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作品名:FLASH 作者:KANASHI

第16回   かつて愛した人
 次の日の早朝。鷹緒が事務所に行くと、入口付近に一人の女性が立っていた。
「理恵……」
 鷹緒が女性を見て言った。女性は鷹緒を見ると、すぐに微笑む。
「久しぶりね。鷹緒サン」
「ああ……そうだな……」
 鷹緒は目を反らすと、眼鏡を正して奥へと入っていった。
「ヒロ」
 奥へ行くと、広樹が机周りをあさっている。
「ああ、鷹緒か。おはよう。早いな」
「まあな……」
「理恵ちゃんに会ったか? 久々だろ、話しでもしてろよ」
 書類をペラペラとめくっている広樹を尻目に、鷹緒は無言のまま、近くの机に腰をかける。
「……」
「なんだ? 遅かれ早かれ会うことになったんだ。さっさと打ち解けろよ。元の奥さんだろ?」
 広樹が言った。さっきの女性は、鷹緒の離婚した前妻であった。鷹緒は小さな溜息をつく。
「よりによって……」
「ヒロさん、まだ?」
 その時、女性が奥のデスクに顔を出した。鷹緒の別れた妻というその女性は、確かに元モデルというだけあって、すらりと背の高い美しい女性である。
 石川理恵という、二十七歳のその女性は、鷹緒とは四年前に別れた以来、ほとんど会っていない。
「ごめん、まだ見つからないんだよ。ここに入れたと思ったんだけど……」
 机の引き出しから書類の束を出しながら、広樹が言う。そんな広樹に、見かねて鷹緒が口を開いた。
「なに探してんだ?」
「契約書だよ。この間、役員会でサインしたのが……」
「……あれだろ?」
 鷹緒が指差した先には、壁にかけられた大きな封筒があった。
 その封筒を目にして、広樹は照れながら封筒を取り上げた。
「お、本当だ。そうか、わかりやすいように壁にかけておいたんだった」
「相変わらずですね。ヒロさん、結構おっちょこちょいなんだもん。鷹緒も、物を見つける力は、相変わらず衰えてないみたいね」
 小さく笑いながら、理恵が言った。そんな理恵に、鷹緒は小さく溜息を漏らす。
「……おまえが、まさかうちの社長になるとはな」
「社長はヒロさんよ。私は副社長、モデル部担当」
 理恵が答える。理恵はもともと、モデル引退後にモデル事務所でマネージャーをしていた。しかし独立の話が持ち上がり、その中で広樹の事務所を共同経営することになったのだった。
 それは、広樹の事務所がモデルやタレントにも力を入れる傍ら、企画事務所としても成長してきたことや、鷹緒の力も手伝って、事務所が大きくなってきたことにあった。
「まさか本気とはな……」
 テーブルに腰をかけ、俯いたままの鷹緒が言う。
「だから話は進めるって言ったろ? でも、うちも助かるよ。モデル事務所じゃないのに、結構モデルも充実してきちゃってたから、管理も大変だろう? 理恵ちゃんは、ここしばらくモデル事務所でしごかれてきたわけだし、これから大きく広げるのに一任出来るよ」
 広樹はそう言って、歩き出した。
「コーヒーでも買ってくるよ。肝心な時に、冷蔵庫に何もないんだものな」
「え、じゃあ俺が行くよ」
 バツが悪そうに、鷹緒が言う。
「馬鹿言え。たまに会ったなら、ちゃんと話せば?」
 広樹は意地悪げにそう言うと、事務所を出ていった。
「ったく、あいつ……」
 鷹緒はそう言うと、応接用のソファに座り、煙草に火をつけた。
「相変わらずだね、鷹緒。私が苦手?」
 目の前に座り、苦笑しながら理恵が言う。
「……苦手だな」
「ひどーい。じゃあ、なんで結婚したのよ」
「アホか、いつの話だよ。でも……ちゃんとやってんのか? 恵美は?」
「うん、元気よ」
「そうか……」
「……ごめんね。まさか鷹緒の事務所に来るなんて思ってなかった。初めは、ただ独立したいってヒロさんに相談しただけだったんだけど、その後ヒロさんから共同経営の話を持ちかけられた時、戸惑ったんだけど……まだ一人じゃ不安で、お言葉に甘えちゃった」
 理恵の言葉を聞きながら、鷹緒は煙草をもみ消す。
「……いいんじゃない? ヒロはヒロで、社長として事務所のこと考えてるんだ。デメリット背負ってまで、おまえに話は持ちかけないだろう。俺は一社員だ。経営陣がどうなろうが、関係ねえよ」
 鷹緒の言葉に、思わず理恵が苦笑する。
「相変わらずだね。でも経営陣に私が入るってことは、あなたの仕事に口出し出来るってことだからね」
「馬鹿言え。おまえの専門はモデル部署だろう? 俺はモデルだけに関わってんじゃないからな」
「でも写真家としてのあなたなら、モデルに関わることが多いでしょ?」
 理恵の笑顔に、鷹緒も小さく微笑んだ。
 一見、喧嘩腰の二人の会話は、二人が育んだ親しげな過去を物語っている。
「ただいまー」
 その時、広樹が戻って来た。
「ほい、コーヒーと軽食」
「サンキュー」
 コンビニ袋を広げた広樹から、すかさず鷹緒が缶コーヒーを手にし、一気に飲み干した。
「相変わらずだな、朝っぱらから一気飲みかよ。理恵ちゃん、こんな男と別れて正解だよ」
 冗談っぽくそう言う広樹に、理恵も微笑んだ。
「私もそう思います」
「おまえらな……」
「冗談だって。話は出来たのか? 仲良くやってくれよ。同じ会社の仲間になるんだから」
 鷹緒の言葉を遮って、広樹が言った。理恵は静かに微笑む。
「大丈夫ですよ。喧嘩別れしたわけじゃないんだし……仲が悪いのは昔から。ねえ? 鷹緒サン」
 そう言ってきた理恵に、鷹緒は苦笑する。
「確かに……喧嘩別れじゃないよな……まあ、勝手にやってくれ」
 鷹緒と理恵は、軽く握手を交わす。そんな二人に、広樹はにこやかに微笑んでいる。
「それはよかった。二人の握手は、僕が見届けたよ。さて、これから今後の経営体制について話し合うつもりなんだ。鷹緒も居てくれるか?」
「まさか。俺は入稿ついでに寄っただけだよ」
 空になった缶を掴み、鷹緒が立ち上がって言った。そんな鷹緒を引き止めるように、広樹が口を開く。
「今日の予定は?」
「打ち合わせが三件入っているほかは、珍しくオフ」
「じゃあ、それまでここにいたら? 食事でも……」
「いい。じゃあな」
 鷹緒はそう言って、足早に事務所を出ていった。
「まったく……相変わらずだな。君の前でもあっさりしてる」
 ぼそっと言った広樹に、理恵は静かに微笑む。
「うん。でも、それがいいところだと思う……彼、照れ屋だし、思ったことを素直に伝えられないんだもの」
「まあ……そうだね」
 広樹も笑って答えた。

