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作品名:FLASH 作者:KANASHI

第12回   暗雲
「ありがとうございました。ごちそうさまでした」
 車から降りるなり、沙織が言う。
「いえいえ。じゃあな」
 相変わらず、鷹緒は淡々として答える。
「あ、うん……」
「なんだよ、その顔」
 沙織の残念そうな顔に、首を傾げて鷹緒が尋ねる。沙織は首を振りながらも、説明しがたい寂しさに、目を泳がせるだけだ。
「だって……」
 その時、向こうから人影が近付いてきた。そこには、息を切らした篤がいる。
「沙織……!」
「篤……」
 思わぬ人物に、沙織は驚いた。だが状況を把握する間もなく、篤は怒ったように口を開いている。
「おまえ……なんなんだよ。用があるって、そいつのことなのか?」
 ひどく怒っている様子の篤に、沙織は何が起こったのか、どうすればいいのかわからない。
「そいつって……鷹緒さんだよ、親戚の。それより、どうして篤がこんなところに……」
「表の店で時間潰してたんだ。最近会えなかったから、今日は会いたいと思って、すぐに出られるところにいた。そしたら、車に乗ったおまえが見えて、走って……何が用事なんだよ! 俺より、その男との約束が大事なのか?」
 沙織に面と向かって、篤が怒鳴った。
「ち、違うよ! それは……」
「話中悪いけど、こんなところで喧嘩はやめろよ」
 そこへ、車の窓から顔を出した鷹緒が言った。鷹緒のその言葉に、篤は更に逆上する。
「親戚だかなんだか知らねえけど、何も知らないくせに首突っ込んでくるなよ!」
 鷹緒は静かに微笑むと、車のエンジンを切り、そのまま篤を見つめる。
「……ガキだなあ」
「なんだと?」
 鷹緒の言葉に、篤の顔はどんどん逆上して赤くなっていく。だが鷹緒は、構わず言葉を続けた。
「ガキだって言ったんだ。大人はな、こんな住宅街の真ん中でそんな大声は出さないし、ましてや恋人の自宅前で、喧嘩なんか始めないんだよ」
 そう言う鷹緒の顔は穏やかだが、目は真剣に篤を捉えている。篤は逆上したまま、開いた窓から鷹緒の襟元を掴んだ。
「なんだよ、あんた。そんなこと、あんたに言われる筋合いねえんだよ!」
 そこに、いつもの明るくて優しい篤はいなかった。沙織はどうしていいのかわからずに、戸惑っている。
 鷹緒は、尚も掴み掛かる篤の額を掴んで、引き離した。
「何すんだよ!」
「そっちが絡んできたんだろ?」
 逆上したままの篤に反して、鷹緒は驚くほど冷静だった。篤と沙織にとっては、それが恐ろしくも見える。篤は鷹緒から離れると、沙織を睨みつけた。
「……もううんざりだ。俺がバイトしてる間に、おまえは浮気かよ! だったらこいつのところでも、どこでも行けよ! 俺は別れるからな」
 篤はそう言うと、その場から去っていった。
「篤……!」
 沙織は篤の背中を見つめたまま、それ以上何も言えない。
 鷹緒は静かに息を吐くと、シートにもたれたまま沙織を見つめる。
「……家、入れよ」
 その言葉に、沙織は首を振る。
「じゃあ、乗れ」
 鷹緒はそう言うと、エンジンをかける。沙織も、静かに車へと乗り込んだ。

