「それで、沙織はどうしたいの?」 リビングに戻った沙織は、母親の問いかけに俯く。 「わかんないよ……やってみたいって気持ちはあるよ。私、お母さんの子だからミーハーだし」 「なによ、その言い草は……」 母親が苦笑する。 「でも、私で出来るのかなって、不安も大きい……」 「あんたの将来なんだから、あんたが決めなさい。私はどっちでもいいわよ。あんたにやりたいことが出来るなら大賛成よ。趣味の一つもないんだから」 「放っといてよ……」 沙織はそう言うと、紙袋からファンレターを取り出した。 「本当にファンレターだ……なんか信じられないな」 手紙を読みながら、沙織が言った。手紙には、沙織に憧れを抱いた少女からの文章が連ねられている。 それを横で読みながら、母親も驚いて口を開く。 「本当、すごいじゃない」 「……どうしよう」 「まあ、よく考えて決めなさい。あんたはまだ高校生なんだし、そう焦る必要はないと思うけどね……でも、今しか出来ないこともあると思うし、本当にやりたいと思うなら、お母さんはやってもいいと思うわよ」 「うん……」 沙織は小さく頷いて、すべてのファンレターを読んでいった。
数日後の放課後。沙織はまだ決心出来ず、相談しようと鷹緒の携帯電話に電話をかけた。しかし、留守番電話に繋がる。沙織は少しためらった後、鷹緒の事務所へと電話を入れた。 『はい。WISM企画プロダクションです』 牧の声が聞こえる。 「あ、あの……小澤沙織です。牧さんですか?」 『ああ、沙織ちゃん。どうしたの?』 「突然すみません。あの……鷹緒さんはいますか?」 牧が電話に出たことで、少しホッとしながら沙織が尋ねた。 『ううん。鷹緒さん、今日は午後からオフなのよ。帰って仕事するって言ってたから、自宅にはいると思うけど』 「そうですか……わかりました。ありがとうございます」 『ううん。あ、またファンレター届いてるのよ。今度取りに来て』 「え、またですか? はい……じゃあ、今度。失礼します」 沙織は電話を切った。すると、すぐに電話が鳴る。 「わあ!」 思わず沙織が驚いた。見ると着信画面には、鷹緒の名前が浮かんでいる。 「はい!」 すぐに、沙織は電話に出た。 『あ、悪い。気付かなくて……電話くれたか?』 鷹緒の声が聞こえる。 「うん。今、事務所に鷹緒さんいるか聞いてたの。ちょっと相談したいことがあって……」 『ああ、モデルのこと?』 見透かすように、鷹緒が言った。 「う、うん……今、家にいるの?」 『ああ。おまえは?』 「まだ学校の近くなんだけど……」 『そう。俺、仕事やってて、もう少しかかりそうなんだけど……それでよければ、どっか出るけど?』 「じゃあ、私がそっち行く……駄目?」 勢いながらも、勇気を振り絞って、沙織が言った。 『こっちって、俺んち?』 「うん。駄目か……」 苦笑して、沙織が言う。 『別にいいけど……場所わかるか?』 軽く了解を得たことで、少し緊張気味だった沙織は、拍子抜けした。 「う、うん、多分……」 『駅さえ間違わなきゃ、すぐわかるよ。じゃあ家にいるから……あ、途中で煙草買って来て。いつもの』 「はーい。じゃあ、後でね」 そう言って、沙織は電話を切る。また鷹緒の家に行けることが嬉しかった。
しばらくして。鷹緒の部屋に通された沙織は、改めて部屋を見回しながら口を開く。 「おじゃまします。煙草、買ってきたよ」 「おう、サンキュー」 鷹緒はそう言って、沙織に煙草代を渡し、キッチンへと向かった。 「この間は、突然行って悪かったな」 鷹緒はそう言うと、缶コーヒーを沙織に渡し、ソファに座った。テーブルの上は、書類で散乱している。 「ううん……大変そうだね。仕事」 空いている鷹緒の横に座って、沙織が言った。 鷹緒はテーブルの上の書類を軽く片付けると、口を開く。 「まあな……それで、相談って?」 「モデルの件、まだ迷ってて……やりたい気持ちもあるし、不安な気持ちもあるしで、どうしたらいいかわからなくて……」 目を泳がせながら、正直に沙織が言った。不安が多く、まだ決めかねている。 「……親はなんだって?」 「あんたがやりたいならやれって。うちって、変なところで放任主義的なところがあるから……」 「ふうん。じゃあ、やってみれば?」 軽く鷹緒が言った。 「……そんな軽く言うこと?」 「そんなに重く考えること?」 沙織の言葉に、鷹緒が言う。 「じゃあおまえ、将来の夢とかないの?」 鷹緒の問いかけに、沙織は俯いた。そんな沙織に、鷹緒は言葉を続ける。 「本格的にモデルやりたいっていうなら、最初から無理だって俺は反対するよ。でも、一時限りの読者モデルだろ? オファーはキャンディス一誌だけなんだし。やりたきゃやってみたらいいし、やりたくても今後断られる場合もある。切るか切られるかの世界だ。要は、本人のやる気次第だろ?」 「……私が受けても、無理だって笑わない?」 口をへの字に曲げたまま、沙織は鷹緒を見つめて言った。そんな沙織に、鷹緒は吹き出すように笑う。 「笑わねえよ。おまえ、そんなに自分に自信がないのか?」 「……ない」 「あっそ。ま、無理なら最初から無理だろ。そんなに悩むならやめれば?」 「なによ、その言い方」 「だってそうじゃん」 「……」 沙織は押し黙った。 「……悪かったよ。こっちも強引なところがあったと思う……おまえは学生なんだし、急ぐことないよ。これからは、ヒロにもあまり干渉しないよう言うし……」 沙織を気遣って、鷹緒がそう言った。そんな鷹緒を見つめ、沙織は大きく息を吸い、口を開いた。 「決めた! 私、やる!」 「……なんだよ、急に」 「勢いも大切でしょ。私、やってみるわ……無理なら無理って、言っていいんでしょ? それに、向こうから断られるかもしれないんだし」 勢い余った様子の沙織に、鷹緒は苦笑する。 「まあ、そういうことだな……じゃ、よろしく頼むよ。キャンディスの読者モデルとはいえ、うちのモデルになるわけでしょ」 鷹緒はそう言うと、沙織の腕を軽く叩いた。そんな鷹緒の温もりを感じ、沙織は頬を染める。 「その代わり、鷹緒さんもちゃんとフォローしてくれる? また相談とか乗ってくれる?」 「……いいよ」 沙織の言葉に、鷹緒は小さく微笑むと、飲み干した缶コーヒーをテーブルに置いた。 「でも言っとくけど、読者モデルとはいえ甘い世界じゃないからな」 「……わかってます」 「じゃあ、近いうちに事務所に行ってやって。一応、契約とかあるし、いつからとかも決めなきゃならないだろ? あと、お母さんと一緒のがいいよ」 「わかった」 素直に沙織が頷く。その時、鷹緒の携帯電話が鳴ったので、鷹緒はすぐに電話に出た。 「はい。ああ、うん……わかった。じゃあ、今から行くよ」 鷹緒はそう言うと、電話を切った。 「……急用?」 電話の受け答えを耳にして、沙織が尋ねる。 「悪い。事務所行かなきゃ」 「わかった」 「駅まで送るよ」 「うん……」 二人はマンションを出て、鷹緒の車へと乗り込んだ。
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