「わ、私がモデルなんて……出来ません!」 慌てて沙織が言う。そんな沙織の肩を抱きながら、広樹はなだめるように沙織を見つめる。 「まあ、そう言わないで。大丈夫だよ。難しいことは何もないし、カメラマンは鷹緒なんだ。どうとでもフォローしてくれるよ。なあ、鷹緒?」 鷹緒は沙織を一瞬見ると、雑誌関係者に尋ねる。 「……そちらは、この子で大丈夫ですか?」 「ええ、プラン通りにいけるのなら誰でも。ぜひお願いします」 関係者の言葉に、鷹緒は沙織を見つめる。 「ちょっと……外していいですか?」 鷹緒はそう言うと、沙織を連れて、その場を離れた。 「鷹緒さん。無理だよ。私がモデルなんて……」 スタジオの隅まで連れて来られた沙織が口を開く。鷹緒は軽く頷きながら、沙織を見つめている。 「わかってる。でも、おまえしかいないんだ。頼むよ」 「で、でも私、ポーズとかもわかんないし、表情だって……」 「それは教えるし、フォローするよ。おまえは言われたとおりに動けばいい。今からモデル呼んでたら、この後の仕事にもひびくし、困るんだ。絶対にうまく撮る。だから頼むよ」 鷹緒の言葉に、沙織は顔を赤くした。自分がモデルになるなんて、考えたこともない。恥ずかしさはあるものの、鷹緒や広樹を助けたいとも思った。 「……じゃあ、美味しいご飯食べたい」 まだ不安げな表情をしながらも、沙織が言う。 「オーケー。寿司でもステーキでも、好きなもん食わせてやるよ」 「……わかった。でも、笑いものにはしないでよ」 「しねえよ。じゃあ、よろしく頼むよ。ヒロに頼むから、一緒に奥の楽屋に行って着替えて」 「うん……」 説得された沙織に、鷹緒は頭をポンと叩くと、広樹を呼んだ。 「ヒロ」 鷹緒の言葉に、広樹が駆け寄る。 「説得は済んだ?」 「ああ」 鷹緒の言葉に、広樹が微笑む。 「そう、よかった。ごめんね、沙織ちゃん」 「いえ、私なんかでよかったら……」 「全然いいよ。沙織ちゃん、可愛いし。前からモデルとして誘ってたじゃない」 「また。ヒロさんってば……」 広樹の言葉に、沙織が苦笑した。鷹緒はその様子を見ながら、口を開く。 「じゃあ、広樹。沙織を楽屋に連れてってくれ。すぐ始めるぞ」 「ああ。沙織ちゃんのことは、事務所総出でバックアップ&フォローするよ」 広樹はそう言うと、沙織を連れて楽屋へと向かっていった。 十数分後。沙織は緊張しながらも、撮影のための衣装へと着替え、スタジオへと入っていった。 「はい。じゃあ、少し遅くなったけど撮影開始します。今日は担当の木田カメラマンが欠勤のため、諸星さんに撮っていただくのと、モデルの子も一人来られないということで、急遽、この小澤沙織さんに入っていただくことになりました。よろしくお願いします」 「よろしくお願いします」 広樹の言葉に、一同が返事をする。 「じゃあ始めますんで、モデルさんは全員スタンバイしてください。進行はスタッフの指示に従ってください」 現場は一気に撮影モードへと入っていった。 沙織は言われるがままにポーズを取り、鷹緒は撮影を続けた。
数時間後。タイムリミットの八時直前に、撮影は終わった。 「お疲れさまです、これで撮影を終わります。各自終了してください」 「お疲れさまでした」 その言葉に、沙織はほっとする。撮影中は緊張してあまり覚えていないが、眩しいまでの照明から解放されるのは、少し寂しい気さえした。 「沙織ちゃん」 そんな沙織に、すぐに広樹が声をかける。 「ヒロさん」 「ごめんね、こんなことになって。でもよかったよ。沙織ちゃん、本当にこれからもモデルやらない?」 「またまたー」 沙織は苦笑しながらも、撮影に気持ちよくなっていたのは事実であった。 「沙織」 そこへ、鷹緒が声をかけた。すでに出かける準備が整っているようだ。 「鷹緒さん」 「お疲れ。まあまあの出来だったよ」 「光栄でございます……」 「じゃ、埋め合わせは今度……ヒロ。俺、もう行くから」 鷹緒が、広樹に言う。 「ああ。後は任せろ」 「じゃあ、よろしく」 鷹緒はそのまま、スタジオを後にした。 「じゃあ沙織ちゃん。今日は僕がおごって、家まで送り届けましょう。本当に助かったよ」 「わあ、ありがとうございます」 沙織は笑って返事をする。終わってみれば、もう撮影の緊張は少しもなかった。
その夜、沙織は母親に撮影のことを話した。 「ええ! あんたがモデル? 嫌だ、どうしよう」 慌てて母親が言う。そんな母親に、沙織は苦笑した。 「お母さんがどうしようってことはないでしょ」 「だってあんた、雑誌に載るんでしょ。下着モデルとかじゃないよね?」 「違うよ、有名な雑誌だよ。私だって時々買ってるもん。だからびっくり」 「へえ……まあ、ちょこっとだけでしょ。今時、読者モデルとか流行ってるみたいだしね」 「うん。緊張したけど、楽しかったよ」 沙織が正直に言った。初めての経験に、少し興奮気味でもある。 「よかったじゃない。あんた、趣味とか全然ないからね」 「そんなことはないけど……」 「鷹ちゃんも、ずいぶん有名なカメラマンになったらしいし、親戚として誇らしいわ」 その時、沙織の携帯電話が鳴った。鷹緒からである。沙織はすぐに電話に出た。 「もしもし」 『ああ、諸星ですけど……今、大丈夫?』 電話の向こうから、鷹緒の声が聞こえる。 「はい」 『今日は助かったよ……事務所としても、感謝してる。今日はヒロに送ってもらったんだって?』 「うん。ステーキおごってもらっちゃった。鷹緒さんは、お寿司だからね。そっちはもう打ち合わせ終わったの?」 『ああ、二時間ぐらいでな……じゃあ、またな。今日はサンキュー』 「え? あ、うん……」 そこで鷹緒にあっさりと電話を切られ、沙織は少し寂しくなった。 「誰から?」 その時、テレビを見ていた母親が尋ねた。 「あ、鷹緒さん」 「そう。なんだって?」 「今日は助かったって。あの人の電話、いつもそっけないんだよね……」 少し不満げに、沙織が言う。 「まあ、昔からクールな子だったわよ。それより沙織が出るっていう雑誌、いつ出るのよ」 「え? さあ……」 「さあって……」 「そんなこと、いいじゃない。恥ずかしいし」 「よくないわよ。娘の晴れ姿を、ちゃんと見るんだからね」 「ハイハイ。今度聞いておくから」 沙織は苦笑しながらそう言うと、母親と話を続けた。
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