き込む理恵の顔がある。
「理恵さん……」
「どうしたの、ぼうっとして。大丈夫?」
「あ、はい。なんでもないです……」
「そう。今日はボイストレーニングよね? その前にとりあえず、奥の部屋に行きましょう」
 理恵はそう言って、沙織とともに奥の部屋へと入っていった。
「……どうかした? シンコンが不安なのかな?」
 奥の部屋に入るなり、理恵が沙織に尋ねる。沙織は驚いて顔を上げた。
「え?」
「なんか、心ここにあらずって感じだから……」
「そ、そうですか?」
 沙織が言う。顔に表れているということなど、考えていなかったのだ。
「落ち込んでるように見えるわよ。何か悩みごとでもある?」
 理恵の言葉に、沙織は一瞬戸惑った。しかし理恵の目を見つめると、静かに口を開く。
「あ、あの……昨日、鷹緒さんと会ったんですか?」
 意を決して、沙織が尋ねた。
「あ、いえ、あの……昨日、鷹緒さんが出かけるの、気付いたから……」
 言い訳をするように、少し焦った様子で沙織が続けて言った。そんな沙織に、理恵は少し驚いた表情を見せた後、静かに微笑む。
「沙織ちゃん、もしかして、彼のこと……?」
 少し悪戯な瞳で、苦笑しながら理恵が尋ねた。沙織は困った様子で否定する。
「いえ、そういうんじゃなくて、あの……」
「そう? それならごめんね……でも、もし私と鷹緒に何かあると思って落ち込んだりしてるんなら、それは間違いだからね」
 静かに微笑んで、理恵が言った。
「……でも、お二人は、夫婦だったんですよね?」
「そうだけど、もう昔の話よ?」
「……鷹緒さんは、そうは思ってないんじゃないですか?」
 沙織の言葉に、理恵が驚いた顔を見せる。
「……どうしてそう思うの?」
「だって……ヒロさんが前に、鷹緒さんは恋人を作らないって言ってたから……」
「……だからって、私と別れたことが原因で、恋人を作らないんじゃないわよ。もちろん、それがきっかけで、私がトラウマ作っちゃったのかもしれないけど、彼がまだ私を好きでいてくれてるとか、そういうのはないわよ」
 理恵が言った。沙織は切実な目で理恵を見つめる。
「どうしてそう思うんですか? 鷹緒さんが、理恵さんを好きでいることはないなんて、どうして断言出来るんですか?」
 勢いをつけて沙織が言った。理恵はそれを聞いて、静かに微笑む。
「……出来るわよ。あんな別れ方したんだもん……昔から、私たちは水と油で、しょっちゅう喧嘩ばっかり。もうそれが楽しいと思える子供じゃないわ。沙織ちゃん、やっぱり鷹緒のこと……?」
 理恵に尋ねられ、沙織は小さく頷いた。
「……そう」
 見守るような瞳で、理恵も頷く。沙織は重い口を開いた。
「なんか……気になって。もっと知りたいって思ってるだけで、好きかどうかなんて……」
「気になるってことが、恋なんじゃないのかな」
 その時、電話が鳴った。
「あ、ごめんね」
 理恵は電話を取る。沙織はお茶を飲みながら、時計を見た。理恵はすぐに電話を終えて立ち上がる。
「沙織ちゃん。私、打ち合わせが早まっちゃって、もう出かけなきゃならないの……ボイトレは、一人で行けるかな?」
「あ、はい。大丈夫です」
「そう。ごめんね……ボイトレが終わったら、事務所の誰かに迎えに行かせるから、その後は夕方までスポーツジムね。それが終わる頃には、私も事務所に帰ってこれると思う。夜にはシンコンの打ち合わせがあるから、沙織ちゃんも一緒にいてね」
「わかりました」
「じゃあ、行って来ます」
 理恵は慌しく事務所を出ていった。
 残された沙織は、上の空でいた。理恵が鷹緒と関係はないと言っても、説得力がない。聞きたいことの半分も聞けず、沙織の不安は最高潮に達していた。


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