数週間後。春の街並みを、沙織が友人の朋子と歩いていた。 「新学期が始まったのはいいけど、あんまり代わり映えしないね」 朋子が言った。沙織は笑いながら頷く。 「確かに。トモとも、また同じクラスだしね」 「アハハ、腐れ縁ってやつ? でも、先輩とは本当に終わったの?」 突然、朋子が沙織の彼氏である篤のことを尋ねた。その話題に、沙織は散りかけた桜の花びらを見つめながら、急にしんみりする。 「うん、もう連絡も取ってない……いいんだ。あっちは受験生だし、もう終わったの」 「そう……じゃあ、新しい恋しなくちゃね」 「うーん……」 「なに? 意味深だなあ。もう好きな人でもいるの?」 「えっ、そんなことないけど……」 「怪しい、その反応!」 「もう、トモってば」 じゃれるように歩きながら、二人は笑った。そして朋子が、切り替えるように口を開く。 「じゃあ、バイトでもすれば? 私もこれからバイトなんだけど、バイト先にちょっといい人がいるんだ」 「バイトかあ。やりたいとは思うけど……」 「沙織?」 そこへ突然、沙織を呼ぶ声があった。二人が振り向くと、そこには鷹緒がいる。 「鷹緒さん!」 驚いて、思わず沙織が叫んだ。 「おう、久しぶりだな。学校帰り?」 「うん……あ、友達の朋子です。この人は、親戚の鷹緒さん」 「ああ、カメラマンの!」 朋子が言った。沙織がモデルをした時に、鷹緒の話は少なからず出ている。 「どうも」 朋子に向かい、鷹緒がぺこりとお辞儀をした。そんな鷹緒に、沙織が口を開く。 「鷹緒さん、仕事?」 沙織がそう言ったのは、鷹緒が肩から大きなカメラを提げているからだ。 「いや、オフ」 「でも、カメラ……」 「オフは仕事抜きで写真撮ってるんだよ」 「へえ。本当に写真が好きなんだね」 「まあな……」 「沙織」 その時、二人の会話を打ち消すように、朋子が声をかけた。 「あ、ごめん、朋子」 長話してしまったことを、沙織が謝る。 「ううん。いいの、いいの。でも私、これからバイトだから、そろそろ行くね」 「あ、うん。ごめん」 「ううん。じゃあ、また明日ね」 朋子はそう言って、その場から去っていった。 「……じゃあ、俺ももう行くよ」 残された沙織に、鷹緒が言った。 「え? せっかく会えたのに……」 思わず沙織が言う。鷹緒は小さく微笑むと、辺りを見回した。目の前には喫茶店がある。 「じゃあ、茶でも飲む?」 「うん!」 二人はそのまま、近くの喫茶店へと入っていった。
「本当にびっくりした。こんなところで鷹緒さんに会えるなんて、思ってもみなかった」 喫茶店で紅茶を飲みながら、沙織が言った。 先日、鷹緒が結婚していたという事実を知ってからは会っていない。別れ際の態度に、気まずさで事務所にも寄れなかったが、目の前の鷹緒は前と変わらず、笑みさえ浮かべてコーヒーを飲んでいる。そんな鷹緒に、沙織も元通りに笑いかける。 「それは俺もだよ。そうだ、おまえ、BBのファンだったよな? 写真集、欲しいならやるぞ」 「え、本当? 嬉しい!」 「ミーハーな彼氏の分も必要か?」 「あー……」 鷹緒の言葉に、沙織はバツが悪そうに俯いた。 「どうした?」 「うん……別れたんだ。篤とは」 「……へえ。それはそれは」 鷹緒はそう言いながらコーヒーをすすり、もう一度口を開く。 「まあ、いいんじゃねえの? どうせおまえ、本当の恋なんてしたことないんだろ?」 「そっ、そんなことないよ!」 俯いていた沙織は顔を上げ、ムキになって反論する。 「へえ? じゃあ、その元彼クンとは、胸が張り裂けるような、激しい恋愛してたんだ?」 意地悪気にそういう鷹緒に、沙織はムッとした顔を見せた。反論出来ない沙織に、鷹緒が続ける。 「そら見ろ。おまえら十代の恋愛なんて、くっついたり離れたり、忙しない一時の感情に任せての恋愛だろ? そういうのは、恋愛とは言わないの」 「誰のせいで別れたと思って……」 「……俺のせい? まさか、あの時のことが原因で?」 驚いてコーヒーカップを置きながら、鷹緒が尋ねた。 「ううん。それだけじゃないけど……まあ、もういいの。バイトでもして、新しい彼氏見つけるわ……」 反論出来ない沙織が、諦め顔で笑って言う。 「バイト?」 「うん。さっきトモが言ってたの。新しい出会いは、バイトだって」 「……出会いはないかもしれないけど、バイト探してるなら、うちの事務所手伝えよ」 鷹緒が言った。 「なによ。手伝えよって……」 「ミーハーなおまえに合ってる」 その言葉に、沙織は赤くなる。 「そりゃあ、ミーハーだけどさ……」 「まあ考えといて。今、ちょっとゴタゴタしてて忙しいのに、バイト募集してる暇もないんだ」 「へえ。繁盛してるんだ」 「まあな……じゃ、そろそろ行くよ」 「うん……」 二人は喫茶店を出て、別々の方向へと分かれた。
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