 走り出した車の中で、二人は何も言わなかった。ただ沙織は、ショックで俯いたままだ。
 しばらくすると、鷹緒の携帯電話が鳴った。鷹緒はハンズフリーの通話ボタンを押す。
「はい」
『広樹だけど。今、平気か?』
 車内に広樹の声が響く。
「ああ、なに?」
『明日だけど、朝イチで事務所へ来てくれないか。俊二が休んでるせいで、仕事が片付いてないんだ』
 広樹の言葉に、鷹緒は顔をしかめて口を開く。
「おいおい。明日は俺、久々の午前休みで……」
『わーかってるよ。その分の埋め合わせは、俊二が出てきたらするから』
「……オーケー。じゃあ、明日な」
『ああ悪い。あと、今日はちゃんと寝ろよ。おまえ、このところ寝てないんだから』
「言ってることがなってないぞ。じゃあな」
 苦笑しながら、鷹緒は電話を切った。
「……ごめん、もういいよ。家に帰る」
 横目に鷹緒を見ながら、沙織が言った。
「別に……早く帰れたから寝れるってわけじゃないし」
「……寝てないの?」
「いや、ちょこちょこ寝てるよ。このところ仕事が忙しかったから、ちょっとな」
 鷹緒は軽く笑ってそう言うと、車を走らせる。
 しばらくすると、沙織は寝てしまった。鷹緒はそれを確認すると、静かに沙織の自宅方面へと戻っていった。
「おい、着いたぞ」
 鷹緒がそう言うと、沙織が目を覚ました。
「あ……家か」
「寝てちょっとは楽になったか?」
「……うん、ありがとう。いろいろ考えてみる」
 沙織はそう言うと、笑って車を降りる。
「……何かあったら、事務所来いよ」
 ぶっきらぼうだが、鷹緒の優しさが伝わる。
「ありがとう。じゃあ、遅くまでごめんなさい。しかも寝ちゃって……またね!」
 そう言って沙織が家へ入ったのを見届けると、鷹緒はそのまま去っていった。
 それから数週間、沙織は一度も事務所へ顔を出さなかった。

「鷹緒!」
 朝の事務所でそう呼ぶ声があった。呼ばれていた鷹緒は、事務所のソファで眠っている。
「起きろよ、鷹緒」
 鷹緒が目を覚ますと、そこには広樹がいる。
「ん、ヒロか。なんだよ、さっき寝たとこなのに……」
 鷹緒は、眠たそうに起き上がった。
「寝かしてやりたいけど、出入り口から丸見えだ。ったく、おまえの仕事スペースは奥に用意してやってるのに、使わないんだから……」
 ぶつぶつと、広樹が言う。
「……今、何時?」
 眠い目を擦りながら、鷹緒が尋ねた。
「八時五分」
「ああ、まだ一時間しか寝てねえよ……」
「おまえなあ、たまには家に帰れよ」
「遠いんだよ」
「車で十分くらいだろ。それが遠いってんなら、目の前のマンションでも借りろよ」
「んー、面倒臭い」
「ほら、コーヒー。目覚ませ」
 冷蔵庫の缶コーヒーを差し出しながら、広樹が言う。
「ああ……」
「で、仕事は?」
「出来たよ。さっきファックス流したから、もう終わりだ」
 未だぼうっとした様子の鷹緒が、一点を見つめながらそう言った。まだ気だるそうに、何度もあくびを繰り返す。
「今日はおまえ、珍しく会議だけだったな。じゃあ、すぐに家帰って寝ろよ。今日はもういい……最近ろくに寝てないだろ?」
「いつものことだよ。ふあーあ」
 鷹緒は大きなあくびをして、今にも眠りそうである。
「ったく、しょうがないなあ。仕事が忙しいのはわかるけど、自己管理しろよな」
「してるよ……」
「ったく、車のキー貸せよ。部屋まで送る」
 呆れたようにしながらも、心配そうに広樹が言った。そんな広樹に、鷹緒は苦笑する。
「いいよ、別に」
「よくないよ。そんな状態じゃ、危なくて仕方ない」
「んー、じゃあ、電車で帰るよ」
 やっと目が覚めてきた鷹緒は、伸びをしながらそう言った。
「おまえが電車? 嫌いなくせに」
「たまにはいいよ。車で十分、電車で五分だからな。じゃ、お言葉に甘えて帰るわ……」
「ああ、ちゃんと寝ろよ」
「んー」
 鷹緒は立ち上がると、そのままふらふらと歩き出した。
「あ、鷹緒」
 そこを、広樹が呼び止める。
「ん?」
「……例の件、進めるからな」
 広樹の言葉に、鷹緒は小さく息を吐く。
「……ああ」
 返事をすると、鷹緒は自宅へと帰っていった。


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