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作品名:FLASH 作者:KANASHI

第21回   契約の日
「鷹緒さん。あの……石川さんって……」
 車の中で、沙織は思い切って理恵のことを尋ねた。
「ああ……なに?」
 少し嫌そうに、鷹緒が聞き返す。
「あの……本当に、これから一緒の職場で働くんだよね。その……やりにくくないの? 結婚してたんでしょ?」
「……まあ、やりにくくないっていったら嘘になるけど……本当、結婚自体知ってるやつほとんどいないんだ。それに、ヒロとも仲が良いわけだし、同じ事務所っていっても部署も違うし、出払うことも多いだろうしね……まあお互い、割り切ってるからどうってことないよ」
「へえ。そういうもの……」
「そういうものだな。じゃあ、ここでいい?」
 鷹緒が、駅の近くに車を止めた。
「うん。今日はありがとう……突然ごめんね」
「いいよ。じゃあ、またな。ヒロに電話させるから、話聞いといて」
「わかった。じゃあ、またね」
 沙織は車から降りると、去っていく鷹緒の車を見送った。
「……よし。やるぞ」
 決意を固めてそう言うと、沙織はそのまま家へと帰っていった。

「シンコンのカメラマン? 俺が?」
 事務所に向かった鷹緒が、かったるそうに言った。
「そう嫌そうな顔するなよ。シンコンっていったら、年に一度のビックイベントの一つだ。審査の一つにカメラテスト……まあ、カメラ映りがどうなのかを見るわけだけど、そのカメラマンの一人に、おまえへオファーが来てるわけ。ひいきがないように、他にも数名のカメラマンが来るわけだけどね」
 鷹緒の前に座る、広樹が言った。目の前のテーブルには、有名なコンテストの資料が広げられている。
「わあ。今年もシンコンの季節ですか? 全日本・ミス・シンデレラコンテストっていったら、うちとしても外せないイベントになってきましたよね」
 お茶を入れてきた牧が言う。
「そうなんだよ。でかいイベントだし、去年も鷹緒にオファーが来てたのに、仕事が被ってて断ったろ?  今年もこうして話が来たわけだから、願ってもない話だ。三次審査で、ちゃちゃっと撮るだけだよ」
「……わかったよ。事務所拡大のためですな」
 腹を決めて、鷹緒が言った。
「よかった。助かるよ、稼ぎ頭!」
「おまえなあ……」
「オーケー?」
 そこにタイミングよく、理恵が入ってきた。鷹緒は口を曲げる。
「なんだよ、オーケーって。おまえらグルか?」
「もちろんよ。同じ事務所の人間だもの。じゃあ、こっちもモデル選出に乗り出すわ」
 やる気満々な様子で、理恵が言った。
「いやに力を入れてるな」
「もちろんだよ。今までうちは小規模でやってきたわけだけど、正式にモデル部署も出来たからね。事務所も大きくして新しくなったわけだし、事務所の名を世に知らしめるためにも、今回のシンコンは力を入れて、グランプリを狙うから」
 同じく意欲を見せて、広樹が言う。
「ふうん……」
「ああ、それで、沙織ちゃんの方はどうなったか、おまえ聞いてるか?」
「え……まさか、沙織をシンコンに選出させるつもりなのか!」
 鷹緒が察して言った。そんな鷹緒に、広樹は頷く。
「いやあ、もちろん、まだ候補だよ。でも、もし沙織ちゃんがオーケーしてくれるなら、十分いけると思うんだ。あの子は本当に可愛い子だし、雰囲気も持ってる。たったあれだけの雑誌出演で、多くのファンレターが来たんだぞ? キャンディスからのオファーだって何度も来てる。あの子は他のモデルに引けをとらないよ。まだ慣れてないところが、シンコン審査員の心をグッと掴んでくれると思うしね」
「……でも、あいつはモデルとしての心得とかまったくないし、第一、荷が重過ぎる……ただの小さいコンテストや、読者モデルレベルじゃない。たかが少しくらい反響があったからって、それはどうなんだ?」
 熱く語る広樹に反して、鷹緒は冷静に心配して言う。親戚でもあるため、沙織の可能性を手放しで推せず、乗り気にはなれない。
「まだシンコンまで三ヵ月ある。これから教えていけばいいと思うよ」
「……でも」
「鷹緒が心配するのはわかるよ。赤の他人じゃないわけだし。もちろん本人の意思がなきゃ無理だし、他にも候補はいるからね」
 いつになく慎重な態度の鷹緒を察して、広樹がそう言った。鷹緒も納得して頷く。
「……キャンディスの件は、オーケーだそうだ。近々契約に来させるから、連絡してやってくれ」
「本当か。キャンディス側も喜ぶよ。じゃあ早速、後で連絡入れるよ。おまえもシンコンの仕事受けてくれるなら、今度打ち合わせしてもらうから、そのつもりでな」
「わかった……」
 鷹緒はそう言うと、立ち上がった。

