学校。沙織の通う高校では、朝からいつになく騒然としていた。 「おはよう、沙織!」 昇降口で沙織に声をかけたのは、クラスメイトの茂木朋子である。沙織とは仲の良い友達だ。 沙織は少し疲れた様子で笑いかける。 「トモ、おはよう」 「沙織。最近、元気なくない? 先輩と別れたから?」 朋子の言葉に、沙織が溜息をついた。朋子のいう先輩とは、篤のことである。沙織と篤は、あれから何度もメールなどでやりとりしているものの、つかず離れずの状態だ。 「はあ……」 沙織は、もう一度溜息をついた。 「嫌だな、溜息なんて……深刻なの?」 「うん、なんかもう、何言っても駄目で……でもまだ別れてない、と思う」 「そっか。原因、なんだっけ?」 「誤解っていうか、なんていうか……」 「なに、修羅場?」 朋子が、興味津々といった感じで尋ねる。 「……私、最近仲良くなった親戚の人がいて、なんだかその人と会うのが楽しかったんだ。事務所の人もみんな優しいし。篤がバイトで忙しいから寂しかったこともあって、そこの職場に入り浸りだったの。それを知った篤が、俺より大事なことがあるのかってキレちゃって……」 「へえ……」 「誠意を示すためにも、もうそこには顔も出してないんだけど、信じてくれないし……篤だって、その親戚の人にはお世話になってるし、知らないわけじゃないのに……」 独り言のように、沙織が言った。浮かない顔の沙織に、朋子も溜息をつく。 「よくわかんないけど、大変そうだね」 「まあね……」 二人は、教室へと向かっていった。 「あ、来た。沙織!」 教室に入るなり、沙織のどんよりした心に反して、クラスメイトの女子が叫ぶ。その勢いに、沙織は目をパチパチさせる。 「え、なに?」 「これ、沙織でしょ! なんで言ってくれなかったのよ、いつからモデルやってんの?」 その言葉に、沙織はまたも驚いた。クラスメイトが差し出した雑誌の表紙には、数人の少女が写っており、その中に沙織もいたのだ。 「あ! それ、今日発売だったの?」 思い出したように、沙織が言う。 「ちょっと、どういうこと? 沙織」 「ってゆーか、見せて! ええ、表紙に載っちゃってるの?」 沙織は赤面しながら、雑誌にかじりついた。 「やっぱりこれ、沙織なんだ。すごいじゃん! 表紙だけじゃないよ。ほら、こっち」 女子たちが群がって、雑誌をめくる。数ページに渡るメインコーナーには、沙織とわかる写真が大きく出ていた。 「うわ、何これ!」 あまりの目立ちように、沙織自身も驚いた。数人いるモデルの中で、沙織がメインに撮られているような構図に見える。 「なんであんたまで驚いてんのよ。これ、沙織なんでしょ。どういうことなの?」 女子たちが尋ねる。沙織はそこまで大々的なものになるとは思ってもいなかったが、経緯を女子たちに話した。 「へえ、意外。沙織にそんな知り合いがいたんだ。カメラマン? すごいじゃん」 「ってゆうか、ヘルプで出た割には、メインで撮られてない? きっとその親戚、沙織のことが可愛くてメインで撮っちゃったんじゃないの?」 はしゃぐように、女子たちが言った。沙織は、顔を赤らめたまま叫ぶ。 「そんなこと、あるわけないじゃん。ああもう、超恥ずかしい!」 「いいじゃん。キャンディスっていったら、ティーン向け雑誌の中で一番読まれてるんだよ? 読者モデルだって、難易度高いんだから。超恵まれてるよ、羨ましい!」 「私は私で、必死だったんだよ。嫌だったし……」 「もう、贅沢モノ!」 この一件で、沙織は一躍有名人となっていた。
その日、学校が終わると、沙織は久しぶりに鷹緒の事務所へと向かっていった。 「こんにちは……」 久々なので、沙織は少し緊張して入った。この忙しい事務所では、自分の存在などすぐに忘れられてしまうだろう。 「あら、沙織ちゃん。久しぶりじゃない。どうしてたの? 心配してたのよ」 そんな不安げな沙織に反して、いつもの調子で事務員の牧が出迎えた。沙織はその様子に、ほっとする。 「ごめんなさい……あの、鷹緒さんは?」 「今日は緊急でお休みだそうよ」 「え、何かあったんですか?」 「ううん。寝不足続きらしくて、社長命令でね。鷹緒さんに用事?」 「いえ……キャンディスのことで、びっくしりしちゃって」 沙織が言った。 「ああ、私も見たわ! すごいじゃない。あんなに大々的に載るなんて、モデルでもあんまりないわよ。鷹緒さんのサービスじゃない?」 笑って牧が言う。そんな牧に、またも沙織は照れて赤くなった。 「本当、びっくりしたんですよ。端っこで、ちょこっと写ってるだけだと思ったから……」 「いいじゃない、光栄でしょう。滅多にないことなんだから」 「それはそうですけど……」 「あれ? 沙織ちゃんじゃない。久しぶりだね」 そこへやってきたのは、社長の広樹である。 「ヒロさん」 「どうしたの? ちっとも顔出してくれないから、心配してたんだよ」 「ごめんなさい。いろいろあって……」 会釈をしながら、沙織が言う。恐縮したままの沙織に、牧が笑って口を開く。 「ヒロさん。沙織ちゃん、今月のキャンディスのことで来たんですって。恥ずかしがってるんですよ」 「ああ、僕も見たよ。鷹緒のやつ、さすがうまく撮るね。それより沙織ちゃん、真面目にうちの専属モデルになること、考えてみない? 君は可愛いんだし、雰囲気も持ってる。うまくやっていけると思うんだ。なにより鷹緒の親戚で、もう我々とも知り合いだし、しっかりサポートしていくよ」 明るいながらも真剣に、広樹が言った。沙織は目を泳がせると、静かに口を開く。 「そんな……私、モデルなんて考えられません。今でさえ、こんな風に載っちゃってオドオドしてるのに」 「ハッハッ。そんなの、すぐに慣れるよ」 「でも、来年は受験生にもなるし、今はそれどころじゃないんです……」 沙織が言った。謙遜しているわけではなかった。興味がないといったら嘘になるが、自分にそれほど自信もなく、仕事としてなど考えられない。 そんな沙織に、広樹は残念そうに頷いた。 「そう……残念だなあ。じゃあ大学に入ったらでもいいから、ぜひ考えておいてよ。うちの事務所も、これからどんどん拡大していこうと思ってるから」 「……わかりました。でも私、そういうタイプじゃないんですよ。恥ずかしがり屋だし」 「フォローはするって。鷹緒だっているわけだしさ……さて牧ちゃん。僕は会議で出かけるから、後よろしくね」 時計を見て、広樹が言った。牧も時計を見上げると、頷く。 「わかりました。定時で閉めていいんですね?」 「うん。その前に俊二たちが一度戻ると思うけど、今日は早く閉めちゃっていいよ。どうせ僕も鷹緒もいないんだし」 「わかりました。お疲れさまです」 「ほーい。じゃあ沙織ちゃん、またね。ゆっくりしていって」 広樹はそう言うと、事務所を出ていった。 「なんか、いろいろ大変なんですね。事務所って……」 いつ来ても慌しいまでの事務所に、沙織がぼそっと言った。 「まあね。こんな小さな事務所でも、結構大きな仕事も入ってきてるし、モデルだけでもかなり増えちゃってるしね……」 その時、撮影スタッフたちが戻ってきた。
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