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作品名:FLASH 作者:KANASHI

第24回   別れた夫婦の関係
 次の日。
「鷹緒……」
 鷹緒が目を覚ますと、理恵が鷹緒を見つめていた。
「ん……なんだ。もう起きて平気なのか?」
 眠い目を擦りながら、鷹緒が尋ねる。
「うん、ごめんね。こんなところで寝かせちゃって……布団、出せばよかったのに」
「んー、面倒臭くて……」
 鷹緒はそう言うと、理恵の額に手を当てた。
「まだ熱っぽいな。今日は病院行って、事務所は休めよ」
「駄目よ。今日はシンコンの会議があるのよ」
 立ち上がる鷹緒の背中に、理恵が言う。
「事務所内でだろ? んなもん、おまえがいなくても進められる。代わりに俺が出てもいいし……いいから今日は休めよ」
「……うん。ごめん」
 いつも毅然としている理恵だが、いつになく弱い一面を見せていた。鷹緒がそんな理恵を見るのは、もちろん初めてではない。
「何か食う?」
 冷蔵庫を覗く鷹緒に、理恵が微笑む。
「ふふ……鷹緒が何か作ってくれるの?」
「おまえ、馬鹿にしてんだろ。俺だって、おかゆくらいは作れるぞ」
「そう? でも鷹緒、基本的に料理は駄目じゃない。それとも、離婚してから少しは上達したの?」
「まあな……」
 結婚していた二人だからこそ、出来る会話であった。
「私は平気。熱も大分下がってきたから、自分で作れるわ。それより、恵美を幼稚園バスに乗せてくれる?」
「ああ、いいよ。ここまで来るんだっけ?」
「うん。マンションの下まで来るから」
「わかった」
 そこに、恵美が起きてきた。
「ママ! もういいの?」
 理恵に駆け寄り、尋ねる。
「うん。もう大分いいみたい。でも、まだ少しだけ熱があるみたいだから、今日は病院行って、家で休むね」
 恵美の頭を撫でながら、理恵がそう言った。そんな理恵に、恵美は笑顔で口を開く。
「本当? じゃあママ、今日は家にいるんだ。早く治してね」
「ありがとう、恵美」
「パン食べるけど、ママは?」
「ママは後でおかゆ作るから。それより、パパにも食パン焼いてあげて」
「はーい」
 手馴れた様子で、恵美が食パンを焼く。着実に朝食メニューが乗ったテーブルを前に、恵美がニコニコと、鷹緒と理恵を見つめた。
「なんだよ、恵美。やけに機嫌がいいじゃん」
 パンをかじりながら、鷹緒が言う。
「だって久しぶりなんだもん。パパとママが並んでるの。いつもパパは、恵美としか会わないでしょ?  パパとママが同じ仕事場になったって聞いても、恵美はまだ行ったことないし……」
 恵美の言葉に、鷹緒と理恵は互いを見合わせて苦笑した。鷹緒と理恵は、最近までほとんど会っていなかったが、鷹緒と恵美は一ヶ月に一度、会うか会わないかの割合で、たまに会っていたのだった。三人で食事をするのは、以前仕事でかち合った時になりゆきで食事して以来、実に二年ぶりである。
「久しぶりったって、恵美と会うのも久しぶりだしな」
「うん。この間会ったのは、ラムラブの撮影の時だね」
 鷹緒の言葉に、恵美が頷いて言う。
 ラムラブとは、子供ファッション誌である。恵美は赤ん坊の頃から子供モデルをしていて、鷹緒とも時々、仕事でかち合う時もあるのだ。
 会う度に大人になっている恵美に、鷹緒は思わず吹き出した。
「なんか、段々おまえに似てくるなあ」
 笑いを堪え切れないまま、鷹緒が理恵にそう言った。まるで恵美は、理恵のミニチュア版のようによく似ていて、しっかりしている。
「まあね。女は強いのよ」
「そうだな……じゃあ、そろそろ支度しろよ、恵美。遅れるぞ」
「あ、待って、待って」
 恵美はすぐに支度を整える。
「鷹緒……本当にありがとうね」
 コーヒーを飲んでいる鷹緒に、改めて理恵がそう言った。
「もういいって。やめろよ……じゃあ、あいつをバスまで送ったら、そのまま俺も事務所行くから。ヒロには俺から言っておく。おまえもちゃんと、病院行けよ。送ろうか?」
 いつになく優しい口調で、鷹緒が言う。
「ううん、平気……病院、すぐそこだし」
「そうか」
「パパ、支度出来たよ! 可愛い?」
 幼稚園の制服を見せびらかせながら、恵美が言った。
「ああ、可愛いよ。じゃあ行くか」
 鷹緒はそう言って、立ち上がる。
「はーい。ママ、大人しく寝ててね」
「ありがとう。行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
 恵美は嬉しそうに、鷹緒と手を繋いで部屋を出ていった。久々の家族の一時であった。