「ようこそ。わざわざご足労いただきまして、すみません」
 ある日。事務所に訪れた沙織とその母親を、広樹が出迎えた。
「いいえ。綺麗な事務所ですね」
 辺りを見回しながら、母親が言った。
「越してきたばかりなので、まだバタバタしてるんですけどね……すみません。今日は鷹緒、出払っていていないんですが……」
「いいえ」
「では早速ですが、ご契約のお手続きをさせていただきましょうか」
 広樹は契約内容を説明し、契約書を差し出した。これから沙織は、広樹の事務所に所属するモデルとなり、そこから依頼された雑誌社の撮影に出向くことになる。
「はい。これで契約は終わりです。ありがとうございました」
 しばらくして、契約書への記入を終えて、広樹が言った。沙織の母親も、座ったまま頭を下げる。
「よろしくお願い致します……」
「こちらこそ。大事な娘さんですし、鷹緒の親戚ですからね。嫌な仕事はさせませんし、ご安心ください。それと、もう一つお話があるのですが……」
 広樹はそう言って、シンデレラコンテストの募集チラシを差し出した。
「シンコン……」
 ぼそっと沙織がそう言った。沙織でも知っている、有名なコンテストだ。
「そう、全日本・ミス・シンデレラコンテスト。略してシンコン。実は沙織ちゃんさえよければ、シンコンに出てもらいたいんです」
「ええ、私が? 無理です!」
 すかさず沙織が言う。予想通りの反応といったように、広樹が笑う。
「あはは。そう言うと思った。でも聞いてよ。僕は今回、グランプリまでいけるモデルを探しているんだ。伊達に君を選んだわけじゃないし、その点では自信を持ってるよ。シンコンは全国から美少女を募るわけだけど、もし沙織ちゃんが受けてくれるなら、少しトレーニングを兼ねた体づくりの訓練を積んでもらうつもりだよ。ハードにはなると思うけど、基礎的な部分もしっかりやっていくし、事務所の全面的バックアップでフォローするつもりなんだけど……どうかな?」
「……無理だと思います……」
 俯いて沙織が言った。
「そうかなあ。まあ、そんなに重く受け止める必要はないんだよ。君は本当、これから磨いていくべき人なんだから、自信なんてなくて当然だし」
「あ、鷹緒さん。おかえりなさい」
 その時、事務所の入口からそんな声が聞こえ、一同は振り向いた。
「ただいま」
 鷹緒はそう言って、広樹のもとへと向かう。
「おかえり」
「ああ、もう済んだ?」
 広樹の言葉を受け、鷹緒が沙織たちを見て言った。
「ああ。今、シンコンの話をしてたところ」
「その様子じゃ、フラれそうだな」
「おまえなあ……おまえこそ、早かったな。シンコンの打ち合わせだろ?」
「ああ、すぐ終わったよ」
 息を切らしながら、鷹緒は広樹の隣に座る。
「あの……シンコンの打ち合わせって、鷹緒さんも何かやるんですか?」
 鷹緒と広樹を交互に見ながら、沙織が尋ねた。
「うん、三次審査のカメラマン。カメラテストだよ。まあ、沙織がシンコンの依頼を受けて、万が一、三次まで残るんだったら、俺がグランプリまで後押ししてやってもいいけどね……三次まで残るかが問題だな」
 鷹緒の言葉に沙織は揺れた。意地悪な言葉も耳に入らない。
「へえ。鷹緒さんが、カメラマン……」
 急に沙織は、シンコンをやってみたくなった。もし三次まで行けば鷹緒がいる。妙な安心感が、沙織を包む。
「……やってみてもいい?」
 母親を見て、沙織が言った。母親も少し心配そうに戸惑っている。
「でも、本当に大丈夫なのかしら……」
「まあ、全国規模のコンテストはたくさんあるからね。最初からシンコンじゃなくたっていいけど、たまたまこの時期だから……よければ出てみたら? 全部事務所持ちだから、タダでスポーツジムやエステに行けるよ」
 戸惑っている二人に、鷹緒が軽くそう言った。
「た、鷹緒さんも、フォローしてくれるなら……やってみようかな……」
 静かに沙織が言った。その言葉に、広樹は笑顔で鷹緒を見る。
「本当? もちろんだよな、鷹緒」
「まあ、俺に出来ることならな……」
「オーケー、決まりだ! ありがとう、沙織ちゃん。よろしく頼むよ」
 広樹はそう言って、沙織と母親に握手をした。
「よかったな。じゃあ俺、テレビ局行ってくる」
 鷹緒はそれを見届けると、すぐに立ち上がってそう言った。
「ああ、まだ打ち合わせがあったか」
「うん。じゃ、これからよろしく。行ってきます」
 鷹緒はそう言って、慌しく事務所を後にした。
「忙しそうね、鷹ちゃん……」
 沙織の母親がそう呟く。
「ハハハ。でも契約が気になって、すっ飛んで帰ってきたんでしょうね……鷹緒は大成して、事務所としても、本当にあいつのおかげでやってきたんです。さあ、契約のお礼は今度鷹緒にしてもらうとして、今日はこの辺で終わりましょうか」
 広樹の言葉に、沙織と母親は同時に頷く。
「はい」
「今後のことは、これからスケジュールを立てます。まだ学生さんだし無理は言いませんが、出来るだけ週末は事務所に来てもらうことになります。雑誌の撮影も、大抵週末ですから。あとはまた学校帰りの暇な時にでも来てもらえれば、新設モデル部署の人間が、モデルとしてのノウハウをお教えしますので」
「わかりました。では、とりあえず週末に伺わせます」
 母親が答える。
「お願いします。今日は本当にありがとうございました」
 広樹はそう言って、沙織と母親を見送った。
 沙織はまだどうしていいのかわからなかったが、ワクワク感が包み、決意を固めた。少しでも、鷹緒のそばにいたいと思った。


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