数時間後。 「はい、これで終わります。お疲れさまです」 「お疲れさまでした」 スタッフの声に、モデルたちが一斉に挨拶をした。 残ったスタッフたちは、機材を片付け始める。その中で、鷹緒は一人、隅の机でパソコンをいじっている。そんな鷹緒を見ながら、沙織も片付けに入った。 するとそこに、広樹が現れた。 「あれ、また終わっちゃったか」 「遅いですよ、ヒロさん」 スタッフの一人が、広樹にそう声をかける。 「悪いねえ……鷹緒は?」 「仕事フルモードですよ」 「そっか。じゃあ、今は話しかけない方がいいな」 「そうっすね」 広樹は沙織と目が合って、沙織に近付いた。 「沙織ちゃん、お疲れさま」 「お疲れさまです」 沙織が会釈をして答える。広樹は頷きながら、言葉を続けた。 「どう? 大変だったでしょう」 「はい。写真の撮影も、結構時間がかかるんですね……」 「うん。でも、鷹緒はスピーディーで有名でね。早い方なんだよ」 「へえ……」 「社長。片付け終わりました」 スタッフが言った。 「オーケー。じゃあ、我々も事務所に戻りますか」 広樹が言う。その言葉に、沙織は広樹を見つめる。 「あの……鷹緒さんは?」 「あいつは、まだ仕事中。今撮った写真を加工するまでが、今日のあいつの仕事だからね。パソコンの前に座ったら、テコでも動かないよ。それより、みんなでご飯でも食べに行こうよ」 「は、はい」 広樹の誘いに、とっさに沙織が頷く。 「鷹緒! 僕たち、事務所に戻るからな」 広樹が、鷹緒に向かってそう叫んだ。 「んー……」 生返事で、鷹緒が返事する。 「いつもああなんだ。さあ、一旦事務所へ戻ろう」 苦笑する広樹とともに、スタッフたちは仕事中の鷹緒を残して去っていく。沙織は広樹やスタッフたちと事務所へ戻り、そのまま食事へと出かけた。
「へえ。沙織ちゃんって、まだ十六歳なんだ? 若いなあ」 食事をしながら、スタッフたちが沙織に言う。みんな気さくな人ばかりで、沙織もすぐに打ち解けていた。沙織は首を振りながら返事をする。 「でもみなさんとも、そんなに年離れてないですよね?」 「そうはいっても、ここにいるのはみんな二十代だからね。十代は遠いよ」 「へえ……」 「社長って、二十九でしたっけ。鷹緒さんもそうですよね?」 するとスタッフの一人が、広樹にそう尋ねた。 「うん、同じ年」 広樹が答える。その話題に、沙織も興味をそそられた。身を乗り出して広樹を見つめる。 「そうなんですか? 社長さんと鷹緒さんが?」 「まあね……仕事でずっとかち合ってて、腐れ縁ってやつだよ」 「そういえば鷹緒さん、まだですかね。大丈夫かな? 前、スタジオでぶっ倒れてましたよね」 「え、そうなんですか?」 スタッフの言葉に、驚いて沙織が尋ねる。 「ああ、そんなこともあったよな……でも、あの時はめちゃくちゃ忙しくて、徹夜漬けだった時だろ? 心配いらないって」 その時、広樹の携帯電話が鳴った。 「お、噂をすれば、鷹緒からだ。もしもーし」 広樹が電話に出る。 「今、いつもんとこ。じゃあな」 広樹はそれだけを言うと、電話を切った。スタッフたちは、苦笑いしている。 「簡単な電話っすね」 「どこにいるかってさ。すぐ来るよ」 しばらくすると、鷹緒がやって来た。しかしその隣には、二人組の少女が引っついている。 「あれ? モデルちゃんたちじゃないの」 広樹が言った。少女たちは、広樹の事務所の専属モデルであった。鷹緒が頷きながら口を開く。 「そこで会ったんだ。食事するって言ったら、どうしてもってさ」 「でも、ここじゃ三人は座れないな……」 「いいですよ、こっちで。諸星さん、こっちでいいでしょ?」 少女たちに引っ張られ、鷹緒は広樹たちの隣のテーブルへと席に着いた。 「いいなあ鷹緒さん。両手に花で、モテモテじゃないっすか」 スタッフの一人が言った。その言葉に、鷹緒が苦笑する。 「俺はロリじゃねえよ」 「ひどい。うちら、もう十八だもん。今年の春から大学生」 鷹緒の言葉に、少女たちが反論して言う。 「へえ、もうそんな年か。うちに来たときは、まだ中坊だったよな?」 「そうそう! 髪も黒かったし、短かった!」 少女たちはテンションを上げながら、鷹緒と話を膨らませていた。
しばらくして――。 「ごちそうさまでした!」 少女たちの言葉に、鷹緒が笑う。 「ちゃっかりしてんなあ」 「えへへ。だって、おごりでしょ?」 「社長のおごりだよ。ごちそうさま」 鷹緒が、広樹に振り向いて言う。 「へいへい。モデルちゃんは、うちの宝よ」 そう言いながら、広樹は会計を済ませていた。一同も店を出る。 「鷹緒。そっちはもう、終わったんだよな?」 広樹の言葉に、鷹緒は軽く頷く。 「だいたいな。これから事務所で仕上げにかかるよ」 「オーケー。じゃ、スタッフはここで解散でいいです」 「はい、お疲れさまでした」 そう言うと、スタッフとモデルたちは去っていった。しかし沙織はどうしていいのかわからず、その場に立ち止まっている。 「沙織? おまえももういいぞ」 そんな沙織に、鷹緒が言った。 「あ、うん。じゃあ、明日は……」 「明日も九時に事務所」 「わかりました。じゃあ……お疲れさまです」 「ああ」 沙織はそこから去っていった。みんな優しかったが、淡々とした雰囲気が馴染みづらかった。 鷹緒は広樹とともに、事務所へと戻っていく。 「鷹緒。沙織ちゃんのバイト代だけど、手渡しでいいのかな?」 信号待ちをしながら、広樹が鷹緒に尋ねた。 「ああ……聞いてないけど、いいんじゃない?」 「おまえなあ……」 「あいつ、どう? 使えた?」 鷹緒の言葉に、広樹が呆れたように返す。 「おまえの下で働かせてんだろ?」 「俺の下の下だもん。下っ端の働きぶりなんて、見てねえよ」 その時、信号が青になったので、二人は歩きながら話し続ける。 「スタッフの間では、評判よかったよ。まだ何やればいいのかわからないだろうけど、気働き出来るし、使えるよ。それよりあの子、可愛いじゃない。目はパッチリで髪もふわふわ、しかも現役女子高生。モデルでいけるんじゃない?」 広樹の言葉に、鷹緒は静かに笑い、煙草に火をつけた。 「あーんな丸っこいのが、モデルなんて出来るわけねえだろ」 「丸っこいったって、太ってるわけじゃないだろ。顔は可愛いし、今は読者モデルの時代なんだぜ? 絶対、人気出ると思うんだけどな……」 「社長の勘か? 俺はややこしいのが嫌なんだ。あいつの母親には、変なことには使うなって念を押されてるし」 それを聞いて、広樹は吹き出すように笑う。 「変なことって……AVとでも勘違いされてんのかな?」 「ハハ。とにかく、俺からは口説けないぞ」 「わかったよ。それは僕がやる」 広樹がそう言う。二人は事務所へと戻っていった。
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