 その夜。鷹緒は家に帰ると、買ってきたコンビニの弁当で夕食を済ませる。その時、インターホンが鳴った。モニターに映ったのは、広樹の姿である。
「よっ」
 部屋までやってきた広樹は、そう言ってワインを片手に上がり込む。
「珍しいな。おまえが来るなんて」
「仕事以外じゃ、そうだな。なんだ、またコンビニ弁当で済ませてるのか?」
 テーブルに広げられた鷹緒の夕食を見て、広樹が言う。
「いいんだよ。自分で作るより、コンビニの方が遥かにバランス取れてるから」
「おまえ、料理やらないもんなあ……あ、おでんと焼き鳥も買ってきたぞ」
「ああ。今、グラス出すよ」
 鷹緒はそう言って、キッチンへと向かった。
 残された広樹は、マガジンラックに入った雑誌を取り出した。表紙には、鷹緒の前妻、理恵が映っている。
「……どうだった? 久々の再会は……」
 広樹が尋ねる。鷹緒は苦笑して、口を開く。
「なんだ、そんなことで来たのか? 俺は大丈夫だよ。変に気を使うの、やめてくれよ」
「……おまえが本当に吹っ切ってるなら、気なんか使わないさ」
「どういう意味だよ」
 グラスをテーブルに置き、鷹緒は広樹の前に座った。
「こんな古い雑誌、こんなところに置いてるんだ……僕はおまえが吹っ切ってるなんて思ってないよ。理恵ちゃんと別れてから、恋人だって作ってないじゃないか」
 広樹はそう言いながら、グラスにワインを注いだ。鷹緒は苦笑しながら、雑誌をマガジンラックへ戻す。
「……こんなバツイチのオッサンに、恋人なんか出来るわけないだろ?」
 はぐらかすように、笑いながら鷹緒が言う。
「そんなわけないだろ。切るか切られるかの世界で、おまえは写真家として大成してる。写真だけじゃなくて、今は何もかも順調だ。そんなおまえに言い寄る女は、いくらでもいるんだぞ? それをおまえは……」
「何が言いたいんだよ、ヒロ……俺はな、ただもう面倒くさいだけなんだよ。愛だの恋だの、そんなもんはとっくに経験してんだよ。ったく、俺のことは放っておけよ。おまえだって、大した経験ないくせに」
 ワインを飲みながら、強い口調で鷹緒が言った。広樹は小さく息を吐くと、真剣に鷹緒を見つめる。
「僕はモテないだけなんだよ。鷹緒……僕は心配してるんだ。これから嫌でも、理恵ちゃんと顔を合わせることになるんだ。おまえ、やってくれるか?」
「やるもやらないも……社長のおまえが決めたことだ。社員として、俺は従うほかないよ」
「鷹緒……」
「それにおまえ、誤解してるぞ? 確かに理恵とはほとんど会ってないけど、恵美とは何度も会ってるんだ。接点がなくなったわけじゃないし、俺はとっくに終わったものだと思ってる。本当だよ」
 鷹緒がそう言った。
 広樹は今後、理恵が事務所に関わるということで、鷹緒がどうなるか心配していた。それは、鷹緒が理恵と別れてから、一度も恋に走らず、吹っ切れてないように見えていたからだ。
「おまえがそう言うならいいけど……正直、心配なんだ」
「なにを今更……まあ結婚当初から、俺とあいつは水と油だって言われてた。喧嘩もしょっちゅう……でも別れてまでお互いに干渉する関係ではないし、それに社長命令なら、うまくやっていきますよ」
 苦笑しながら、鷹緒が言った。
「そうか、それならいいんだ。よろしく頼むよ」
「ああ……」
 二人はその夜いろいろと語り合い、飲み明かした。


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