 恵美を幼稚園バスに乗せると、そのまま鷹緒は事務所へと向かっていった。
「鷹緒さん!」
 事務所に着くなり声をかけたのは、沙織である。まだ事務所も開いたばかりの時間なので、ほとんど人もいない。
「沙織? なんだよ、こんな早くに……」
 鷹緒が驚いて言う。
「日曜だもん。レッスン、レッスン」
「モデルのか。関心、関心」
「なんだ、鷹緒。珍しく早いな」
 その時、奥から出てきた広樹が言った。
「まあな。ああ……理恵が熱出してるから、今日は会社、休ませるから……」
 鷹緒が言った。その言葉に、広樹が驚いて口を開く。
「え、理恵ちゃん? なんだよ、おまえ……何かあったのか?」
「何もないよ。ただ昨日、恵美から電話があって、ちょっとな……」
「ちょっとって、おまえ……」
「だから何もないっての。理恵が熱出して倒れたって、恵美が泣いて電話してくるから、様子見に行っただけだよ」
 鷹緒と広樹の会話に、沙織は耳を疑った。鷹緒と理恵がプライベートな時間を過ごす姿が、容易に想像出来る。元夫婦だったというその関係がいつ戻ってもおかしくないほど、沙織から見て二人は至近距離にいるように見えた。
「そうか……理恵ちゃん、来られないのか。シンコンについて、いろいろ詰めようと思ってたんだけど。でも、大丈夫なのか?」
「まあ、一日寝てればなんとかなるだろ。病院にも行くって言ってたし……ただの働き過ぎだよ、あいつは。シンコンの詰めなら、俺も出るよ。あいつの代わりに」
 鷹緒はそう言うと冷蔵庫へと向かい、缶コーヒーを取り出した。沙織はそんな鷹緒を見つめている。
 そんな沙織の視線に気付いて、鷹緒は沙織に近付いた。
「悪かったな。昨日の打ち上げ、ドタキャンして……でも、ずいぶん楽しめたみたいじゃん。どうだった?  BBの打ち上げは」
「あ、うん。すごく楽しかったって、今もヒロさんに自慢してたところ……鷹緒さん、理恵さんの看病に行ってたんだ……」
 無理に笑いながら、沙織が言った。心の中は悲しくて不安でたまらない。
「おはようございます。あれ、どうしたんですか? 鷹緒さん、早いですね」
 その時、出勤してきた牧が言った。鷹緒は苦笑しながらソファに座り、缶コーヒーに口をつける。
「なんだ? みんなして、俺が早く出勤したらおかしいのか?」
「あはは。おまえは遅刻魔だからな」
 遠くから広樹が言う。
「俺はカメラマンなんだよ。仕事先ならともかく、なんで事務員でもないのに定時に出勤しなくちゃならないんだよ」
「あら。事務員じゃなくても、社員じゃないですか。カメラマンでも定時に出勤してもらわないと」
 鷹緒の言葉に、牧が言った。
「嫌なこった」
「あ、鷹緒さん。これ見ました?」
 突然、牧が思い出したように、子供雑誌を差し出した。
「なに?」
「今月号のラムラブですよ。ほら、鷹緒さんの娘さん、載ってますよ」
 表紙には、一人でデカデカと、恵美の姿が映っている。
「ああ。ラムラブの専属モデルだからな、あいつは……」
 鷹緒は一瞬優しい顔をして、雑誌を見つめた。そんな様子を見つけて、広樹が苦笑して口を開く。
「牧ちゃん、あんまり鷹緒をいじめないでやってよ。ここじゃ、その話はタブーでしょ」
「うふふ、いじめてなんかないですよ。それにここにはまだ、事情を知ってる人しかいないじゃないですか。鷹緒さんだって、娘さんの最新情報は知っておきたいですよね?」
「この程度の情報なら、俺でも知ってるよ」
 牧の言葉を受け、鷹緒は雑誌をテーブルに置くと、自分のデスクへと向かっていった。
「これが、鷹緒さんの娘……」
 テーブルの上に置かれた雑誌を取って、沙織がそう言った。その様子に、牧が口を開く。
「沙織ちゃん、知らなかったの?」
「え、いえ。子供がいることは知ってましたけど……」
「そう。可愛いわよね、本当にお人形さんって感じで。目元とか、理恵さんそっくりでしょ? 赤ちゃんの頃からモデルやってて、今じゃその年でベテランの域だからね」
 牧はそう言うと、受付へと座った。
 沙織は雑誌をペラペラとめくりながら、遠くで支度をしている鷹緒を見つめる。沙織の知らない鷹緒がいる。当たり前のことでも、沙織は苦しくなっていた。
「あ……私、今日は帰ります」
 突然、沙織が言った。近くにいた牧が、驚いて振り向く。
「え、どうしたの? 具合でも悪いの?」
「いえ、ちょっと。急用を思い出して……それに、理恵さんも今日は休みみたいですし……」
「どうしたの?」
 そこに割って入ってきたのは、支度を終えて出かけようとしている鷹緒だった。
「鷹緒さん。どこか行くの?」
「ああ、スタジオ行くけど……おまえも来る?」
 思わず尋ねた沙織に、鷹緒が言う。
「う、ううん」
「なんで?」
「だって……理恵さんもいないし、ちょっと急用を思い出して……」
 もちろん沙織に急用などなかったが、鷹緒と理恵のことを考えると居たたまれない気持ちになり、この場から逃げたくなる。
 そんな沙織の気持ちも知らず、鷹緒はいつも通り口を開く。
「急用ってなんだよ。モデルの勉強より大切なこと?」
 沙織は俯いた。そんな沙織を前に、鷹緒は言葉を続ける。
「理恵がいないからって何もしなきゃ、なんにもならないだろ。ほら行くぞ」
「なによ。命令ばっかり……」
 ふて腐れるように、沙織は口を尖らす。悔しさと悲しさで、涙が出そうになった。
 そんな沙織の顔を、鷹緒が静かに微笑んで覗きこむ。
「やりたくないならいいけどね……でも、やるからには頑張るんじゃなかったの?」
 目の前の鷹緒の顔を見つめ、沙織は素直に頷いた。
「……うん」
「じゃあ来いよ。ついでに、おまえの宣材写真も撮っちゃおう」
「え! だ、駄目だよ。今日は服だって普段着だし、髪もメイクも気合入れてないもん」
 思わず、沙織がそう言った。
「なんだ、そりゃ。いいから来いよ」
「そんな……」
 鷹緒は半ば無理矢理に、沙織を連れて事務所を出ていった。


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