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作品名:FLASH 作者:KANASHI

第23回   電話の相手
 熱狂の渦の中、BBのコンサートが始まった。男性歌手グループのBBは、リーダーのユウを筆頭に、センジ、リュウ、アキラの四人組ユニットである。熱狂的なファンの中で、沙織も負けじと四人を応援した。

 コンサート終了後。沙織は言われた通り、鷹緒の車へと乗り込んだ。まだ夢から醒めない様子の沙織は、会場で売っていたBBの写真集を見ながら微笑む。
「悪い。待たせたな」
 しばらくして、鷹緒がドアを開けて言った。
「あ、ううん……」
「なんだ、まだ余韻に浸ってるのか?」
「だって……あ、もう仕事終わったの?」
「ああ。それより、これから打ち上げがあるらしいんだけど、おまえも来るか?」
「え!」
 鷹緒の言葉に、沙織は目を丸くする。
「近くのスタジオスペースで、軽くやるだけみたいだけど」
「行く行く。もちろん行く!」
「オーケー。じゃあ……」
 その時、鷹緒の携帯電話が鳴った。
「ああ、悪い……」
 鷹緒は車に寄りかかって、電話に出た。
「はい。ああ……どうした?」
 沙織はそんな鷹緒を見ながら、車から出た。楽屋口は孤立しているのでファンの子はいないが、スタッフたちが忙しく搬出をしている。
「……誰かいないのか?」
 少し深刻と見られる鷹緒の電話に、沙織は写真集を眺めながら時間を潰す。
「わかった。じゃあ今から行くから……ここからなら、そんなに時間もかからないはずだから……ああ、わかった」
 鷹緒は電話を切った。
「沙織、ごめん。俺、急用が入って……」
「えー」
 不満気だが切実な目で、沙織が鷹緒を見つめる。鷹緒もいつになく困った様子だ。
「悪い……よければ一人で行けよ。話はしておくから」
「やだよ。鷹緒さんがいないなら……」
 沙織が正直に言った。いくら好きな歌手と一緒に居られても、誰も知らないところへ一人で入るのには勇気がいる。
「……じゃあ、帰るか?」
「んー……」
 残念そうに、沙織が俯く。
「あれ、まだ行ってなかったんですか?」
 その時、BBのメンバーであるアキラが声をかけた。
「ああ。悪いんだけど俺、急用が入って……」
 すまなそうに、鷹緒が言う。
「ええ、そんな……」
「悪いけど……」
「どうしたの?」
 そこへ残りのBBメンバーが全員出てきた。
「諸星さん。今日はありがとうございました」
「いい写真、たくさん撮ってくれました?」
 リュウとセンジが言う。
「うん。それはバッチリ。でも悪いんだけど、急用入っちゃって、打ち上げには出れそうにないんだ……」
 鷹緒の言葉に、一同が残念がった。
「そうですか。ゆっくり話がしたかったんですけど……」
「本当にごめんな……」
 鷹緒の言葉に、ユウが沙織を見つめる。
「まあ、仕方ないですよ……沙織ちゃんも一緒に帰るの? 同じ用事?」
 ユウが尋ねる。
「あ、いえ……」
「そうなんだ。もしよければ、沙織ちゃんだけでも来ない? ファンの意見を間近で聞けるチャンスだし、もちろん帰りはタクシーなりで送り届けるよ」
「で、でも……」
 ユウの言葉に、鷹緒が沙織を見つめた。
「行って来たら?」
「……鷹緒さんは?」
「俺は急用が出来たんだって……願ってもないチャンスじゃん。楽しんでこいよ」
 軽く鷹緒がそう言う。
「おい、もう行くよ」
 そこへ声をかけたのは、BBのマネージャーである。
「はい。どうする? 沙織ちゃん。やっぱり諸星さんが一緒じゃないと、心細いかな」
 ユウがそう言っていると、マネージャーが駆け寄ってきた。
「どうかしたの?」
「ああ、彼、僕らのマネージャー。諸星さんが打ち上げに来られなくなっちゃったんだけど、沙織ちゃんは迷ってるんだ。未成年だし、マネージャーが責任持って面倒見るって約束してやってよ。そうじゃなきゃ沙織ちゃんも来づらいし、諸星さんも不安でしょ」
 ユウの言葉に、マネージャーが事態を察して頷く。
「そういうことなら僕は大丈夫ですよ。家まで送り届ければいいんですよね? じゃあ、せっかくなんで一緒に行きましょうよ。バスに乗ってください」
 マネージャーの言葉に、沙織は鷹緒を見つめる。
「よかったな、行ってこいよ。終わったら電話しろよ」
 沙織の背中を軽く叩き、鷹緒が言う。
「……本当に行っていいの?」
「ああ。でも、ハメは外すなよ」
「外さないよ。じゃあ……行くからね?」
 まだ不安げながらも沙織がそう言った。鷹緒がいなくとも、行きたい気持ちが強まっている。
「ああ。楽しんでこいよ」
 鷹緒がそう返事をすると、沙織はBBのメンバーに囲まれ、移動用のマイクロバスへと乗り込んでいった。鷹緒はそれを見届けると、車に乗って去っていった。

「諸星さん、急用って、仕事かなあ?」
 バスの中で、アキラが言う。
「さあ。案外、彼女のわがままとかじゃないの? あの人、モテるでしょ」
 センジが、沙織に言った。沙織は緊張しながら口を開く。
「さ、さあ。彼女とかは聞いたことないですけど……」
「へえ。硬派っぽいもんね、あの人」
「でも、残念だなあ。ゆっくり話したかったのに」
 ユウが独り言のように呟いた。
「俺も。あの人の腕、やっぱ並みじゃないよ。さっき軽く撮ったっていうリハの写真見せてもらったけど、超カッコイイんだ! もちろんプロ意識も高いし、初めて撮ってもらった時、すごく気持ちがよくてさあ」
「わかるわかる」
 BBのメンバーは全員、鷹緒のカメラマンとしての腕に惚れていた。コンサートが終わったばかりだが疲れた様子もなく、BBのメンバーは気さくに話を盛り上げる。
「沙織ちゃん、そんなに緊張しなくて大丈夫だって。君も正式にモデルになったんでしょ? じゃあ、同じような業界じゃない。俺らのファンってことは嬉しいけどさ」
 笑いながら、リュウが沙織にそう言った。沙織は少し慣れてきた様子で、笑顔で応える。
「はい。ありがとうございます」
 一行は、打ち上げ会場へと向かっていった。

 車を飛ばして鷹緒が向かったのは、都内のとあるマンションだった。鷹緒はそこの一室のインターホンを鳴らす。
「はい」
 出てきたのは、小さな女の子であった。
「パパ!」
「よう。久しぶりだな」
 鷹緒はいつになく優しい笑顔でその子を見つめ、頭をくしゃくしゃと撫でた。
「どうぞ」
 そう言って、女の子は鷹緒を部屋に上げた。
 女の子の名前は、石川恵美。現在六歳の、鷹緒と理恵の娘であった。
「それで、理恵は?」
「お部屋にいるの」
 鷹緒は寝室のドアを開けた。ベッドには理恵が眠っている。
「ママね、帰ってからすごく辛そうにしてて、お熱があるの。お薬飲むから大丈夫って言ってたんだけど、お薬なくて、寝てれば治るって言って……」
 懸命に恵美が説明をする。恵美は、理恵のいつもと違う様子に戸惑い、鷹緒に電話をして呼び出したのであった。
「……恵美。起こして薬飲ませるから、コップに水汲んできて」
「うん」
 鷹緒の言葉に、恵美はキッチンへと向かっていく。鷹緒は寝ている理恵に、そっと声をかけた。
「理恵……」
 その声に、理恵はゆっくりと目を覚ました。
「……鷹緒?」
「ああ……」
「なに? どうしたの……」
 驚いて起き上がりながら、理恵が尋ねる。
「恵美から電話が来た。おまえが倒れたから、どうしようってね」
「ああ……ごめんね、鷹緒……」
 辛そうに俯き、理恵が言う。
「おまえ最近、無理し過ぎなんだよ」
「わかってる。本当、ごめん……」
「いいから。解熱剤買ってきたから、飲めよ」
 そこに、恵美が水を持ってやってきた。
「パパ、お水」
「サンキュー」
 鷹緒が水を受け取る。
「ママ、起きたの? 大丈夫?」
 心配そうに、恵美が理恵を見つめる。
「うん、大丈夫。ごめんね、恵美。心配かけて……このところ、ろくに話も出来てないのに。ごめんね」
「平気。でも、早く治してね」
「うん。ごめんね……」
 理恵は何度も謝ると、鷹緒に促されて薬を飲んだ。
「鷹緒。ごめんね……」
「もういいから、寝ろよ。今日はここにいるから……恵美のことは心配するな」
「うん……」
 そのまま理恵は、すうっと眠りについた。
 そこで鷹緒と恵美は、ゆっくりと理恵の寝室を出ていった。
「パパ、ありがとう」
 恵美が笑ってそう言った。そんな恵美の笑顔につられるように、鷹緒も優しく微笑む。
「いいよ。それより、おまえは御飯食べたのか?」
「うん。七時までは、ベビーシッターさんがいるの」
「そうか。じゃあ風呂は?」
「まだ。パパ、一緒に入ってくれる?」
「ああ、いいよ」
 恵美は嬉しそうにそう言って、風呂場へと駆けていった。母子二人の生活で、恵美は着実に大人びている。
 それから鷹緒は恵美とともに風呂へ入り、久々の父子の一時に、鷹緒は過去の結婚生活を思い出していた。

 数時間後。理恵のマンションで、恵美を寝かしつけた鷹緒が、リビングのソファに座っていた。結婚生活の様々なことが思い出される。
 その時、携帯電話が鳴った。
「はい」
『沙織です! 今、大丈夫ですか?』
 電話に出た鷹緒に、興奮気味な沙織の声が聞こえる。
「ああ。その様子じゃ、楽しめたみたいだな」
『うん、もう夢みたい! ありがとう、鷹緒さん』
 沙織の様子に、鷹緒は思わず微笑んだ。
「いや。で、そっちは終わったの?」
『うん。今、家に帰ったところ。二次会まで行けなかったのが残念。それより、急用ってなんだったの?  BBのみなさんも、すごく残念がってたよ』
 沙織の言葉に、鷹緒は少し考えて言った。
「うん……まあ仕事関係だよ。じゃあ、早く寝ろよ」
『うん、おやすみ。今日はありがとう』
 沙織の言葉に、鷹緒は優しく微笑み、電話を切った。
「大分、楽しめたみたいだな……」
 鷹緒はそう言うと、ソファに寝そべった。


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